第24話:マダム・リンダは騒がしい

 

 “雨乞いの魔女”が現れてから数日、街は相変わらず暗澹とした雲に覆われ、類を見ない大雨が地上から人影を消し、あふれ出した雨水によって地下街では浸水被害が報告されるようになった。魔女の仕業だと察して早々に逃げ出した者もいる。前哨都市カタビランカに暗い空気が広がっていた。

 一刻を争う事態であり、私たちは手分けして魔女を捜索することにした。最初はエマと二人で探すつもりだったけど、どこで聞きつけたのか、ウサック要塞戦で別働隊だった仲間たちが協力してくれた。


 それでも魔女の居場所はすぐに見つからない。目立つはずなのに目撃情報が全くないのだ。そして魔女捜索が難航している間に、魔女による被害者はどんどんと増えていった。


「彼はアイン。義勇兵本部の門番だった男だ」


 酒場で争っていた義勇兵であり、ロリコンの疑いがある男・パシフィックの説明を受けながら、地下の広場にあがった水死体を観察する。アインは用水路で発見されたそうだ。死因は溺死。準二級騎士が用水路で溺れるとは考えづらい。間違いなく魔女の仕業だろう。


「本当は家族に引き渡したいんだけど、アインに家族はいない。だから代わりにメヴィの魔術で弔ってくれないか?」

「私の腐敗魔術で、ってことですか?」

「ああ。引き取り手がいないと、どのみち街の外に放置されるだけだ。それなら同じ義勇兵の手で送ってやろうってわけ」

「パシフィックさんも魔術士ですよね。燃やしたほうがいいのでは?」

「そうしたいんだけど、外は大雨だし、地下は匂いがね。死体を焼くには場所が悪いでしょ」


 彼は困ったように肩をすくめた。


「うーん……」

「駄目かい?」


 駄目ではないけど、私でいいのかなって。

 私は輪廻の法則から外れて生まれたから、私の体内に宿る魔導元素も少しズレている。言ってしまえば異分子。一度枠組みから外れてしまった私は、きっと死んでも輪廻の海にかえれない。私が普通の魔術を使おうとするとすべて腐ってしまうのも、私がイレギュラーな存在だからじゃないかな。

 そんな私が腐らせてしまうと、たぶんアインも輪廻の海に還れないと思う。でもまあ、いいか。あそこは寒い場所だったから還らないほうがいいし、パシフィックが言うんだから私の責任じゃない。


「わかりました」


 アインの体に触れると、ふやけた感触が指に返った。気にせず呪痕に力を込める。丁寧に、少しずつ、せめて安らかなる死後を迎えられるように、祈りを込めて。アインの体からぽこぽこと煙がのぼり始めた。わずかに強まった腐臭。結局ひどい匂いに変わりはない。パシフィックはそれっぽい理由をつけたけど、私に任せたのは面倒な後処理がなくなるからだと思う。


「さあ、それじゃあいこうか」


 アインの死体が完全に崩壊すると、私たちは捜索を続けた。

 今日の目的はとある人物に会うことだ。私個人としてはあまり気が進まないが、地下街の情報を集めるうえで「彼女」以上の適任者がおらず、他ならぬアルジェブラからの頼みであるため渋々了承した。


 魔導地下街を抜けて花街に入ると、街の雰囲気が一変した。客引きをする娼婦と値踏みをする男がそこかしこで言葉を交わし、暗い目をした少女が老婆に連れられて館に消え、路地裏から嬌声が聞こえる。ここは欲が渦巻く無法地帯。大雨によって余計に人が集まったのだろう、大通りはぶつかりそうなほど混雑している。

 パシフィックは慣れた足取りですいすいと進んだ。私もはぐれないようについていく。


「メヴィがいると歩きやすくていいな」

「なんでですか?」

「子連れの男には客引きも声をかけないんだよ」


 不本意だが、パシフィックの言うとおりだった。娼婦たちは濡れた瞳でパシフィックを見つめた後、私に気づいて興味を失ったように顔をそらしている。非常に、不本意だが。

 やがて私たちは大きな建物に入った。マダム・リンダの本拠地。今日の交渉相手である。


 ○


 私は善良で無害な魔術士だ。無意味な殺生は好まないし、法や規則は守るタイプである。平和最高、ラブアンドピース。お布施がもらえるなら街角で愛の大切さを演説したっていいと思っている。

 そんな私は今、凶悪な男たちから殺気を向けられていた。理由は目の前に転がるゴロツキのせいだ。入った途端に襲いかかってきたから腐敗を一発、ちゅどんと頭に撃った。よく見れば地下街でえん罪をふっかけてきた男の一味である。なぜかパシフィックが引いたような表情をしたけど正当防衛です。おかげで一触即発の状態になった。


