第45話 目標

 師匠にずっとそばにいる事を誓った後、席に戻った俺は冷めてしまった紅茶で喉を潤し一息つく。


「さて。難しい話はここまでにして、ノアたちがここに来た理由について教えてくれるかしら。まさか、私に会うためだけにこんな危険なところまで来たわけではないでしょう?」


「いえ、師匠に会うためにここに来ました」


「え、本当に言ってるの?」


「まぁもっと細かく言うなら、師匠に会って、戦闘方法を教えてもらいたいというのも含まれています。あとは、この丘の何処かにある種族進化ができる石碑を教えてもらえればと」


「戦闘方法に種族進化?見た感じ、ノアたちは年齢の割にかなりレベルが高そうに見えるけど、まだ強くなりたいということかしら?」


「はい。俺、世界最強を目指そうと思ってるんです」


「世界最強ですって?」


 師匠とエレナは、俺の自信に満ちたその言葉を聞くと、やっぱり頭がおかしいんじゃないかとでも言いたげな目でこちらを見てくる。


「ノア、やっぱりあなた頭がどうかしているのね」


「ノア様。さすがに世界最強は言い過ぎかと。そもそも、何をもって世界最強となるのですか?」


「師匠、俺の頭は正常ですよ。エレナ、その質問は良い質問だな。何をもって世界最強なのか、それを答えるにはまず、この世界がゲームだった時の物語の内容を改めて知ってもらう必要がある」


「物語の内容ですか?」


「そう。確かに俺は、この世界が物語の一つだったと説明はしたが、まだその具体的な内容については話していなかっただろう?」


「確かにそうね。つまり、ノアの目指す最強というのが、その話を聞けばわかるということね?」


「さすが師匠。その通りです」


 師匠は本来の辿るべき未来について興味があるのか、子供のように瞳を輝かせながらそう言うと、早く続きを話せとでも言わんばかりに見つめてくる。


「まず、この世界の基となった物語について大まかに説明します。この世界の主人公、つまり俺は、魔法剣士という職業を授かったことで実家を追い出されました。その後は暗殺者によって命を狙われましたが、何とか逃げて生き延びたところを師匠に拾われます」


「ふむふむ。それが私とノアの出会いなわけね」


「はい」


「あの、ノア様。そのお話しだと、私は出ていないようなのですが、私はどうなったのでしょうか」


「死んだんじゃないか?」


「……え?」


「俺が逃げた時、お前は建物の影に隠れていたが、あいつらが任務に失敗したお前らを生かしておくわけがないだろ?だから多分殺されてるぞ」


「えぇ、私ってそんな雑な死に方したんですね」


 エレナは自分が物語に関係のないところで死んだことがよほどショックだったのか、まるで捨てられた子犬のように落ち込んでしまう。


 さらには何故か、彼女の周りにだけ雨が降っているような幻覚すら見えたような気がしたが、今は関係ないので無視だ。


「それから俺は、師匠のお世話をしながら修行をして過ごし、二年くらい経った頃に師匠が俺を庇って死にました」


「それがさっき言っていた、魔法封印の件ね」


「はい。その後、師匠を死なせてしまった自分の弱さを悔いた俺は、魔物やそれを生み出していると言われる魔族を滅ぼして世界を平和にすることを誓い、より強くなるために、帝国の首都にあるアマルティア帝国学園に入学しました。ここまでが物語の序章であり、学園に入学してからが本編になります」


「私の復讐のためね。嬉しいと言うべきか、愚かと言うべきか。難しいところね」


「俺からしたら愚かとしか言いようがありませんね。復讐だとか世界を平和にするためだとか言ってますが、結局は自分が弱かったことを棚に上げ、魔物を勝手に恨んで理想を語っているだけの子供にすぎません。ようは現実が見えてないんですよ。だから周りに言われるがまま魔物と戦い、自分で考えようともせず、平和に暮らしていた魔族を滅ぼそうとしたのですから」


 もしゲームの俺に少しでも考える力があったのなら、魔大陸で平和に暮らしていた魔族を滅ぼそうと思うことも、魔族を悪とした洗脳に近い教えにも疑問を持ったはずだ。


「まぁ、その後は俺が聖剣に選ばれて勇者になったり、仲間と一緒に恋愛をしながら冒険をして、最後に魔皇を倒して世界が平和になったと思ったら、今度は異界から召喚された邪神と戦ったりと色々あるわけです」


「邪神ですか?というか、恋愛という点も気になりますが、つまりノア様が目指す最強というのは、その邪神を倒すことなんですか?」


「いいえ。違うと思うわ、エレナちゃん。おそらくだけど、ノアが目指す最強というのはノア自身……つまり、物語で勇者となったノアということよ」


「え?」


「またまた正解です」


 そう。師匠の言う通り、俺が目指し越えるべき最強というのはまさに勇者であった俺自身であり、これを越えなければ世界最強になることは不可能と言えた。


「ノア様がノア様を越える?」


「そう難しく考えるな、エレナ。普通に考えて、ゲームの俺は主人公であり勇者でもあるから、最終的には魔皇や邪神、その他の脅威すら全て倒すことになる。なら、その全てを倒してみせた勇者である未来の俺こそが、世界最強だと思わないか?」


