【短編】青の部屋≠#FFF

佐久間 譲司

青の部屋≠#FFF

 篠原修一郎しのはら しゅういちろうは、ひどい寒気を覚えた。真冬の朝のような冷気が、体を包んでいる。


 暗闇に覆われていた意識が徐々に覚醒し、光が差し込む。


 篠原は、ハッと目が覚めた。


 霞んだ眼に飛び込んできたのは、青色だった。


 頭はまだ完全に覚醒しきっておらず、現状を把握するのに困難を極めた。


 しかし、意識が明朗になるにつれ、次は混乱と焦燥が頭を占め始める。


 ここは、一体どこだ。


 篠原は、慌てて体を起こす。そして、周りを見回した。


 青。目に入ってくる色は青のみ。


 今、自分は、全てが青色に染まった空間にいた。それは把握できた。空間というよりは部屋だった。さして広大ではない。体育館の四分の一ほどの面積だ。その真ん中で、なぜなのか、これまで眠っていたようだ。


 篠原は立ち上がった。混乱しそうになる頭を宥めながら、なおも周囲を確認する。


 部屋の形は半円形だ。ホールケーキを上から半分に切ったような形をしている。そして、切られた側、つまり壁が垂直になっている方の壁に、左右、二つの扉があった。扉の色は青。反対側、壁面が湾曲している方には何もない。


 部屋にあるのはその二つの青い扉だけで、他は自分以外、何一つ見当たらなかった。電灯もなく、なぜ明るいのかわからない。部屋の壁そのものが、発光しているように思えた。


 篠原は、震える。恐怖のせいだけではなかた。ひどく寒い。まるで冷蔵庫の中のように、ここは低温なのだ。


 そこで初めて、篠原は自分の姿を見下ろした。


 今、自分はスーツ姿だ。灰色の、仕事に着ていく見覚えのある服だ。靴も擦り切れた安い革靴である。


 なぜ、自分はこんな所にいるのだろうか。


 押し寄せてくる混乱や焦燥感を何とか押し留めながら、考える。


 自分は、確か仕事が終わって、アパートへ向かっていたはず。それなのに、なぜこんな所にいる?


 ここに至るまでの記憶がぷっつりと途切れていた。まるで編集でカットしたかのように、そこだけ消えているのだ。


 篠原は再度震え、自身の体を擦る。それにしても寒い。凍えそうだ。吐く息も、真冬のように白かった。


 体を擦りながら、部屋にある二つの扉に目を向けた。先ほどから気になっていた青い扉だ。等間隔で左右に並んでいる。大きくも小さくもない、通常サイズの扉。


 篠原は、右の方の扉に近付いた。そして、ノブに手を触れる。触れると同時に、反射的に手を離した。ノブが氷のように冷たかったのだ。


 もう一度触れるも、冷たくて回せない、痛みを覚えるほどこれは冷えている。


 篠原は、スーツの袖を使い、何とか回してみる。今度は上手く回せた。だが、扉は開かなかった。何度か押したり引いたりしても無駄だった。


 ノブを良く見ると、鍵穴が付いていた。鍵がかかっているのだ。一旦収まった焦りが、再び首をもたげ始める。


 左の方の扉も同様だった。ノブは冷たく、鍵がかかっている。


 再び右の扉の前に行き、しばし、硬直した。


 混乱と焦燥が再度、波のように押し寄せてくる。これは、紛れもない監禁だ。犯罪である。


 篠原の歯が、カタカタと鳴った。恐怖と寒さのせいだ。すでに手足は冷え切っており、感覚が失われつつある。このままでは、凍死してしまう。


 「誰か。いないのか!? どうなっている!?」


 篠原は、あらん限りの声を上げた。吐いた白い息が、煙草の煙のように広がっていく。


 何の反応もなし。何度かそうやって叫ぶも、虚しく青い部屋の中に、声が響き渡るだけだった。


 次は、扉を強く叩く。扉はさほど厚くはなく、ドラム缶のような金属音が木霊した。だが、これも反応なし。


 叩いた手を見ると、皮膚が破けていた。青色の扉に血が付いている。扉が氷のように冷たいため、皮膚が接着剤のようにくっつき、剥がれたのだろう。手の感覚が非常に鈍くなっているので、気が付かなかったのだ。青の扉に赤い色が付着し、ピンクに近い色になっている。


 篠原は、皮膚が破けた部分を押さえながら、監禁された恐怖に愕然としていた。これは、一体何が起きている? なぜ自分がこんな場所に監禁されている?


