第50話 これからについて
勝利の余韻にしばらく浸り家に一人で戻ると、すでに料理の準備を始めていたエレナが俺に気がつき、ニコリと笑って出迎えてくれる。
「お帰りなさい!ノア様!」
「ただいま」
「エリザベート様はお風呂に行きましたよ!」
「知ってるよ。あの人、汗かくのあんま好きじゃないからな」
「そうなんですね。でも確かに、同じ女性として汗をかいたままっていうのは嫌かもしれませんね」
「男でも嫌だけどな。手伝うよ」
「ありがとうございます!」
俺は手を水で洗った後、エレナの隣に立って今日の夕食の準備を進めて行くが、その間、隣に立っているエレナはご機嫌そうに鼻歌を歌っていた。
「随分と楽しそうだな」
「えへへ。そう見えますか?」
「あぁ。お前は何がそんなに楽しいんだ?」
「それはですね!こうしてノア様と二人で並んでお料理できることが楽しいんです!なんだか新婚の夫婦みたいですごく良くないですか?」
「ん?新婚の夫婦は一緒に料理するものなのか?」
いくら屋敷での扱いが酷かったとはいえ、一応は貴族という身分にいたため誰かと一緒に料理をするという経験は無かったし、ましてや家族関係もかなり悪かったため、母上があの男と料理する姿など想像もできなかった。
だから俺には、エレナの言う一緒に料理を作ることが新婚みたいだという言葉を理解することができなかったし、何よりこの行為だけで新婚に見えるというのもよく分からなかった。
「ノア様は貴族だったのでわからないかもしれませんが、平民は仲の良い夫婦や新婚は一緒に料理をしたりするらしいです!一緒に何かをするという行為に幸せを感じるみたいです。あとは、純粋に離れたくないのかもしれませんね」
「ふーん」
エレナはこの話を楽しそうに語っているが、彼女の言葉は「みたい」だとか「かもしれない」など推測で語っているところが多く、その理由は恐らくだが、彼女が生まれた時に両親に捨てられたことが関係しているのだろう。
(結局こいつも、本当の夫婦や家族がどういう物なのかはわからないんだろうな)
親の顔は知っているが、母親は早くに死んでしまい父親はクズな俺と、生まれた時から両親の顔を知らずに育ってきたエレナ。
はたしてどちらが幸せなのかは分からないが、どちらも正しい家族の在り方を知らないという点で見れば、俺たちは似た物同士なのかもしれない。
「ほら、手が止まってるぞ。師匠は長風呂が好きだけど、今日は多めに作るよう言われてるから時間がない。早く手を動かせ」
「はーい」
どちらが幸せなのかなんて分からないが、少なくともその過去よりは今の方が楽しいのだから、今更考えても仕方がないと思い、俺は思考を切り替える。
それから俺たちは、師匠がお風呂から上がってくるまでに料理を作り終え、テーブルへと並べて夕食の準備を済ませるのであった。
師匠がお風呂から上がった後、俺たちはゆっくりと食事を楽しみ、食後の紅茶を飲みながら今後について話をする。
「二人とも今日はお疲れ様。すごく楽しかったわよ」
「お疲れ様でした!私も多くのことが学べて良かったです!」
「お疲れ様です。俺も師匠から学ぶことが多くて楽しかったですよ」
「ふふ。ノアは本当に楽しそうだったわね。エレナちゃんも最初の怯えてた姿が嘘みたいに動きが良かったし、二人とも合格よ」
何度も死にそうになったので忘れていたが、今回の戦闘はあくまでも師匠が今の俺たちの実力を見るための試験であり、決して命を奪い合うことが目的の戦いではなかった。
「それでだけど、お風呂に入りながら二人のこれからの修行内容について考えてみたの。まずエレナちゃん」
「はい!」
「エレナちゃんは試験が終わった後にも言ったけど、速さと洞察力に優れてるわ。でも、まだまだ戦闘技術が拙いし、何より、攻撃系のスキルを持ってないわね」
「はい。なので、まずは人体の構造を学び、暗殺者として必要なスキルを身に付けるように言ってました」