「言われてみれば確かにそうですね。でも、それならノア様がまた勇者になれば、世界最強になれるということではありませんか?」


「確かに簡単な道を行くのであれば、ゲームと同じように行動し、聖剣に選ばれて勇者になるのが最適解だろう。けど、それの何が面白いんだ?」


「面白い?」


「同じルートを何度も数え切れないほど通って来て、せっかく自由を手に入れたのにまた同じルートを選ぶだと?そんなクソみたいな選択をするくらいなら、俺は今すぐ首を切って死ぬね」


「えぇ、そこまでですか?」


「それに、さっきも言ったが魔族は魔大陸で平和に暮らしている。なのに、人族側の歴史には魔族に何度も襲撃されたという記録が残っているし、実際に小さい子供から大人まで、魔族は悪だと信じて生きている。なぁ、おかしいと思わないか?」


「つまりノアは、実際の魔族と噂で聞いていた魔族があまりにもかけ離れているから、何かがおかしいと思っているのね?」


「はい。人族が噂している魔族と実際の魔族には大きく違う点がありますし、過去の歴史に何かが隠されているのは間違いありませんが、それが何なのかはまだわかりません。ただ一つわかっていることは、魔族を絶対悪として考えている今の人族の考え方は間違っており、魔族がこの大陸を狙っているという話もまた嘘だということだけです」


 これは実際に魔皇を倒すために魔大陸に行った俺だから分かることだが、あの大陸の技術力と文化はこの大陸の何世代も先を行っている。


 だから魔大陸にいる魔族たちが時代遅れのこの大陸を欲しいと思うはずもなく、ましてや海を挟んで離れたこの大陸を管理することはかなり面倒なため、占拠した後の方がデメリットが大きいほどであった。


 寧ろ人族側が何かしらの手段で魔大陸の情報を手に入れ、その技術力を手に入れたいと欲を出したと言われた方がしっくり来るほどだ。


「それに、俺の好きな人は魔族なんです。彼女の敵に回るような行動は取りたくありませんし、ましてやその象徴である勇者になんてなりたいとは思いません」


「なるほど。ノアの考えはわかったわ。なら、その最強になるために、ノアは何をするつもりなの?」


「魔皇になります」


「魔皇に?何故かしら」


「俺が勇者にならなかった場合、おそらくですが他の誰かが勇者に選ばれる可能性があります。その時、対を成すように魔族側には魔皇が誕生するわけですが、その場合、俺が何もしなくても勇者と魔皇の戦いが始まるでしょう。そうなってしまえば、俺の大切な人が負けて命を落としてしまうかもしれない。ならばいっそ、俺が魔皇となり勇者を殺してしまおうかと。そのためにも、俺は世界最強になる必要があるんです」


「そういうことね」


 師匠はようやく俺の考えを理解してくれたのか、納得したように頷いた。


「ノアの考えはわかったし、思いも伝わってきたわ。確かに、私も人族と魔族の歴史には前から疑問に感じていたところがあったし、今後のために強くなりたいという意見にも賛成よ」


「なら……」


「えぇ。私が教えられる限りの戦闘技術と知識をノアに教えてあげるわ。エレナちゃんもよければ教えてあげるけど、どうする?」


「やります」


 師匠に尋ねられたエレナは、少しも迷った様子を見せずに即答すると、そんな彼女を見て師匠は楽しそうに笑った。


「わかったわ。なら、明日からさっそく特訓を始めましょう。それと、さっきノアが言っていた種族進化のための石碑についてだけど、それについてはレベルが最高値の99になったら教えるわね。それまではレベルを上げることと技術を磨く事だけに集中しなさい」


「わかりした」


「よし!じゃあ今日はここまで!久しぶりに誰かと長く喋ったから疲れちゃったわ。今日はもうお風呂に入って寝ましょう」


 眠そうに欠伸をしながら席を立った師匠は、あろうことか突然その場で服を脱ぎ出す。


 すると、目の前には雪のように白い肌と、細くしなやかな手足、そして男の理想を体現したかのように大きな胸と引き締まった腰の妖艶な姿をした師匠が現れる。


「の、ノア様!みちゃだめです!」


「いった……」


 隣に座っていたエレナは慌てた様子で俺の目を手で隠そうとするが、よほど慌てていたのかその速度はあまりにも早く、目を隠すいうより思い切り叩きやがった。


「あら、そう言えば今日からは一人じゃなかったわね。ごめんなさいね?」


 師匠は悪気を感じさせない声でそういうと、クスクスと笑いながらお風呂場の方へと向かっていく足音が聞こえた。


(はぁ。絶対わざとだな、あれ)


 しかし、過去での付き合いが長かった俺には師匠のあの行動がわざとだったことが分かっており、多分エレナを揶揄って遊びたかったのだろう。


 それから俺は、師匠がいなくなったことでエレナがようやく目から手を離したので、床に落ちていた師匠の服と下着を回収し、明日の洗濯ように置いておいた他の服とまとめて部屋の隅に片付けるのであった。






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