 パニックに陥りかけていた。そこで、ふっと思い立ち、自身のポケットを探る。


 だが、本来入っているはずのスマートフォンや財布が消失していた。盗まれたのだろうか。監禁した者から?


 さらにスーツのポケットを探ると、紙切れが出てきた。卓上メモほどのサイズの紙だ。そこには一言だけ、マジックインキでこう書かれてあった。


 『白』


 白。ホワイト。これはどういう意味だろう。そもそも、このような紙切れは見覚えがない。書かれている字も、自分の筆跡ではなかった。つまり、ポケットの中身を取り上げた人間が、意図的に入れたものだということだ。


 紙は胸ポケットへ収め、他を探る。そして、ジャケットの内ポケットから、中指サイズの固いものが出てきた。


 鍵だった。これまた青色だ。


 篠原は、その鍵を持ち、右の扉に飛びついた。そして、かじかむ指をもどかしく動かし、鍵穴に鍵を差し込む。


 祈るような気持ちで鍵を回すと、小気味よい金属音と共に、シリンダー錠が外れる音がした。


 篠原は、小さく息を吐く。そして、袖を使い、ノブを回した。


 扉を引くと、難なく開いた。


 安堵と緊張が篠原を襲う。開いた扉から、そっと先を覗く。部屋の外は廊下になっているようだ。しかし、非常に薄暗く、ほとんど見えない。青い部屋の壁から発せられている光が、扉の先へ届いていないのだ。


 篠原は、意を決して、奥へ進むことにした。このままこの部屋にいても、いずれは寒さで凍え死んでしまう。


 扉を通る瞬間、ふとあることに気が付く。これまで垂直だと思っていた青い部屋の扉側の壁が、わずかに膨らんでいるのだ。二つの扉を中心に、それぞれ緩やかにラウンドしている。そのせいで、部屋の両端と中央が僅かにへこんでいた。真上から見ると、二つの乳房のようにみえるだろう。


 今まで、一面青のせいで、立体視できず、気が付かなかったのだ。


 しかし、もうそんなことは気にしていられない。先に進むべきだ。


 篠原は、扉を通り、奥へと足を踏み入れた。青の部屋を出た途端、それまで体を包んでいた冷気が、嘘のように消え去った。


 ひとまず、凍死の心配はなくなったようだ。


 この空間はやはり暗く、何も見通せない。しかし、時間を経ると、目が暗順応し、この場の姿が少しずつ認識できるようになってきた。


 どうやらここは廊下ではなく、小さな部屋らしい。奇妙な形だった。壁が湾曲して、左手に行くに従い狭く、右側は広くなっている。上から見ると、ちょうどどんぐりを左に向けて置いたような、緩やかな三角形の形状をしているはずだ。青色の部屋の壁がラウンドしているのも、この部屋の形のせいだろう。


 正面に、また扉がある。赤い色だ。


 篠原は、その扉に近付き、指先でノブに触れる。冷たくはなく、ほのかに暖かい。これなら素手で触っても問題なさそうだ。


 ノブを回すが、開かない。鍵穴を見つけ、青色の鍵を差し込んでみる。だが、入らなかった。


 篠原は、溜息をついた。再び行き詰まりだ。


 無駄だと思ったが、試しに、赤い扉を強く叩き、大声を出してみる。


 何となく、扉の向こう側で、人の気配がした。気のせいだろうか?


