第26話:心構えもできないままで

 

 マダム・リンダと数日をかけて調べた結果、なんとか“雨乞いの魔女”エレノアが地下に潜伏しているという情報が手に入った。魔導地下街なのか、花街なのか、それとも貧民街なのかは不明だが、大雨の地上で探す必要がなくなったのは幸いだ。私たちはアルジェブラの仲間やマダム・リンダと協力して魔女を捜索した。


 しかし、数日が経っても魔女は見つからなかった。街に滞在しているのは大雨が続いていることから確実なのだが、まるで魔女に弄ばれているかのように情報が錯綜した。

 捜索が難航している間にも街の浸水は悪化した。特に地下三階の貧民街がひどい。水門が壊されたせいで排水が間に合わないのだ。私たちが以前直した水門は機能しているようだが、逆に言えば他の水門は全滅である。避難が間に合っておらず、いまだ取り残されている人も多いだろう。アルジェブラも可能であれば救助をしたいと言ったが、無理な話だということは私にもわかる。なにせ満足に捜索が進まないほど人手不足なのだから。


「今日はどこを探すんだ?」

「花街はマダム・リンダに任せて、私たちは魔導地下街へ向かいましょう」


 エマと二人で地下一階を歩く。魔女が現れたと正式に通達されたことで街は騒然となり、道行く人の数も以前より減った。ある程度の財力や技術を持っていれば別の街へ避難できるだろう。だが街が沈めば家財が失われ、職も新たに探さなくてはならないという状況で、ゼロからもう一度始められるほどの余力がある者はそう多くない。今、暗い顔をしながら地下街を歩くのは、カタビランカが沈めば生活が立ち行かなくなる者たちだ。


「カタビランカが前哨都市と呼ばれる由来を知っているか?」

「戦争の前哨基地だったからですか?」

「半分正解だ。戦争ではなく、かつてこの辺りを支配していた魔女に対する前哨基地だ。多くの戦士がカタビランカに集い、魔女と戦った。その勇敢な先人たちを讃えるために前哨都市と呼ばれている。なのに今や魔女によって沈みかけ、皆が我先に逃げ出すとは皮肉なものだな」

「戦時中じゃなかったら人手が足りたかもしれませんが、どうしても義勇兵しか戦える人がいませんからね。みんな勝てないと思っているのでしょう」

「メヴィは自信があるか?」

「“雨乞いの魔女”に会ったことがないのでわかりませんが、やれるだけやります。無理だったら実家に帰ります!」

「ハッハッハ、それでいい。命大事に、だ。もしもの時は私が守る。盾も新しくなったからな」


 “黒熊”ボルドーによって破壊された盾は、要塞戦の報酬がたんまりともらえたので対魔術用合金を用いた特別な盾に買いなおした。今回はちゃんと魔導回路が組まれているのを確認したから問題ない。

 ちなみにフィリップ隊長は不在だ。本部に用事があるらしく、実力のある義勇兵を連れて王都に向かった。おかげで今のカタビランカは本当に手薄なのである。


「メヴィ隊長じゃないすか!」

「あらあら、奇遇ですねえ」


 仲良しのみんなが手を振っている。彼らも魔女捜索の協力者だ。当初は私とエマが地上を捜索する予定だったのだが、「メヴィ隊長を大雨にさらすわけにはいかない!」と代わってくれた。地下に魔女がいるとわかってからは一緒に地下街を捜索してくれている。


「魔女は見つかりましたか?」

「全然っすわあ。隊長はどうっすか?」

「全然ですねえ。目立つ格好なのにどこへ隠れたのでしょうか」


 みんな揃って首をかしげる。花街はマダム・リンダのお膝元だから情報が少ないのはおかしい。そう考えると可能性が高いのは魔導地下街か貧民街だが、前者は魔導が絡むせいで色々と面倒であり、後者は浸水の影響で捜索が困難だ。どうしようか。「諦めて避難しましょうよ隊長!」「あほか、弓騎士殿からのご指名だぞ」「せめてフィリップ隊長がいれば良かったのに。大事なときに不在なんだから」「むしろ彼がいないからこそ武功の上げ時ぞ」「この依頼が終わればメヴィ隊長も準二級だ!」上がれるといいですねえ。トルネラの父には釘を刺しておいたから今度こそ認められると思うんだけど。

 ふとエマの足が止まった。彼女は触媒屋「祝福と魔女の家」に視線を向けており、その表情は寮内で虫が湧いたときのようのごとく苦々しい。


「エマ、どうしたんですか?」

「あれを見ろ」


 エマの視線を追うと、見覚えのある祈祷士が店先に立っている。邪教徒エチェカーシカだ。先日のえん罪騒動を思い出した私は表情を歪めた。エマと同じ顔。たぶん、私たちは同じことを考えている。すなわち――。


