転生したら俺の昼メシが無限に出てくる(前後編)

はこにわにわに

転生したら俺の昼メシが無限に出てくる(前編)

タナカは今日も行く、終わりのない労働へ。

駅までの道は昨日までずっと雨が降り続いていたせいで所々に水溜りができている。


「こんなにいい天気なのに、行く先が会社とかつらい…つらすぎる…」と、彼はつい声に出してしまった。


「どこか遠くに行きたいなぁ…」と、彼はぼやいていると、周囲がざわめき始めた。


「うわぁっ!」

朝から学生たちは元気だな。


「きゃぁ!」

おいおい、久しぶりに晴れたからってみんなはしゃぎすぎじゃないか?


ブーン…


「…ん?」

ちょっと待って、なんだろうこれ?


「なんだ?」

何かでかいものがこちらに飛んできて…虫かな? 普通、虫って人を避けるはずじゃないか?


バチっ!!


「うわぁ! 痛てぇ!」

虫がもろに顔に突っ込んできて、思わず顔を押さえて後ずさった。


「ざわざわ」


「ぐぅ…ちょっ…恥ずかしい…痛てぇ…」

なんで朝早くからこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。

大体、ぶつかってくるなら車とかがよかったよ。

…いやいや、それもよくないけど、車なら異世界転生できたかもしれないだろう?


「まったく…電車に乗り遅れたらあの虫、恨んでやるからな。」

確か電車は時間的にはまだ間に合うはず。

スマホ、スマホ…と。

あわよくば遅延とかしてないかなぁ。

検索してみるか。


ん? あれ? 電波が悪いな。

んん? 電波がぜんぜん入ってないぞ?

まさか、また通信障害か? まったく…


そんなことを思いながら顔を上げると目の前には小高い丘まで伸びる一本道。

雲ひとつない快晴だ。

そこにタナカは立っていた。

のどかな鳥のさえずりも聞こえる。


「⁇」

探しても無理だろうけど、通勤のために向かっていた駅などない。


「どこか行きたいとか言ったけど…」

言ったよ、言ったけどさ。

どこかって観光地とか歓楽街とかさぁ。


「…ここはどこなんだよ?」


「どこって、フィング王国のドーク村へ続く街道だが?」

突然、後ろから話しかけられてタナカは驚いた。

振り返ると見慣れない服を着た少女が立っていた。


おいおーい、いくら出社したくないからってこれは現実逃避がすぎるだろう。

こういう時は頬を思いっきりつねれば…


「…痛ってぇ! …て、ですよねー。」

無駄に涙が出ちゃったじゃないか。


「おい、さっきから邪魔なんだが? 

遊んでいるのなら端に避けてくれないか?」

ものすごく興味のなさそうな視線を向ける少女。


「あのさ、試しに聞いてみるんだけど、

日本…とか東京とかってどこにあるか知ってる?」


「2本…? トキョ…? 聞いたことないのだが?

どこか異国の食べ物か何かか?

いや、まぁ食べ物ではないか。」

いやいや、いくら聞いたことない単語だからって食べ物と思うとは。

この子、思いのほか可愛いな。


そう言えば、腹減ったなぁ。

朝メシ、寝坊して食べてないんだよな。

だから今日は昼メシを楽しみにして… 昼メシ…


「ああ! 今日の昼メシは来来軒のラーメン食おうと思ってたのに!」

叫んだ瞬間、タナカの鼻に美味しそうな香り…例えば甘みがありつつもしつこくない旨味のスープの香り…を感じた。


ガッシャーン!


そして目の前にラーメンが現れて、そのまま地面に落ちた。


「え? 俺夢をみてるの? なんで急にラーメンが…」


ガッシャーン!


2杯目のラーメンが地面に落ちた。


「えええ? なに? 俺、何かしちゃった? 何で何もないところからラーメ…」


「待て待て! それ以上『らーめん』と言う名前を言うんじゃない!」

顔面を蒼白にして少女が叫んだ。


「え? ラーメンって言ったらまずいのか?

ラーメンってあんたも言ってるじゃないか。」


ガシャーン、ガシャーン!

3杯目と4杯目のラーメンも地面に落ちていった。


「あぁー! もったいないんだが?

