第17話 悪喰

「よし。ちゃんと習得できた」


 付与魔法の練習を始めて一週間が経ち、俺は予定通り付与魔法のスキルを手に入れることができた。


「お疲れ様です、ノア様」


「ありがとう」


 エレナは町で買った茶葉を使って紅茶を用意してくれると、それをテーブルに置いてから自身のベッドへと座る。


「それで、付与魔法の方はどうですか?」


「スキルの獲得はできたぞ。あとはもう少しスキルレベルを上げておきたいから、二日間は昼間の森で付与魔法を使いながら魔物の討伐をする」


「わかりました」


「それと、こんなものを作ってみた」


 俺はテーブルの隅に置いていた短剣をエレナに渡すと、彼女はそれを鞘からゆっくりと抜く。


「これは、赤い刀身?」


「それはさっき試しに火魔法を付与してみた短剣だ。魔剣ほど性能は高くないが、切られた箇所が僅かに燃焼する」


「そんなことが可能なのですか?確か魔法剣士が付与できるのは、自分の体と自身が触れている物のみでは?」


「普通ならそうだな。けど、俺は普通じゃないからできた。さすがだろ?」


「はぁ。そうでしたね。ノア様は普通ではありませんでした」


 雑な説明で納得した様子を見せるエレナは、それ以上深く聞いてくることはなく、短剣をいろんな角度から眺める。


「その短剣はお前にあげるやつだから、大切に使えよ」


「え。くださるのですか?」


「あぁ。俺は自身の付与魔法で戦えるが、お前は何もないからな。そんなんでも無いよりはマシだろ」


「ありがとうございます」


 例え魔剣のように刀身に炎を纏わせたり炎の斬撃を飛ばすことはできなくても、傷つけた箇所を少しでも燃やしてダメージを与えられるのであれば、トレントには十分役に立つ。


「んじゃ。明日は早朝から森に行くから、今日はもう寝るぞ」


「はい」


 エレナは短剣がよほど気に入ったのか、枕元に置いてそのままベッドに横になると、すぐに寝息を立て始める。


 俺も付与魔法のスキルを習得するのにかなり集中していたせいか精神的に疲れてしまい、そのまま疲労感に身を委ねて意識を手放すのであった。





「よし。今日もトレントを狩るぞ」


「はい」


 付与魔法を獲得してから二日後の夜。俺たちはトレントを倒すため、この間のように双子の森へと来ていた。


「作戦についてだが、俺がトレントのヘイトを集めるから、エレナが隙をついて短剣で攻撃。攻撃をしたらすぐに隠密スキルで姿を隠し、また隙ができたら攻撃。わかったか?」


「わかりました」


 この数日間で、俺のレベルは51まで上がり、エレナは43まで上がった。


 そして、スキルレベルの方も火魔法がレベル3、付与魔法がレベル2、魔力操作がレベル4とそれなりに使えるくらいにまでは上がっていた。


 エレナの方も隠密スキルがレベル4になったらしいが、それ以外のスキルはあまり高くなく、さらに暗殺者という職業のため高火力の技も持っていない。


 そのため、今回のエレナの役割は隠れながらトレントの隙をつき、攻撃したらまた隠れるというもので、少しずつトレントにダメージを与えていく役割だった。


「それじゃあ、行くぞ」


「はい」


 森へと入った俺たちは、気配感知のスキルを使いながらゆっくりと森の中を進んでいくと、突如として周囲で敵の気配を感じる。


「お出ましだ。エレナはすぐに身を隠せ」


「わかりました」


 気配感知に反応したのは四体のトレントで、以前よりも数が多く、付与魔法を習得したとはいえBランクの魔物が四体もいるこの状況は油断できるものではなかった。


「さぁ、今度は俺たちの糧になってもらおうか」


 俺は腰に刺した刀に手を掛けると、身体強化と縮地を使って一瞬でトレントとの距離を詰め、刀に魔力を流し込む。


「『火魔法付与』」


 付与魔法で火魔法を刀に付与すると、鞘ごと赤い魔力が包み込み、溢れ出る魔力はまるで炎のように揺らめく。


「刀術スキル火炎之章…『灼炎の居切』」


 トレントの懐に入り込んだ俺は真っ赤な刀身の刀を一瞬で抜き放ち、すぐに納刀して元の姿勢に戻る。


「キヒヒヒヒ!!!」


 俺の攻撃が失敗に終わったと思ったトレントは、気持ち悪い鳴き声を上げながら木の根で攻撃しようとしてくる。