「エマ、道を変えましょう」

「ああそうしよう。見つかる前にな」


 タターン、ときびすを返す私たち。即断即決。息もぴったりだ。

 だが悲しきかな、義勇兵とは非常に目立つ。たとえ魔導地下街といえども、街中で騎士や魔術士が集まっていたら遠目でもわかってしまう。祈祷師、もとい邪教徒のエチェカーシカはハイエナのような速度で私たちを見つけ、大声を上げた。


「メヴィさーーーん!!」

「ご指名だぞ。慕われているようで羨ましい限りだ」

「待ってくださいよ! まさか相棒を見捨てるんですか?」

「魔女は我々で見つけてやるから相手をしてこい。危険な仕事を引き受けてやるのだからむしろ感謝してほしいぞ」


 この女、厄介事を押しつける魂胆である。一人だけ助かろうなんて許すまじ!

 逃げようとするエマにしがみついてズルズルと引きずられていると、件の邪教徒がにこやかな笑顔で駆け寄ってきた。まるで親しい友人を見つけたかのようだ。


「先日はどうも! お二人とも無事に釈放されたようで何よりです!」

「元をたどればお前のせいで捕まったんだぞ?」とエマが指摘する。

「いえいえ、それを言うならマダム・リンダの男たちが魔女様を罵倒したのが悪いのです。ねえ、メヴィさん?」

「あー、そう、ですね?」


 そうなのか? そうなのかも……いやいや、流されるな。勝手に喧嘩を売って逃げたのはエチェカーシカだぞ。


「うーん、とりあえす、エチェカーシカさんもご無事でなによりです。カタビランカはちょっと危ない状況なので、他の街に避難したほうがいいですよ」

「できる限り遠くの街がいい。魔女の手が届かぬよう、うんと遠くのな」

「お気遣いありがとうございます。ですが心配ご無用ですよ。不肖エチェカーシカ、我が総本山にて最低限の護身術を身に付けておりますので」


 エマの遠回しな「帰ってくるな」という言葉は流された。


「そうですか。では私たちはここで……」

「あ、待ってください。連れがまだ店内にいるのです」


 当然のようについてこようとする邪教徒。

 というか、サルファの祝福教会ってどこが本拠地なのだろうか。サルファってたしか原初の魔女だよね。ということは西? エチェカーシカみたいな人たちの集まりなら関わりたくないな。

 ごぼごぼと水の逆流する音が聞こえる。ちょうど立っている場所が悪いのか、靴が水たまりに浸かっている。でも、そんなことは気にならないぐらい、私たちは店から現れる少女に視線を奪われた。


「こちら、旅人のエレノアさんです。宿がないそうだったので、ここ数日は我々の教会に泊まっているのです」


 二つに分けたおさげの黒髪。砂漠特有の民族衣装。ここらでは珍しい、褐色の肌。

 おお、祈祷士よ。彼女の表情から察するに、エレノアの正体を知らないのだろう。もしくはあえて教会から情報を与えられていないか。知っていればエレノアと義勇兵を会わせないはずだ。エレノアは不機嫌な表情でエチェカーシカに尋ねた。


「そいつらは誰だ?」

「私の友人です!」

「友人? だが教会の信徒ではないようだが……」


 魔女だ。否、人のかたちをした化け物だ。私は魔導元素が見えるからこそ、エレノアの周囲に並々ならぬ魔力が集まっているのがわかる。


 一時退却だ。タイミングが悪い。大丈夫、まだ私たちは敵だと思われていない。動揺もうまく隠した。でも問題はエマ。魔女に慣れていない相棒はどうしている? まずい。剣に手が伸びようとしている。おそらく無意識。騎士としての本能が、反射的に戦おうとしていた。

 相棒を止めないと。ここで戦うのは良くない。私一人なら逃げられるかもしれないけど、重い鎧を着た相棒は、たぶん逃げられない。みんなもまずい。

 エマの、もしくはみんなから発せられる敵意を受け、魔女が察したように目を細めた。雰囲気が変わる。四方へ向けられていた殺意が、明確に私たちへ――。


「義勇兵か」


 褐色の肌にじんわりと呪痕が浮かび上がった。顔にまで至る深い呪痕。人が魔導の深淵に達した証。


「祈りの邪魔をするのは、お前たちか」


 呪痕が瞬く。不機嫌な魔女が、牙を向く。



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