 再度、扉を壊すような勢いで、扉を何度も叩き、声を出す。


 反応がなく、気のせいかと思った瞬間だった。


 「だ、誰? ここはどこ?」


 扉の向こうから、声が聞こえた。女性の声だ。


 篠原は声を張り上げた。思わず上擦ってしまう。


 「聞こえますか!? 私の名前は篠原修一郎です。僕も気が付いたら、ここに監禁されていました」


 扉の向こうで、息を飲む気配がする。


 「監禁ってどういう意味? それにこの部屋は何? ここは、物凄く暑いわ」


 どうやら、この人物は、篠原以上に現状を把握していないようだった。そして、暑いとはどういうことだろう。こっちは今まで凍えていたのに。


 扉の向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。


 「どうしました?」


 「この扉のノブがとても熱いわ。焼けたフライパンみたいに」


 「布か何かを使って回してください」


 やがて、こちらのノブも回る。


 「駄目。開かない」


 篠原は言った。


 「僕の場合は、スーツのポケットに鍵が入っていました。どこかに鍵がありませんか?」


 少し間があり、返答があった。


 「入ってたわ。赤い鍵が上着の中に」


 「鍵穴に差し込んでみてください」


 金属片を擦るような音がし、やがてノブが回った。そして、赤い扉が開く。


 中から姿を現したのは、スーツ姿の女性だった。全身水を被ったように濡れている。汗を大量にかいているらしかった。


 随分若い。二十歳くらいだろうか。気の強そうなつり目気味の目をしているが、端整と言える顔立ちだった。髪型はベリーショート。濡れそぼっている。


 「あなたは?」


 目の前の女の子は、疑わしそうな目でこちらを見てくる。濡れているせいで、胸元から覗くハイネックの白シャツが透けており、下着の色がくっきりと見えていた。だが、本人は、この異常事態で、気が付いていないようだ。


 篠原は、そこの目を向けないよう意識しながら、答える。


 「僕の名前は篠原修一郎。目が覚めたら、隣の青い部屋に監禁されていた。なぜ捕まったのか、犯人が誰なのかもわからない」


 篠原は、今までいた青の部屋を顎でしゃくる。


 「青の部屋……? 今まで私がいたのは赤い部屋よ」


 女の子は、後ろの部屋を指差した。


 「赤い部屋?」


 篠原は、女の子の脇を通り、背後にある部屋に入った。


 入ると同時に、凄まじい熱気を感じた。まるでサウナのようだ。これでは、汗だくになるのも頷ける。


 部屋の中は一面赤だった。構造は青の部屋と全く変わらず、ほぼ半円形で、扉は二つだけ。その内の一つが、今入ってきた扉だ。


 初めに自分がいた部屋は、青くて寒い。そして、この部屋は赤くて暑い。その両極端の条件に、何か意味があるのだろうか。我々を閉じ込めた者の意図は?


 篠原は、もう一つの閉じられたままである赤い扉を見て、ふと思い立つ。部屋の外にいる女の子に尋ねた。


 「ここの鍵をちょっと貸してみて」


 女の子は少し躊躇ったのち、こちらに鍵を手渡した。言っていた通り、赤い鍵だ。


 篠原は、もう一つの扉に近付いた。これで開けばいいのだが。


 扉の前に立った時だった。鉄板を叩くような音が部屋に響き渡った。篠原の心臓が跳ね上がる。


 目の前の扉を、誰かが叩いているのだ。


 「おい! 誰かいないのか? 閉じ込められているんだ。今まで緑の部屋にいた。臭くてかなわん」


 乾いた男の声。おそらく年配だ。


 篠原は、急いで、扉に鍵を差し込み、袖を使って開く。


 白髪交じりの初老の男が、扉の向こうにいた。白のシャツにチノパン。コンビニに行くようなラフな格好だ。


 微かに、ガスに似た腐敗臭が鼻腔をつく。


 これで監禁されている人間は、三人になった。




 三人は、現在、青と赤の間の小部屋にいた。最初はわからなかったが、この部屋はピンク色だった。両方の扉が開いて、明かりが差したお陰だろう。


 この部屋を選んだのには、理由があった。


 初老の男が姿を現した後、その奥にある緑の部屋を調べた。構造は、これまた他の部屋と同じ半円形である。


 扉も二つあり、開いてない方の扉を開けて進むと、先にあったのは、青の部屋だった。


 それは、篠原が最初にいた部屋であった。つまり、この場所は、青、赤、緑、三色の部屋が、三角形に並んでいるだけなのだ。


 部屋を確かめるついでに、三人は、部屋を探ってみた。しかし、他に出入り口はなく、何も見付からなかった。


 その事実に直面した三人は、情報交換を行うことにした。しかし、その場所が問題だった。


 初老の男が今までいた緑の部屋は、玉ねぎが腐ったような強い悪臭が漂い、とても長居できる環境ではなかった。それは、他の部屋にも言え、赤の部屋は熱中症になるほど暑く、青の部屋は凍えるような寒さであった。そのどちらも居座るのに適していない。


