第51話 習うより慣れろ
(はぁ、はぁ……くっそ。まじで死ぬ)
誰も居ない暗い森の中。
俺は現在、一人で草むらに身を潜めながら気配を消し、目の前に居る魔物の隙を窺っていた。
※※※※※
【名前】トロール
【魔物ランク】A
【レベル】64
【スキル】
〈棍棒術〉〈強脚〉〈怪力〉〈痛覚鈍化〉〈雄叫び〉
【固有スキル】
〈自動回復〉〈回復速度上昇〉
※※※※※
トロールとは、オークよりも巨大な体とオーガすら凌ぐほどの攻撃力を持った魔物で、その強さは俺が以前倒したオークジェネラルすら、こいつを見たら逃げるほどの強敵であった。
その理由は単純で、こいつが持つ固有スキルが非常に厄介なため、例え同ランクの魔物だとしても、自身の方が負ける可能性が高いと本能的に理解していることから、触れることなく距離を置こうとするのだ。
その固有スキルというのが〈自動回復〉と〈回復速度上昇〉というスキルで、この2つのスキルがあることで、トロールは即死でもしない限り腕を切ろうが内臓を破壊しようが体を切り刻もうが回復してしまうのだ。
(はぁ。ほんとしんどい。帰ったら覚えておいてくださいよ師匠。嫌いな野菜をたっぷりと食べさせてあげますから)
俺はこの状況を作った張本人である師匠に復讐することを心の中で誓うと、右手に握っていた刀に魔力流し込み、トロールへと向かって駆け出すのであった。
何故俺がトロールと戦うことになったのか。
その理由ついて説明するのであれば、まずは昨日の夕食の後まで話を遡らなければならない。
エレナへの修行内容を説明し終えた師匠は、ニッコリと笑って俺の方を見ると、今度は俺の修行内容について説明を始めた。
「ノア。あなたの修行について話す前に、まずは自分が感じている自身に足りないものについて話してみなさい」
「はい。まず一番は、知識と実戦の乖離でしょう。俺にはゲームだった時の戦闘知識はありますが、実際に戦闘をした経験があるのは今世が始めです。そのため、未だ理想と現実の体の動かし方に齟齬が生じています」
「そうね。あなたは確かに戦闘に対する覚悟、そして知識は私をも凌ぐほどよ。だって、私にある戦闘知識は生きてきた分しか無いけれど、あなたには繰り返されて来たこの世界での戦闘を第三者視点で何度も見て来た知識がある。その知識という観点だけで見れば、私はあなたに及ばない。それでも、実戦と知識は全くの別物。頭ではわかっていても、実際にその通りに体を動かすことができなければ何の意味もないわ」
「はい。次に二つ目ですが、根本的に体が出来上がっていません。記憶にある本来の俺は15歳という青年でしたが、実際の俺はまだ12歳という成長途中の子供です。筋力や身長、それに魔力と言った様々な部分が記憶の俺とはかけ離れています。そこを踏まえた新しい戦闘技術を身につけることが必要でしょう」
「正解よ。ここに来る前までにもかなりの戦闘をして来たのか、肉体的な誤差はかなり修正されているようだけど、魔力面で言えばまだまだ足りないことだらけだわ。魔力量もそうだけど、魔力操作や魔法の発動速度、それに瞬時に使う魔法を判断する能力。ここら辺が今のあなたには足りていないわ」
師匠の言う通り、俺はこれまで刀やスキルを使った近接戦闘は経験してきたが、魔法を使っての戦闘は経験したことがほとんど無かったため、魔力操作や魔力量、それに魔法の発動速度と魔法戦での判断能力が足りていなかった。
「でも、何も悪い事ばかりではないわ。第三者視点で戦闘を見て来たからか、ノアの戦闘時の空間把握能力は素晴らしいわよ。特に、私の魔法を全て受け流した時は拍手を送りたくなったくらい」
「ありがとうございます」
「それに、魔力量は足りていないけれど、付与魔法を覚えているのは優秀だと言えるし、どういう原理なのかはわからないけれど、普通の魔法剣士ではあり得ない雷魔法まで習得していのは凄いことだと思うわ。
つまり、長々と話をしたけれど、今のあなたに足りないものは実戦による経験ということよ。ということで、ノアの修行についてだけれど、あなたにはこの丘を毎日、最低一往復はして貰うわ」
「やっぱりですか」
「ふふ。予想していた通りのようね」
「まぁ、過去にもこの丘を往復させられたことは何度もありますから」
「さすが過去の私。考えることは同じなのね」
過去の師匠も、俺にある程度の力がつけばこの丘を自力で往復するように言ってきたので、こうなるだろうことは十分に予測できていた。
しかし、一つだけ読み違えたことがあったとすれば、それは今の俺が予想以上に師匠に気に入られており、彼女が本気で俺を鍛えようとしているということだった。
「では、昨日と同じルートで登りながら魔物を倒してきます」
