第7話 アルカディア
空はいつの間にか暗くなり始めていた。
まだ飯の時間ではないというのに広場に集団がいたため、部屋に入るのに少し苦労したが、無事部屋に入ることができてよかった。
「先どうぞ」
「優しいね」
「レディーファーストっていうだろ」
「なにそれ」
ヒナは笑いながら、脱衣所に入っていく。
「覗かないでね!」
「覗かないよ」
互いの距離感をつかんできたので、こういう冗談も言えるようになっていた。
しばらくするとシャワーの音がかすかに聞こえる。なんとなく俺はいたたまれない気持ちになった。
座って待っていると、扉が三回ノックされた。扉を開けると、黒髪の少女がいた。
ヒナとは違い髪が長く、落ち着いている印象を受ける。
「初めまして、わたしはシオリよろしくね」
「初めまして、アオイだ。何か用があるのか?」
「うん、ヒナちゃんいますか?」
「ヒナなら今は、風呂にいるぞ」
「もしかして水族館に行った?」
「よくわかるな」
「ヒナちゃんのお気に入りの施設だからね。クラゲの話されたとき一生語られなかった?」
「語られてないな。短く済まされた気がする」
「そうなんだ。ヒナちゃんも成長したんだね……」
「ここで立ち話するのもあれだし、中入るか?」
「そうさせてもらうね。お邪魔します」
昔を思い出しているシオリを部屋の中に入れる。
シオリは、クラゲについて語られていたのだろうか。
「あっ! シオリちゃんやっほー!」
風呂から上がったヒナが元気よくこちらに来る。
「風呂あがったから、アオイもお風呂入ってね」
「あぁ」
ヒナと交換する形で、俺も風呂に入った。
---
「それでシオリはなんでここに来たんだ?」
「ヒナちゃんにはもう伝えているんだけど、ここで勉強しようと思って」
「勉強?」
「夜になるとみんな勉強することになってるんだよね」
「昨日はしなかったのに?」
「新しい子がこの家に入ったときは勉強は休みになることになってるんだ。だから今日から勉強が再開されるの。アオイもやるんだよ」
「わたしは毎晩ここにきて、ヒナちゃんと勉強することになってるんだ」
「なるほどな」
遊んでばかりかと思ったが、やっぱり勉強はするんだな。
「それじゃはじめよっか」
「うん。今日は何やる?」
「数学!」
「がんばろうね!」
「ほら、アオイもやるよ」
三人で机を共有しながら、数学の問題を解く。下級市民のときに教えられた範囲の復習と応用のため、案外楽に解くことができる。
「ここの計算間違ってるぞ」
「あっ、ほんとだ。教えてありがとう!」
シオリに指摘するとシオリは俺に感謝を伝えてくる。
「アオイって勉強できるの?」
「そこそこにはできるよ」
「すごいね~」
「すごくというよりは中級市民になるために勉強していたって感じだし、ここの人たちのほうがすごいよ。二人を見ていると、勉強が好きでやっているように見える」
「勉強は楽しいからね」
「そうだね、勉強は楽しいよ」
「何が楽しいんだ?」
「知識を身に着けることができるところかな。それがこれからの人生で使うかどうかはわからないけど、知っておいて損はなしね」
「それに、ここを出たときに知識があると楽だからね」
「そうなのか」
勉強を教え合いながら、進めいく。
「そういや、風呂に入る前に集団がいたけど、あれってなんなんだ?」
「あれは、ユウタの集団だね」
「ユウタ?」
「食堂行った時のこと覚えてる?」
「カレーがうまかったことしか覚えてない」
「それしか覚えてないのね……」
ヒナは少しあきれていた。俺とヒナの会話をお聞いているシオリは微笑んでいた。
「ユウタってどんな人なんだ?」
「私はあまりかかわらないから、わかんないなぁ。シオリちゃんは何か知ってる?」
「わたしもあまりわからない。でもここの子供たちには人気あるよね」
「そうだね。イケメンとか、頭がいいとか、運動ができるとか、優しいとかいろいろとね」
「そんなすごい人なのか。二人はなんでかかわらないんだ?」
