第9話 初めての戦闘

「さて、どうしたものか」


 短剣を構えた俺は、自身を取り囲む四人の暗殺者たちと、少し離れたところで様子を見ているエレナを警戒しながらどうするべきか考える。


『レシア』


『はい』


『この状況、どう思う?』


『彼我のレベル差は明らかです。勝算はありません。今すぐ逃げるべきかと』


『だよなぁ』


 レシアの言う通り、俺のレベルは1であり、暗殺者たちのレベルは最低でも32。


レベル差は明らかであり、俺が勝つ未来など到底無いと言えるだろう。


「ふふ」


『ノア?』


「ふふ。ふはははは!」


 俺が突然笑い出したことで、暗殺者たちからは少し困惑した雰囲気が感じられ、感情が無いはずのレシアでさえ何も言わなくなる。


「あぁ、楽しみだな。人生初めての殺し合い。人生初めて命が懸った状況。全てが待ち望んでいたものだ。痛みってどんなものだろうな?死ぬ瞬間はやっぱり怖いものか?人を殺すと俺はどうなるんだろうか。はは。ははは!本当に楽しみだ!!」


 これまでゲームとして見てきた全てが、初めて現実として俺の目の前に現れた。


 この世界がゲームだった時、俺に痛覚なんてものはなく、感情もただの作り物でしかなかった。


 だから俺にとっては、死ぬかもしれないということより、これから経験する初めての体験の方が楽しみで仕方がなかった。


「こいつ…狂ってる」


 暗殺者の一人が少しだけ恐怖を含ませた声でそう呟くが、俺にとってはそんなものはどうでも良く、早く戦いたくて気持ちが昂る。


「さぁ、俺がどこまでやれるのか、試してみようじゃないか」


 俺が戦う気だと察した暗殺者たちはすぐに武器を構えると、俺の動きを見逃さないようにじっと見てくる。


(いいね。俺の動きに注目してくれるのはありがたい。なら、俺がまず狙うべきは…)


「っ?!」


 最初の獲物を決めた俺は、レベルが一番高いやつに向けて迷わず短剣を投擲すると、その男は少し焦った様子で短剣を躱した。


 他の男たちも、まさか俺が唯一の武器を投擲するとは思っていなかったようで、彼らの意識は投げられた短剣へと向けられており、ほんの僅かではあるが俺から視線が外れた。


 その隙に俺は、身体強化を使ってレベルが一番低い男の正面に移動すると、右手に全力で身体強化をかけて顎を下から殴り上がる。


「かはっ!!」


 男は脳震とうを起こして後ろに倒れそうになるが、その前に俺が彼の後ろへと回り込むと、頭頂と顎で挟み込むように頭を抑え、そのまま思い切り捻り上げる。


「くふっ」


 首を捻られた男はそのまま息絶えると、力無く地面に崩れ落ち、持っていた武器が地面へと落ちる音が響いた。


「まずは一人」


『レベルアップしました。現在のノアのレベルは6です』


俺が地面に落ちた二本の短剣を拾っていると、頭の中にはレベルが上がったことを知らせるレシアの声が聞こえた。


(ふむ。人間を殺してもレベルが上がるのはゲームと同じか。それに5つも上がるとは。これはギフトのおかげかな)


 レベルが上がったことで先ほどよりも体が軽くなり、かなり動きやすくなった気がする。


「さて、次だな」


 初手は予定通り不意打ちを利用して隙を作り、その間に一番レベルが低い男を殺すことができたが、ここからはそうはいかない。


 暗殺者たちは仲間が殺されたことで先ほど以上に俺のことを警戒しており、同じ手が通じるはずもない。


「ここからは自力で生き残るしかない」


 覚悟を決めた俺は、短剣を構えて敵を見据えると、身体強化と完全記憶を使って一気に暗殺者たちへと切り掛かる。


 しかし、剣術スキルはあっても実際に剣なんて物は使ったことがなく、しかも短剣スキルが無いため今は補正すらない。


 あるのはゲーム時の戦闘の記憶と知識のみで、実戦経験の無い俺には明らかに不利な状況であった。


 しばらくの間、俺は逃げることだけに徹底して動き、暗殺者たちの動きを観察しながら致命傷を受けないよう行動する。


(すごいな。見ただけで相手の動きが頭の中に入ってくる)