「燃えろ」


「キヒィィィイ!!?」


 トレントの根があと少しで俺に触れようとした瞬間、トレントの体が横へとずれ始め、その切り口から炎が燃え上がる。


「キヒ!キヒィィィ!!」


「安心しろ。お前以外は燃えないように調整してるからな。だから、心ゆくまで灰になりやがれ」


 俺は燃えゆくトレントから視線を外すと、こちらを警戒した様子で見ている残りのトレントたちに向かってニヤリと笑う。


「お前らもすぐに燃やしてやる」


「キイイイイイ!!」


 身体強化を使って身体能力を上げた俺は、三体のトレントが鞭のように振るう木の根を避け、刀で切り落としながら距離を詰めていく。


「キヒイイイ?!」


「あはは!俺に気を取られすぎだ!」


 トレントの意識が完全に俺に向いた隙をつき、隠れていたエレナが火魔法が付与された短剣で切り傷を付ける。


 すると、切られた箇所が僅かに燃え上がり、トレントに確かなダメージを与えた。


「さぁ!今日はお前らが獲物だ!楽しませてくれよ!!」


 それから俺とエレナは、トレントの攻撃を的確に避けながら一体ずつ丁寧に殺していき、最後の一体も油断することなくとどめを刺す。


「お疲れ様でした。ノア様」


「お疲れエレナ。良い支援だったぞ」


「ありがとうございます。それで、これも食べるのですか?」


「もちろん。そのために最後の一体は燃やさずに殺したんだからな。前回は全部灰にしてしまって食えなかったし」


 最後の一体は食べる必要があるため火魔法を付与せず居合だけで倒し、現在は切り傷だらけのトレントが目の前に倒れていた。


「あの…木って食べられるのですか?」


「さぁ?食おうと思えば食えるんじゃないか?まぁ、とりあえず食べてみよう」


 俺は短剣を使ってトレントの樹の皮を剥ぐと、それを口の中に入れてみる。


「ど、どうですか?」


「何の味もしない。固くて噛みごたえがあってなかなか飲み込めない」


 ゴブリンの肉に比べれば不味いわけではないのだが、魔物だったとはいえ所詮はただ樹だったため、味もしなければ固いだけで美味いというわけでもなかった。


「ほら、お前も食べてみろ。顎の力が強くなりそうだぞ」


「で、では…いただきます」


 エレナは少し覚悟を決めた様子で樹の皮を口に含むと、噛み切れないのか数分間も咀嚼しながら飲み込んだ。


『スキルの獲得条件を達成しました。スキル〈悪喰あくじき〉を獲得しました』


「…悪喰だと?」


 新しく獲得したスキルが気になった俺は、ステータス画面を開いてスキルの鑑定を行ってみる。


※※※※※


〈悪喰(レベル1/10)〉

・この世の全てのものを食べることができる。

・食べた魔物のスキルを低確率で獲得することができる。3%


※※※※※


「これって、本当にあの悪喰じゃないか」


 この世界には限定スキルと呼ばれるものが存在しており、そのスキルを獲得できるのは世界に一人だけである。


 その一つが大罪系スキルで、悪喰はまさに大罪系スキルの一つであった。


(このスキルは確か、数年後に帝国に現れた暴食の影鯨が持っていたスキルのはずだ。それを俺が獲得したのか?)


 暴食の影鯨。数年後に突如として帝国に現れた空を泳ぐ巨大な黒い鯨で、やつの影に触れたものは塵一つ残らず消え去り、帝国でも近隣の村や領地がいくつも消えてしまったのだ。


 そんな暴食の影鯨と戦ったのはもちろん勇者であった俺たちなわけだが、やつの持つ悪喰というスキルは非常に強力で、レベルが足りていなければ負けるのは俺たちの方だった。


(このスキルを獲得できたのは大きいな)


 悪喰のスキルは肉体だけでなく魂や対象の存在、そして魔法や食べた相手のスキルすら獲得することができるというぶっ壊れスキルで、大罪系スキルの中でも最強と言っても過言ではないほどの力がある。


「これは、今後が楽しみだな」


 ゲーム時代に手に入れられなかったスキルを今後も手に入れられるのだと思うと、それだけで心が躍り、思わずニヤリと笑ってしまうのであった。






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