「いいえ。今回ノアに登ってもらうルートはその道ではないわ」
「え?ではどのルートですか?」
「北側よ」
「……まじですか?」
「まじよ。頑張ってね」
常闇の丘には大きく分けて4つのルートが存在しており、その一つが俺たちが師匠の家に来るときに使った比較的安全な東のルートで、過去の俺が修行時に何度も往復させられたルートでもあった。
しかし、今回往復するように言われたのはその安全な東のルートではなく北のルートであり、この道は他のルートに比べて2番目に危険なルートだった。
南のルートはヒルンシアの村に近いため、入り口付近の魔物は村人たちによってある程度は狩られているし、中腹より上は優しい師匠が村に強力な魔物が行かないようにするため、たまに魔物を討伐しているので東のルートほどではないが安全である。
逆に一番危険なのが西のルートで、こっちは師匠がほとんど利用することがないため、知能の高い魔物たちが西のルート付近へと集まっており、まさに魔物の巣窟と化していた。
そして、俺がこれから登るように言われた北のルートは、師匠がよく利用する東のルートに近いため西ほど魔物が集まっているわけではないが、それでも東や南に比べるとレベルの高い魔物が跋扈しており、危険度で言えば他の2つとは比較にならないほどに高かった。
「それと、私との試験で最後に使ったあのスキルを戦闘で使うのは無しよ。あれ、かなり強力なスキルみたいだから、あんなのを使っちゃうと修行の意味が無くなるもの。他の魔法とスキルだけ使って戦いなさい」
「はぁ。わかりました。あのスキルは戦闘では使いません」
「わかればよろしい。それじゃあ、修行はさっそく明日から始めるわよ。万全の状態で臨めるように2人とも早く休むこと。わかったわね?」
「はい」
「わかりました」
こうして俺は、師匠にたくさんの期待をされながら北側から丘を登ることが決まると、翌日の早朝に東のルートで丘を駆け降り、北側からもう一度丘を登るため、魔物たちが跋扈する危険地帯へと足を踏み入れるのであった。
そして現在。
師匠に言われた通り北側から常闇の丘を登り始めた俺だったが、足を踏み入れてすぐに狼系の魔物や植物系の魔物に襲われ続け、何とかそれらを全て倒してはゆっくりと進み、数時間掛けてようやく中腹あたりまで辿り着いた。
しかし、そこで待ち受けていたのがまさに今目の前に居るトロールであり、奴は俺が身に纏っている他の魔物たちの血を嗅ぎつけると、縄張りを荒らす敵だと判断して襲ってきたのである。
「刀術スキル冥毒之章『蠱毒の蝕み』」
隠れていた草むらから飛び出した俺は、刀にスキル〈毒の王〉で作り出した毒を含んだ魔力を纏わせると、その刀でトロールに切り傷をつける。
しかし、奴の固有スキルである〈自動回復〉の効果で傷口はすぐに塞がってしまい、その傷を気にも留めなかったトロールが右手に持った棍棒を俺目掛けて振り下ろしてきた。
「チッ!!」
トロールがすぐに傷を回復させてしまうことは知っていたが、〈痛覚鈍化〉のスキルで全く気にも留めないその姿と、傷を負うことを前提にしたカウンター攻撃は非常に厄介で、俺は攻撃後のカウンターを気にしてしまい、どうしてもあと一歩を踏み込むことができなかった。
「まぁそれでも、勝つのは俺だけどな!!」
それから数十分。俺は刀に〈毒の王〉を付与しては擦り傷をつけて距離を取る戦闘を何度も繰り返すと、ようやくトロールが紫色の泡を吐きながら地面へと倒れ、しばらくもがき苦しんだあと動かなくなる。
「ようやく死んだか。やっぱ毒は効くんだな」
トロールの持つ回復能力は確かに強力だが、実はその回復能力は肉体的損傷のみが効果範囲となっており、毒や麻痺などの状態異常は効果範囲外のため回復することができない。
そのため、ゲームのプレイヤーたちがトロールを倒す時は毒の効果がある矢やアイテムを使って攻撃するのが基本で、よほどのレベル差や種族進化をしたことで強くなった時くらいしか、正面からトロールを倒そうとはしなかった。
「やっぱり知識があるだけでもだいぶ違うな。けど、毎回戦うたびにこんなに疲れてたんじゃ一日で登り切るなんて無理だろうな。他に何か手を考えないと」
ただでさえ、周囲の警戒をしながらゆっくりと道を進んでいるため中腹に来るだけでも数時間掛かったというのに、トロール一体との戦闘でこれだけの時間と体力を消費してしまえば、この丘を一日で登り切るのは不可能になる。
それからしばらくの間、どうするべきか色々と考えながら少しの休憩を挟んだ後、トロールの死体を〈悪喰〉のスキルで吸収し、師匠がいる中心地を目指してまた丘を登り始めたのであった。
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