 かと言って、間の小部屋も同じで、赤と緑の間の小部屋は暑さと臭いが強く、青と緑の間の小部屋は、寒さと臭いが強かった。


 そのため、最終的に居座れるまともな部屋は、赤と青の小部屋のみだった。この小部屋は、わずかに暖かく、臭いもない。唯一の「避難所」である。


 それぞれの部屋に繋がる扉は、この部屋を除き、全て閉めていた。臭いが漏れてくるからだ。


 そこで三人は、情報を交換し合った。


 赤の部屋にいた女の子は、中橋香奈なかばし かな。都内の商社に勤める二十歳のOLだ。独身、一人暮らしだという。


 初老の男は、氏川重治うじかわ しげまさ。六十五歳で、かつては警察官だったらしい。妻と、息子が二人。


 三人は、それぞれのプロフィールを交換した後、ここに至るまでの記憶を話し合った。しかし、二人共に篠原と同じく、記憶がすっぽりと抜けているのだ。この場所に――おそらくだが――連れて来られる直前の、肝心の記憶が完全に欠落していた。


 薬でも使ったのだろうか。篠原は、元警察官である氏川にそのことを訊いた。


 「完全に記憶を抹消するとなると、難しいぞ。そんな薬、聞いたことがない」


 だが、それしかありえないと思う。三人が三人共、記憶がないなどと、普通は起こりえない。やはり薬物といった、特別な方法を用いなければ、この状況は成立しないのだ。しかも、それなりの規模の人数が背後にいるはずだ。