「よく顔を出せたなパシフィック! てめえ、うちのシマでイカサマをしたそうじゃないか!」

「へいジョン、その汚い面を近づけないでくれ。泥くせえ匂いが移っちまう。俺は可愛い女の子しか興味がないんだよ」

「ああ……!?」

「もう~、ジョンは放っておいて私の相手をしてよ。パシフィックってば店に全然来てくれないんだから。今夜どう? 最高の夜にするよ?」

「やあハンナ。嬉しい誘いだが今日はやめておこう。ちびっこの前でこの話は教育に悪い」

「ちびっこって誰のことですか?」


 パシフィックはもともと因縁があったっぽい。そして無関係な娼婦が黄色い声をあげたり、パシフィックが煽ったりするものだから大混乱である。どうやって状況をおさめようか? 一応、私たちは魔女に関する情報を集めにきたのだが、とても話を聞ける雰囲気ではない。いっそのこと魔術で全部吹っ飛ばしたら――「表に出ろパシフィック! けじめをつけさせてやる!」「魔術士が正面から戦うわけないじゃん」「ハッ、びびってんのか!?」「パシフィック~、いつなら空いてるの? 店の子たちが早く呼べってうるさいんだよ」「俺って多忙な男なのさ」――うるさい。

 もうめちゃくちゃだ。宴会みたいで楽しいけど、そろそろ収拾がつかなくなりそう。そう思っていたらジョンと呼ばれた男の限界が先に訪れた。


「表に出ねえなら、ここでぶっ殺す……!」


 ジョンはナイフを抜いて襲いかかってきた。しかし、彼が狙ったのは私たちではない。同士討ちをするように近くの仲間を襲ったのだ。


「やめろジョン! 急にどうした!?」

「うるせえ! 今さら謝ったって遅い!」

「お、落ち着け! おかしくなったのか!?」


 ジョンだけではない。彼を止めようとした男が別の仲間に襲いかかったり、また別の仲間が巻き込まれたり。そして、それらはすべて私たちを巻き込まないかたちで起こった。まるで私たちの姿が見えていないかのようだ。


「ひええ、さらに悪化した。パシフィックさん、なにかしました?」

「ちょいと魔術をね。俺、幻を見せるのが上手いんだ」

「それも魔術ですか?」

「うん、便利だよ。でもさすがにこの人数だと全員にはかからないから――」

「てめえの仕業か!」


 言ったそばから幻術にかかっていない敵が襲ってきた。しかも私を狙っている。なぜか狙われやすいんだよね。むん、と呪痕全開。


「ガァァアアア! 腕が、俺の腕が……!」

「メヴィちゃん、なにしたの? 君に触れただけで苦しんでいるみたいだけど?」

「魔導元素を体にまとっただけですよ。低燃費で済むから便利です」


 なるほどねえ、と言いながらパシフィックが一歩離れた。やだなあ、触れなければ大丈夫ですよ。

 よく見るとパシフィックは幻術で敵を翻弄しながら、無関係な女の子たちが巻き込まれないように、簡単な初級魔術で保護をしていた。器用な男だ。私がやると腐るだけだから羨ましい。


「さて、狙ったわけじゃないけど、これだけ暴れたら偉い人が来るはずだ。もしもマダム・リンダが現れたら交渉しよう……」

「なんだか嬉しくなさそうですね」

「そりゃあ俺は会いたくないからねえ」

「なんでですか?」

「マダム・リンダから借りた金を踏み倒しているんだよ。ハッハッハ、まいった」


 なんてこった。よく考えたら襲われたのはパシフィックが恨みを買っていたからだし、この男、頼れる兄貴かと思いきやとんだ疫病神である。

 ちなみに私はマダム・リンダに対する印象が悪い。もしも交渉が難航するならばマダム・リンダの本拠地は腐敗魔術で吹き飛ばす所存である。そうだ、今のうちに魔術を練っておこう。最近は色々と戦う機会が多かったから新しい魔術を編み出したんだよね。魔力糸が届く範囲なら、たとえば足元から腐敗の棘を生やしたりとか、呪痕に込める力を大きくして棘を鎖のようにしたりとか。

 指先でちょろちょろっと腐敗の棘を出し入れさせる。これも繊細な魔導技術がいるから意外と難しいのだ。


「うるさいぞ」


 ピシャリ、と水を打ったように静まりかえった。ただの一言で男たちにかかっていた幻術が解けたようだ。現れたのは不機嫌そうに髪をかきあげる女性。首にまで広がった呪痕が上級魔術士であることを示していた。


「義勇兵とは不干渉の契りがあるはずだが、なんのつもりだ。イカレ野郎の命令か?」


 一斉に道を開ける男たち。彼女こそ花街の王・リンダである。



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