説明するから、これ以上『らーめん』というんじゃない!」

と、涙目で少女が叫んだ。

タナカは口に手を添えて無言で頷き続けた。


「まず聞きたいのだが、『らーめん』とは?」


落ち着きを取り戻した少女が尋ねた。


「俺の昼メシ。

足元に落ちてるのはちょっとグロい感じになってるけど、今日はそれだけを楽しみにしてたんだよ。」

なるほど、なるほど…と頷きながら少女は背負っていたリュックから平たいお盆のようなものを取り出し、タナカに差し出した。


「とりあえず、もう一度この『オボン』を持って『らーめん』とやらを出してみるのだ。」


「おう? これを持つとラーメン…

ああっ! また落ちたぁぁ!」


ガシャーン…5杯目のラーメンが地面に落ちていくのを絶望の顔で見つめる少女。


「オボンを持つまでは…名前を言うのをやめるのだ…うぅ…」

この子、そろそろ泣き出しそうだな。


「わかった。この…『オボン』? を持ちながらラー…アレを言えばいいんだな?」


「そうなのだ。『オボン』をこう、首と胸の間あたりに持ち上げて、そのまま『らーめん』と言ってみるのだ。」


「おお、わかった。『オボン』をこう…ここら辺に持って…」

ここら辺か?

チラッと少女を見ると、彼女は必死に頷いている。

よし、ここら辺か。では、いざ!


「ラ、ラーメン!」


カションっ!


『オボン』を持った手に重みが伝わり、鼻には美味しそうな香りが漂って来た。


「おおー! 出た!

ラー…アレが出た! しかも、ボーナスの時だけ食べる来来軒の1番お高いラー…アレじゃないかぁ!」

不本意にもタナカは涙ぐんでしまった。

ここ連日の残業続きでろくな物を食べていなかった上に、訳のわからない場所でこんなご馳走にありつけるとは思ってもいなかったからだ。


「これはどのように食べるものなのだ?」

興味津々に少女が聞いてきた。


「これはお箸と言うもので食べるんだけど…

お箸ってわからないよね?」

そう言うタナカに背を向け、リュックの中をゴソゴソと探す少女。


「お箸はわかるぞ? わたしのでよければ貸すのだが?」


「お箸はわかるんだ。

なんなんだよ、この世界。」

タナカは笑いながら箸を受け取り、ラーメンを思い切り啜った。


「う、うまい!

朝メシ抜いてたからあったかいスープが五臓六腑に染み渡る…!」


 「ほほう、美味しいのか。

匂いは嗅いだこともない匂いだが、わたしも食べてみてみたいのだが?」

少女はヨダレを垂らしながらジリジリとタナカに近づいて来た。


「おお! 食べてみるか? これはかなり美味いぞー? ほっぺが落ちるくらい美味しいぞ!」

タナカは嬉々として少女にラーメンを渡した。


「この細長い糸をお前みたく食べればいいのか?」


「そう、その『麺』って言うんだけど、麺を啜って汁を飲むんだよ。」

少女は怪訝そうな顔で恐る恐るラーメンに口をつけてみた。


「どうだ? 美味しいだろ? 多分世界で1番美味しいラーめ…おっと、食べ物なんだよ。」

タナカは自信満々で少女に言った。

そんなタナカとはうらはらに、少女は一口食べただけで無言だった。



「で、美味しいだろう? 美味しすぎて返したくなくなっちゃったとか?」


「…い」


「ん? 美味しすぎて言葉にならない?」


「違う…のだ」


「ん? 何が違う?」


「これ…すごく…不味いんだが?」

少女にあるまじき顔をタナカに向けて少女は言った。


「ちょ? 不味いわけないだろう? あの来来軒の1日数量限定のラーメン…ああ!」


ガチャー…ン! 7杯目のラーメンが落ちた。


無言の2人の間をそよ風がラーメンの良い香りを運んでいく。


「えーっと…あのさ、気になってたんだけど、あんた話し方固いって言われない?」


「やはり変か? これでも公用語に近づけているのだが。 わたしの故郷は訛りがキツくてな。」

そして、また無言。

き、気まずい… タナカは気まずい空気が苦手だ。


「と、ところでお互い名前も知らないのも不便だよな。 俺はタナカ。あんたは?」

たくさんのラーメンを無駄にしてしまった虚無感を拭おうとタナカは話題を振った。


「わたしはアシュ。真名は長すぎるからアシュでいいのだ。」

リュックから出した水筒らしき物を飲みながらアシュは言った。


「何で食べ物が出て来るのか聞きたそうな顔をしてるな?」

タナカは頷いた。まさにそれを聞きたかったのだ。


「話すと長くなるのだが。 ここは言葉にした食べ物をオボンの上に出して食べる事ができる世界なのだ。」

アシュはタナカにわかるよう言葉を選びながら話し始めた。

それはタナカの世界の常識とはかけ離れており、長い長い話だった。

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