07:王子の推理
夜会の次の日、いつも通り午前中は講義を受けると、作法のレッスンは休みだと言われた。これからは三日に一度、作法抜きの普通の昼食になるという。トレイシーの素早い対応にエルシーは感謝した。
ダンスレッスンも終わり、次の芸術の授業の講師を待っていると、エルシーの元にライナスの部屋の前でいつも見張りをしている青年がやってきた。
「ライナス殿下がお呼びです。この後の授業は休みとなりました」
「分かりました」
「ご案内いたします」
青年に連れられ、ライナスの執務室に向かう。無言で歩いていくこと数分で目的地に辿り着いた。
「殿下、クルック嬢をお連れいたしました」
「入れ」
執務室には、ライナス、トレイシー、カーティスが揃っていた。ライナスは執務机に、トレイシーとカーティスはソファに向かい合ってかけている。
「トレイシーの隣にどうぞ」
ライナスに促されて、エルシーもソファに座る。護衛の男は、扉の近くで待機するように立っていた。
「さて、エルシー、今日はあなたと同じくスキルを所持している者を紹介させてください」
「はい」
「全部で三人います」
「……え?なんだか少ないような……」
もっとたくさんの人数がいるのかと勝手に想像していたエルシーの素直な感想に、ライナスは苦笑する。
「スキルを持つ人材自体が貴重なのです」
「なるほど」
そう言われてみれば、エルシー自身、これまで出会った人の中でスキルを持っていると分かっているのはライナスくらいだ。それも、教えられたから知っているというだけで。
「ということは、ここにいる人はみな、スキル持ちということですか?」
「いえ、私はスキルはありません。スキルを持つのは、殿下とカーティス、フィルです」
トレイシーが、エルシーの質問に答えた。
「フィル様……?」
「そこに立ってるやつですよ」
カーティスが扉の近くに立つ青年を指差す。
「俺と同じく、殿下の護衛です。あっちは騎士団ではないですけどね」
「フィル、まだ自己紹介してなかったのか」
ライナスが困ったようにフィルに視線を向ける。黒い短髪に、ブラウンの瞳を持つフィルは、エルシーに近づき、右手を自身の胸に当てる。
「フィル・ストーンと申します。殿下専属の護衛を務めております。挨拶が遅れ、申し訳ありません」
「いえ、私もお聞きしなかったですから。ご存知かと思いますが、エルシー・クルックです」
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
エルシーが返事をすると、そそくさとフィルは元いた扉の近くに戻っていく。先ほど歩きながらでも自己紹介できたというのに、仕事中は、私語をしないタイプなのだろうか。
「フィルは、言葉が少ないのでよく誤解されますが、エルシーを嫌っているわけではないですから、気に病まないでください」
「俺と同じくらいすごく強い男だから、クルック嬢も安心するといいですよ」
ライナスとカーティスのフィルをフォローするような言葉に、エルシーは頷く。
「あと、もう一人は王城の医局にいます。そちらは、また後日ということで。……今後、協力していく上でスキルの開示は避けられないですから、それぞれ紹介をしましょう」
「じゃあ、俺から。俺のスキルは必中のスキルです。弓でも槍でも撃ったり投げたものは必ず的に当てることができます」
「……僕は、聞き耳で、自分の聞きたい音をどんなに離れていても聞き取ることができます」
「二人を組ませれば、闇討ちなんて成功しないというわけです」
「すごいですね……。私、必要なのでしょうか……?」
トレイシーの言葉に、エルシーは自分の存在意義に疑問を持つ。ライナスはエルシーに向かって微笑む。
「必要ですよ。エルシーも紹介を」
「……私のスキルは、自分以外の人や物の時を一時的に止めるものです。時を止めている間は私だけは自由に行動することができます」
「へぇ。いろいろと使い所のありそうなスキルじゃないですか」
カーティスの言葉に、エルシーはそうですかね、と曖昧に微笑んだ。二人のスキルのように、ライナスの役に立ちそうには思えないのだが。
そんなエルシーの様子を見て、ライナスは話題を次に進める。
「では、紹介しあったところで、エルシー、昨日会った弟についてお話しさせてください」
「ユージン様のことですか?」
「えぇ。ユージンというより、ラブキン卿が問題なのです」
「ダルネル・ラブキン様が……?」
ラブキン公爵家は、トレイシーのドラン公爵家と並ぶ名家だ。広い領地を持っており、その経営で代々優秀な功績をおさめている。エルシーは、ユージンを心配して、手を引くダルネルを思い出す。
「クルック嬢。ダルネルは、ラブキン公爵家の三男になります。今は、ユージン様にいたく気に入られ、教育係を任されていますが、それまでは、言い方は悪いですが、長男や次男が優秀なせいか、あまり目立たない男でした」
「母上の茶会で知り合ったのがきっかけだと聞いています。そのラブキン卿が、私の命を狙っている犯人ではないかと疑っているのです。私を亡き者にしてしまえば、ユージンを皇太子にして、その後見に立つことができるでしょうから」
「ユージン様は利用されているということですか?」
「その可能性が高いというだけです。弟を疑いたくはないですが、警戒するようにしてほしい」
「わかりました」
エルシーが頷くと、ライナスは少し微笑むが、すぐに俯き顔を歪めて、徐に手を首に当てた。トレイシーが真っ先に異変に気づく。
「殿下? ご気分が悪いのですか?」
「……あぁ……。先ほどからあまり体調が良くない気はしていたが……。フィル、毒味係の様子を見てきてくれないか?」
「殿下!?」
指示を聞いて、フィルがすぐに部屋を出ていき、トレイシーは絞り出すように話すライナスの側へ駆け寄った。
「どうやら……またやられたらしい……。医局のアルフに目立たぬよう連絡を」
「分かりました。急ぎ手配します。カーティス、殿下を隣の寝室へ運んでください」
「殿下、失礼しますよ」
カーティスの肩を借りて、ライナスが立ち上がる。エルシーは、突然の出来事にその場を動くことができず、呆然としていた。
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