「単純に興味がないからかな。私はクラゲ一択だし」
「ヒナちゃんらしい回答だね。わたしに関しても興味がないからかな。こうしてヒナちゃんたちとかかわっていたほうが楽しいし」
「なるほどな」
同じ土台の人とかかわっていたほうが話がかみ合うため楽しいのだろう。
「もう一つ聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「みんなこの施設っていうけど、施設に名前はないのか?」
「メインであるこの白い建物が、よく家とは呼ばれるね」
「それでこの施設自体の名前がアルカディアってシャチさんが言ってたよ」
「アルカディア……」
アルカディア――理想郷。
ここがシャチさんにとって、俺らにとって、理想郷だというのだろうか。
「でもだいたい施設で完結しちゃうんだけどね」
「そうだね。アルカディアって言ってる側が恥ずかしい……。あっ、これシャチさんには内緒ね」
「あぁ、わかった」
中二病的な名前が恥ずかしいのは俺にもわかる。
本人はかっこいいと思っているからこの名前なのだろう。
勉強が終わり、俺たちは解散した。
「ん~。やっぱり勉強は楽しいね! 知識が深まった気がするよ」
「あっという間に感じた。誰かと勉強するってこんなに楽しいんだな」
「アオイはいつも一人で勉強していたの?」
「一人だな。学校に行っても基本的にいじめばっかだったしな……」
「いじめられてたの?」
「そうだ。下級市民ってだけでいじめられる世の中だからな。学校っていうものは」
「学校って怖いね。でもこの家を出れば、上級市民になれるからそれまで頑張れば、見返せるよ」
「そうだといいな」
正直他人を見返せるとか、見下すとかどうでもよくなっていた。
今の俺には身分すらどうでもよく、ただただ自由が欲しかった。
それがようやく手に入ったのだから、人生というものは山あり谷ありなんだなと思う。
「ヒナの元々の市民階級って何だったんだ?」
「私は下級市民だよ。学校にもいけないくらいのね」
「学校にすらいけなかったのか?」
「お金がなかったからね……。だから私もここに捨てられたんだよ」
「それを俺みたいにシャチさんに拾われたってことか」
「うん」
ヒナは過去を思い出すように言う。
俺は触れてはいけないところに触れてしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、部屋がまた三回ノックされる。
ヒナが部屋を開けるとアンドロイドがいた。
「飯の時間です。今日はどちらに?」
「アオイどうする? 部屋で食べる? 食堂で食べる?」
「俺はどっちでもいい」
「じゃあ、部屋で食べよっか」
「りょーかい」
今日の飯は、ハンバーグ定食だった。
「店みたいな定食も出てくるんだな」
「基本的に定食みたいなものが出てくるよ。ほら、昨日はカレーだったでしょ」
ハンバーグは肉汁が閉じ込めてあっておいしい。
アンドロイドが作った料理というものは完璧なものばかりだ。
機械が人類に勝る日はいずれ来るのだろう。
「今日もおいしいね!」
無邪気な子供のようにハンバーグを食べているヒナを見ると子供だなぁと思う。
ハンバーグはすぐに消えていき、他の食材もすぐに食べ終えてしまった。
「「ごちそうさまでした!」」
食べ終え、アンドロイドに皿を渡す。
「この後はどうする?」
「どうするといわれてもな……。何かやることあるのか?」
「何もないよ。寝るか、遊ぶかの二択だね」
「ざっくりしてるな。今日は十分遊んだから、俺は寝るかな。ヒナはどうする?」
「私も寝る!」
パジャマに着替え、二人でベッドに入る。
「アオイと水族館いけてよかった! 楽しかったよ」
「俺も楽しかった」
「君も楽しんでくれて私もうれしい! またいこうね」
「うん」
俺たちはそのまま眠りについた。
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