 「ここに来るまでの記憶よりも、ここから出ることを模索した方がいいんじゃない?」


 香奈が横槍を入れる。釣り目気味の目が、鋭くこちらを射抜いていた。


 「ああ、そうだね。だけど、さっきも調べた通り、出口が見当たらないだろ」


 「入ったのなら出られるはず。もう一度調べるべきよ」


 香奈は毅然と言い放つ。


 氏川が答えた。


 「だがな。何度調べても何もなかったもんな。何かせめて、監禁した奴からメッセージがあればいいんだが」


 篠原の頭の中で、光が明滅した。そうだ。気になるものがあったのだ。


 篠原は、胸ポケットから紙切れを取り出した。あの『白』と書かれてあった紙だ。


 二人の視線が、手元の紙に注がれる。篠原は、二人にそれを突きつけながら、言う。


 「僕のポケットの中にこれが入っていました。もしかしたら、二人のポケットにも入っているかもしれません」


 二人は同時に、それぞれのポケットを探る。そして、出てくる。


 自分と同じ紙切れだ。


 「俺の紙には、入れと書かれているな」


 氏川は、紙を見せる。そこには確かに『入れ』とマジックインキで記入されてあった。おそらく、篠原の紙に書き込んだ人物と同一人物が書いたのだろう。


 「私は部屋、ね」


 香奈も紙を見せる。そして、三人は紙を持ち寄った。


 『入れ』『部屋』そして『白』


 意味が通るように並び替えると、


 『白』『部屋』『入れ』となる。


 「白い部屋に入れ?」


 氏川は、訝しそうに声を出す。


 「ここには白い部屋なんてないわ」


 「何か見落としているのかも。ヒントは見付かりました。もう一度、今度は別視点で、それぞれの部屋を探ってみましょう」


 篠原は二人に言った。




 その後、二時間くらいだろうか、三人は全ての部屋を隅々まで探った。


 だが、三枚の紙に書かれてあった白い部屋などないし、それに繋がるものも発見できなかった。


 徒労に終わったのだ。


 三人は再び赤と赤の間の小部屋に戻ってきていた。皆、表情は暗い。


 監禁されて、すでに半日は経っていた。疲労が蓄積している。それに、ここには食料や水がなかった。このままの状態が続くと、いずれ干からびてしまうだろう。


 篠原は言った。


 「白の部屋って、何か別の意味があるんですかね?」


 氏川は肩をすくめた。


 「わからんよ」


 「それしか考えられないわ。白の部屋だなんて、ないんだもの」


 香奈は篠原に同意する。


 篠原は、手にした三つの紙を眺めた。これまで何度もそうしたように、書かれた単語を頭の中で並び替える。


 『白』『部屋』『入れ』


 しかし、いくら考えても、原義以外の意味は思いつかなかった。


 「ちょっと貸して」


 香奈が横から紙を奪う。その時、香奈の右手が赤くなっていることに気が付いた。


 「その手は?」


 香奈は自分の右手を見た。


 「ああ、これは最初あなたと会った時、赤の部屋のドアノブに直接触れて、火傷したの」


 香奈は、右手をひらひらと振った。


 そう言えばと、篠原も自分の手を見た。青の部屋に閉じ込められている時、冷たい扉を叩いたせいで、皮膚が剥がれたのだった。


 脳裏に、血が付いた青の扉の映像が蘇る。


 ストロボのように、思考が瞬いた。


 篠原は、思わず声を上げていた。


 「そうだ。光なんだ」


 他の二人は、同時にギョッとした顔で篠原に目を向ける。


 「どういうことだ?」


 「二人共、今から全ての部屋の扉を開けてください」


 「でも、臭いが」


 「いいから」


 篠原は、ピシャリと言い切った。二人は怪訝な面持ちながらも、動き出す。


 おそらく、この答えは正解のはずだ。


 数分後、全ての扉が開け放たれた。


 三人は、青の部屋に集っていた。


 「一体、何なんだ?」


 氏川が堪りかねたように訊く。香奈も同じく、説明を求める表情をしていた。


 篠原は、二人の顔を見比べた後、口を開く。


 「光なんですよ」


 「光?」


 「はい。光の三原色」


 二人はまだ理解をしておらず、釈然としない表情をした。


 「恐らくですが、こうして扉を開け放した後、それぞれの部屋間の小部屋の色が変化しているはずです。緑と青の部屋の間は水色に赤と緑の部屋の間は黄色に」


 「それが?」


 篠原は、頭の中で、かつて見たことのある光の三原色の形を思い浮かべた。


 赤青緑、それぞれ色をスポットライトのように三角形に並べた加法混色のモデルだ。重なり合った部分は、その色同士を混ぜ合わせたものになる。


 ここの部屋全てを俯瞰すると、まさにその形状をしているのだ。


 篠原がそのことを説明すると、ようやく二人は納得した表情を見せた。


 「つまり、紙に書いてあった『白い部屋』は、全ての色が混ざり合った中央にあるんです」


 「しかし、調べた時、そんなものはなかったぞ」


 「それは扉を閉じたままで、色を混ぜ合わせていなかったせいです」


 篠原は、ピンク色の小部屋に向かった。そして、三つの部屋の中心部分に面している壁を見る。


 やはり、扉が出来ていた。色は白。おそらく、他の小部屋も同じく、中心に向けて扉が出来ているはずだ。


 「この先が出口のはずです」


 篠原は、後ろの二人に目配せし、白い扉に手を掛けた。


 そして開ける。


 白い光に包まれた。



 

 「ああ、またエラーだよ。ようやく最後まで辿り着けたのに」


 篠原は、パソコンの前で悲痛な声を出した。


 隣の机にいた香奈が、声をかけてくる。


 「また変な組み方しているんじゃない?」


 「そんなことないんだけどなー」


 篠原はpythonのソースコードを見た。最後にエラーが出たということは、簡単なミスなのだ。処理を二重にしているとか、単純な書き間違いだとか。この場合は、色の紐付けがおかしいのかもしれない。


 「それにしても」


 香奈が隣でニヤニヤしながら、篠原の顔を見てくる。


 篠原は、教室の前方にいる氏川教授の様子をチラリと伺う。私語は厳禁だ。


 「その三つのAI、まんま私達の名前じゃん。プロフィールは違うけど」


 「名前なんてどうでもいいんだよ。条件さえ付けられれば」


 「その適当な考えが間違いじゃない? そもそも何? 光の三原色を元にしたAIの脱出ゲームって。センスないよ」


 香奈が悪戯っぽくからかう。


 「うるさいな」


 香奈のことは放っておいて、篠原は作業に戻る。


 三人のAIの挙動も悪くない。スクリプトも適正。何が悪いのだろう。


 先ほどの香奈の言葉が頭をかすめる。確かに、センスがないかもしれない。何だよ光の三原色って。AIにそこから脱出させる意味もない。


 しかし、もうこの課題を作り変えている暇はないのだ。このまま続けよう。


 エラーの原因が分らない以上、もう一度最初からチェックするしかない。


 篠原は、再びゲームをスタートさせた。




 篠原修一郎は、ひどい寒気を覚えた。真冬の朝のような冷気が、体を包んでいる。


 暗闇に覆われていた意識が徐々に覚醒し、光が差し込む。


 篠原は、ハッと目が覚めた。


 霞んだ眼に飛び込んできたのは、青色だった。

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

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