番外編05アストリー兄妹の謁見


 エルシーが両親と領地へ旅立ってから入れ替わるように、ライナスの元へと謁見の申し込みが入った。

 

 先にトレイシーが内容に目を通し、ライナスに伺いを立てる。


「殿下、アストリー公爵家嫡男、ジョエル・アストリーが近々、ご挨拶したいと申しております。いかがいたしますか?」

「アストリー家の長男が帰国したのか。確か、隣国に長期留学していたのだったな」

「……ええ」

「土産話があるのだろう、予定を調整してくれ」

「かしこまりました」


 トレイシーは了承して、すぐに調整に入った。

 

 二日後、ライナスはジョエルと城の中の一室で相対していた。部屋の中には、他にトレイシーとフィルもいる。

 

 さらに、なぜかその場には妹のブレンダも同席していた。

 

「ライナス皇太子殿下、お時間をいただき、ありがとうございます。私の目は光に弱く……。このような姿での拝謁をお許しください」


 ジョエルは、薄青の眼鏡をつけたままであることを詫びる。


「いえ、気にはしていませんよ」


 そんなことより、なぜここに妹を連れてきたのかの方が問題だと心の中では思いながら、ライナスはにこやかに言葉を返した。

 

 先ほどからブレンダの熱っぽい視線が痛い。拒絶を表したつもりだったが、逆効果だったのかと思うほどだ。


「此度の王妃陛下のご不幸、私も隣国で耳にし、胸を痛めておりました。殿下の心中、お察しいたします」

「お気遣いありがとうございます。一人でも多くの臣民が想いをはせてくれたこと、きっと母も喜んでいることでしょう」

「ありがたいお言葉です」


 ジョエルは胸に手を当て、至極光栄だという気持ちを表す。

 

 色付き眼鏡で目元が見えないせいか、掴みどころのない男だと思いながら、ライナスは笑顔の下でジョエルの様子をうかがった。

 

 あまり長くはこの謁見に時間を費やせない。エルシーのためにも早く他の仕事を終わらせて、クルック領へと向かいたい。


「さて、アストリー卿、隣国の居心地はどうでしたか?」

「ええ、私にとっては、とても良い国でした」

「それはどのような意味で?」

「あちらの国は、私のような者でも排除せずに尊重してくれるのです」


 ライナスは、ジョエルが話す隣国の話を興味深く聞く。隣国は、多民族の国だ。髪色や肌の色、さまざまな人種が入り混じって暮らしている。母親の出身国だと分かった今、以前よりもより詳しく知りたいと思うようになった。

 

 ジョエルは、自分のような容姿のものが差別を受けることがないこと、王家が形だけのものとなっていて民衆が中心となって国を動かしていることなどを次々に説明していく。


「差し出がましいことを申し上げますが、陛下の治めるこの王国が、いつかあの国の影響を受けることも考えられます」

「……そうならないよう、父上と力を合わせて尽力するのみですね」

「私どもアストリー家も、今後とも王国のため力を尽くして参ります」


 ジョエルは隣のブレンダに同意を求める。ブレンダは待っていたとばかりに、意気揚々と話し出した。


「ええ、そうです。殿下の世がよきものとなりますよう、この私も精一杯、殿下をお支えいたしますわ。公爵家の娘として、やはり殿下にはより位が高く優秀なものを娶っていただきたいと思っておりますの」

「……アストリー嬢、それは、我が婚約者エルシーは実力不足だと言いたいのでしょうか?」

「いえ。エルシー様は、王家の試験を合格された方、そんなことはないと信じております。ですが、彼女には王妃になる覚悟がおありなのでしょうか? もう一度考えていただきたいのです。本当に殿下に相応しいのは誰なのかということを」


 怯むこともなく、ブレンダは堂々と言い放つ。ライナスは困ったという風に、口元に手を当て考え込むようなポーズを取った。


「なるほど。アストリー嬢は、エルシーの覚悟を問いたいのですね? ですが、彼女は今、領地へと戻っていますから、残念ながらそれを確認する機会は訪れないでしょう」

「存じておりますわ。狩猟大会の準備でございますね? 今年は、兄と共に私もクルック領に滞在させていただくことにいたしました。そこできちんとお話をさせていただきます」

「……ブレンダ、少し落ち着いて。殿下にそんな怖い顔をしてはいけないよ」

「アストリー嬢、それ以上の発言は慎むべきです」


 ジョエルが、ブレンダの肩を撫でて落ち着かせ、トレイシーが見兼ねて声をかけるが、彼女の勢いは止まらない。


「殿下は、クルック嬢を信じていらっしゃるのですよね。でしたら、私との女同士のお話くらい、許していただけますわよね?」

「女同士とは、あなたとエルシーを二人きりにしてほしいと?」

「はい。断ったり、護衛をつけて守ろうとするのは……エルシー様を信じていないのと同義だと私は思いますわ。そんな守られるだけの方なのでしたら、おそらく殿下に並び立つ資格はないのでしょう。そうは思いませんこと?」


 彼女の真意がどうあれ、ライナスが庇えば、この令嬢にこれから先ずっとエルシーが目の敵にされてしまう。ライナスは、小さなため息をついて、頷いた。


「……なるほど。アストリー嬢の言うことは確かでしょう。どうぞ、エルシーと話してみてください。ただ、一つ条件があります」

「ありがとうございます。条件とは何でしょうか?」

「先に、私からアストリー嬢が話したがっていることを、手紙でエルシーに伝えさせていただけませんか? エルシーは私の婚約者という、あなたより上の身分となりましたが、まだ日が浅い。公爵家の令嬢から急にお茶に誘われて、緊張するなという方が難しい話でしょう。彼女は少し緊張しやすいのです」

「わかりましたわ」

「ええ、それではそうしましょう」


 ブレンダが満足げに微笑んでいる一方、ジョエルはとても申し訳なさそうな雰囲気で、向かいのソファで居心地が悪そうにしていた。


「殿下、妹が大変申し訳ございません……!」

「いえ、大丈夫ですよ。さあ、そろそろ時間も長くなりましたし、私も執務に戻りたいと思います」

「はい、本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。そういえば、狩猟大会には、殿下はいらっしゃるのでしょうか?」

「ええ、もちろん。今年は私が参加する予定です」

「……そうですか、では、またすぐにお会いできそうですね」

「ええ」


 ライナスは頷いてから立ち上がり、ジョエルとブレンダに見送られて、部屋を退室した。


「アストリー嬢、諦めていなかったようですね」

「そのようだ。さあ、エルシーへ手紙を書いて、仕事を早く済ませよう。なんだか嫌な予感がするからね……」


 何やら一悶着起こりそうな狩猟大会のことを考えながら、ライナスはエルシーに想いを馳せた。

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