「よく覚えてたわね。偉いわ」
「えへへ」
師匠は自分が言ったことをしっかりと覚えていたエレナを褒めながら優しく頭を撫でると、彼女は少し照れた様子で頬を緩める。
(犬だな)
しかし、その姿はまるでご主人様に撫でられて喜ぶ犬のようで、もし彼女に尻尾があったなら、きっと目にも止まらぬ速さで振っていたことだろう。
「それでね?さっきは改めて詳細を話すと言ったけれど、私がエレナちゃんに身に付けて貰いたいのは〈一撃必殺〉というスキルなの」
「〈一撃必殺〉ですか?」
「そう。その効果は、名前の通り一撃で相手を殺せるほどに強力なスキルよ。でも、このスキルは誰でも入手できる物じゃない。入手するためには、関連スキルとして〈人体理解〉〈弱点看破〉〈致命傷〉〈直感〉の4つのスキルを習得する必要があるわ」
〈一撃必殺〉というスキルは、一流の暗殺者が身に付けるスキルの一つであり、その効果は師匠が言った通り相手を一撃で殺すことができるという強力なスキルだ。
ただし、誰にでも通用するというわけではなく、相手のレベルが自身より10以上高かったり、狙いを少しでも外すと一撃で殺せなかったりと制限や扱いが難しいスキルでもある。
さらに言えば、このスキルを獲得するためには対象となる人族の体の構造をしっかりと理解することで得られる〈人体理解〉、相手の弱点を正確に突くための〈弱点看破〉、その一撃で確実に仕留めるための〈致命傷〉、そして相手の動きや弱点を感覚的に感じ取る〈直感〉のスキルが必要となる。
要するに、〈一撃必殺〉のスキルを獲得するためには下地となる4つのスキルを身に付ける必要があり、暗殺者のスキルの中でも獲得するのは上位に位置するほど難しいスキルなのだ。
「つまり、エリザベート様が仰っていた座学からというのは、その〈人体理解〉のスキルを身に付けるために人の体の構造を勉強するということですか?」
「正解よ。他にも攻撃系のスキルはあるけれど、〈一撃必殺〉を身に付けるだけでかなり戦闘が楽になるはず。それに、ノアと今後も活動を共にするなら嫌でもレベルは上がるだろうし、いずれは最高レベルまで到達するはずよ。そうなったらもう、あなたのスキルに耐えられる相手はほとんどいなくなるわ」
「なるほど。ですが今の説明だと、人体の理解だけでは人にしかそのスキルは使えませんよね?」
「ふふ。そこに気がつくとはさすがね。その通り。一般的にこのスキルは、対人専用のスキルだから人にしか使えないと思われているけれど、実は魔物の構造を理解すれば、魔物すらこのスキルで殺せるようになるわ。でも、人の一生は短いし、何より暗殺者の仕事は人を殺すこと。魔物について学ぶ必要なんてないから、そこまで理解しようとする人はいないの。だって、そんなことをしなくてもスキルは身につくからね」
「そういうことでしたか。では、私には魔物のことも教えてください。エリザベート様が仰った通り、今後もレベルを上げていくためには、魔物と戦うことの方が多いはずです。なら、このスキルも必然的に魔物に対して使う機会の方が増えると思うんです」
「ふふ。わかったわ。エレナちゃんがそれを望むなら、私の知っている魔物の知識を全部教えてあげる。ノア、あなたも手伝いなさい。あなたなら、私より多くの魔物を知っているでしょう?」
「わかりました」
師匠の言う通り、俺の頭の中には未来に登場する魔物の変異体の情報まで入っているため、魔物の情報という点においては、彼女よりも多くのことを知っているだろう。
「さて。次はノアね」
エレナへの説明を終えた師匠が今度はニッコリと笑いながら俺のことを見るわけだが、その笑顔を見た瞬間、俺は何故だかとても嫌な予感がした。
そして、その嫌な予感というのはいつも当たるもので、翌日からの俺は地獄を見ることになるのであった。
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