06:夜会


 豪華絢爛なホールにシャンデリア。優雅な音楽が流れる。口から心臓が出そうとまたもや思いながら、エルシーはライナスの隣を歩いていた。

 周りから、ヒソヒソと二人を見ながら話す声が聞こえる。


「お兄様!」


 会場の奥へと向かって歩いていくと、こちらへ駆け寄ってくる少年がいるのに気づいた。少年は、二人の前まで来ると、小さな体で精一杯背伸びして、見上げてくる。ライナスは、さっと屈み、少年に視線を合わせて微笑んだ。


「ユージン、珍しいな。夜会に参加とは。大人の仲間入りか?」

「今日は、その……お兄様と婚約された方を見たくて。少しだけわがままを許してもらいました!」


 ユージン・ブラグデン。ライナスの歳の離れた弟だ。ライナスをそのまま幼くしたような容姿をしている。兄弟仲は問題なさそうだと、エルシーは二人の様子を見ていた。

 

「そうか。ユージン、紹介しよう。こちらが私の婚約者、エルシーだよ」

「エルシー・クルックと申します。ユージン殿下、お会いできて光栄です」


 エルシーもユージンに目を合わせるように屈んで挨拶をすると、目をキラキラさせて、興味津々という風に見つめてくる。


「エルシーってよんでもいい? ですか?」

「ええ、もちろん。敬語も必要ございません」

「あのね! お兄さまはとっても優しくて、とっても強いんだ!」

「自慢のお兄様なのですね」

「そうだよ! エルシーはお兄さまのどんなところが好き?」


 思いがけない質問にエルシーは、目を瞬いた。ライナスがユージンの頭を撫でながら、諌める。

 

「ユージン、いきなりする質問ではないだろう。エルシー、弟は、あなたに会えて気分が高揚しているようです。許してほしい」

「もちろんです。ユージン殿下、今後ともよろしくお願いします」

「うん!」


 何度も頷くユージンの後ろから、ユージンの名前を呼びながら近づいてくる男がいる。


「あっ! ダルネルが来ちゃった!」

「ユージン王子! 私から離れないと約束したでしょう。王妃陛下からも頼まれているんですから。言うことを聞いていただきたい」

「ごめんなさーい」


 男は、やれやれと首を振るが、ユージンを見つめる表情からは怒りよりも愛情を感じる。誰なのだろうと疑問に思いながら見ていると、男がライナスとエルシーに頭を下げた。

 

「ライナス王子殿下、ご挨拶が遅れました。本日も、ご機嫌麗しゅう。そして、婚約者候補の決定、おめでとうございます」

「ラブキン卿、ありがとうございます。あなたがいつも通りユージンのお目付け役なのですね」

「ええ、ユージン王子がどうしてもと言うので……。ですが、目的は達成されたようですね」


 ダルネルの視線がエルシーに向けられる。


「ダルネル・ラブキンです。ユージン王子の教育係を一任されております」

「エルシー・クルックです。以後お見知りおきを」

「ええ、王城にいる者同士、またどこかでお会いすることもありましょう。もう少しお話ししたいのですが、私達はこれにて失礼させていただきます」

「えー! もっとお話したーい!」

「ユージン王子、一目見たら帰るとお約束したでしょう」


 ユージンが頬を膨らませて、駄々をこねる。可哀想だが、まだ子どもなので、本格的に夜会に参加することはできないのだ。ダルネルの側から離れないというのを条件に特別に許されたものであったらしい。

 ダルネルは、ユージンに言い聞かせながら、その手を引いて急ぎ足で会場から出ていく。ユージンが振り向き、手を振ってきたので、エルシーも手を振って見送った。


「ユージン殿下から慕われていらっしゃるんですね」

「歳の離れた兄弟ですから、どうしても甘くなってしまいますね。さて、エルシー、父と母の元へ行きますが、大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫です」


 会場の奥の少し高くなっているところに、ゆったりと二人が腰掛けているのが見えた。エルシーは、ごくりと唾を飲み込む。


「父上、母上。ご機嫌麗しゅう。お話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ライナス、来たか。もちろんだ」

「そちらが、あなたの選んだ婚約者候補ね?」


 エルシーは、ライナスと組んでいた腕を離し、慎重にカーテシーをする。

 

「……国王陛下、王妃陛下、こうしてお声を直接かけていただけること、誠に恐悦至極にございます。エルシー・クルックと申します」

「よいよい、直れ」

「真面目に教育を受けていると、講師陣からも評判よ。頑張ってるのね」


 王と王妃の優しい言葉に、エルシーは顔をあげる。二人は言葉と違わず、優しい眼差しを向けていた。


「なかなか、ライナスの婚約者が決まらないものだから、やきもきしていたの。あなたのような令嬢が見つかって良かったわ」

「だから、本人に任せろと言っていたのだ」

「あなたは、放任しすぎなの。実際、私のパーティーでエルシーは見つかったのよ」

「そうだった、王妃のおかげか。感謝せねばな、ライナス」

「ええ、母上にはいつも感謝していますよ。心配をかけましたが、こうして、愛らしい婚約者に出会うことができました」


 ライナスの手が腰に周り、ぐっと引き寄せられて、顔を覗き込むように見つめられる。寄り添うような姿勢に、ライナスを見つめるエルシーの体温は上がっていく。

 二人の様子に、王と王妃は顔を見合わせ、微笑んだ。

 

「エルシー、今度、私の部屋に遊びにいらっしゃいな」


 ライナスから目を逸らし、エルシーは返事をした。

 

「私でよろしければ、喜んで参ります」

「ライナス、時間を作るようにお願いね」

「わかりました、母上。では、私たちは会場を回ってきます」


 ライナスとエルシーは、寄り添ったまま、二人の前から退く。会場の中ほどまで来ると、ライナスはエルシーを離した。


「やりすぎじゃないですか」

「あなたが失格になる可能性は少しでも減らしておきたいのです」


 小声で赤い顔のまま文句を言うエルシーに、ライナスは悪びれもせず微笑んだ。そして、近くにいた使用人から飲み物を受け取り、エルシーに渡す。


「喉、乾いたでしょう。飲んでください。何か食べ物も食べますか?」

「いえ、飲み物だけで……」


 そんな話をしている間も、挨拶をしたい貴族たちがひっきりなしにやってくる。その中には、ニナとニナの父親もおり、すっかり驚かれてしまった。その後、エルシーの父親もやってきて、心労でふらふらになったエルシーは、ライナスの計らいで、父親とひと足先に帰宅を許されたのだった。

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