 ギフトの完全記憶を使用していることにより、頭の中には暗殺者たちの足運びや体の動かし方、短剣の振り方などが情報として刷り込まれていく。


「くそ…」


 だが、相手の動きが分かったとしても自分が同じように動ける訳ではないため、レベルが低い俺は少しずつ追い込まれていき、暗殺者たちの攻撃が体を擦り始める。


 そして、その切り傷から毒が入ってきたのか、頭も少しずつ朦朧とし、毒が回った腕は感覚が無くなっていくのを感じた。


「こうなったら…」


 このままでは負けるのは自分の方だと判断した俺は、左側から短剣を刺そうとしてくる男の方に感覚が無くなりつつある左手を伸ばし、手のひらを刺させる。


「なに?!」


 暗殺者は予想外の行動に驚いたのか、そう言って僅かに動きを鈍らせるが、すぐに短剣を抜こうと力を入れる。


「はは!逃すわけないだろ!」


「ごほっ…」


 しかし、短剣が根元まで貫通した手のひらで、俺が暗殺者の手を掴んだため短剣を引き抜くことができず、短剣に気を取られた隙に暗殺者の懐へと入り込み、そのまま自身が持つ短剣を首へと突き刺した。


「二人目」


『レベルアップしました。現在のノアのレベルは11です』


 頭に響くレベルアップの声と、腕から伝わる一度も感じたことのない痛み。


 しかし、その痛みすら俺にとっては心地よく、本当にこの世界がゲームではなく現実なのだと改めて実感させてくれる。


(敵の数はあと二人。まだ俺の方がレベルは低いし、毒と左腕の損傷で不利な状況。だが…)


「ふは。楽しい。楽しい楽しい楽しい!!」


 追い込まれれば追い込まれるほど生きていることを実感させてくれるこの状況が、俺にとっては本当に楽しくて幸せで、毒や腕の痛みですら俺にとっては祝福のようだった。


「こいつ、頭がいってるんじゃないのか…」


 暗殺者はまるで化け物を見るような目で俺のことを見てくるが、そんなことはどうでも良い。


「さぁ、もっと楽しもうぜ!」


 俺はその後も暗殺者二人の攻撃を受けながら致命傷だけは負わないように動き続け、ようやく待ちに待ったその時が訪れる。


『スキルの獲得条件を達成しました。スキル〈毒耐性〉を獲得しました』


「ようやくか!」


 最初に攻撃を受けた時点で俺の体は毒の効果で動きが鈍くなり、その後も俺の体は毒のせいで思い通りに動かなくなりつつあった。


 そこで俺が選択したのは、毒耐性のスキルを獲得すること。


 幸いにも、俺にはスキルの獲得制限無効というギフトがあり、このギフトのおかげで通常よりもスキルが獲得しやすかった。


「『身体強化』!!」


 俺はこれまで抑えていた身体強化を全力で使うと、相手が突然速くなった俺の動きに慣れていないのを利用して距離を詰め、心臓に短剣を突き刺して捻る。


『レベルアップしました。現在のノアのレベルは15です』


 男はそのまま倒れて地面を赤く染めると、この場には一番レベルが高い暗殺者のリーダーと、何もできずにこれまでの戦いを見ていたエレナだけが残った。


「チッ。戦い方も知らないガキを殺すだけの簡単な仕事だと聞いていたのに、とんだ化け物じゃないか」


 暗殺者のリーダーは呆れたようにそう言い放つと、腰から刀を抜いて構える。


「刀か」


「ほぉ、よく知っているな。大陸を渡った東の国にある武器だが、俺はその国が好きでな。任務でその国に行った時、鍛治師に頼んで作ってもらったのさ。特にこの波紋と呼ばれる部分が本当に綺麗でな。こんなに綺麗なものは…」


 突然刀について語り始めた男の話はさて置き、この世界には俺たちが暮らしているリゼルニア大陸の他にもいくつかの大陸が存在しており、大陸の数だで独自の文化が存在している。


 そして、この男が今も一人で語っている刀という武器は東の国で侍という職業の者たちが使っている武器であり、片刃に反りのあるその武器は非常に美しく、その手のマニアには人気の武器なのだ。


「なぁ、もういいか?」


「ん?あぁ、すまない。刀の話になるとついな」


「いや、刀が美しい武器なのは理解できる。だが、今はそんな話をしている場合じゃないだろ?」


「確かにな。なら、早いとこ仕事を終わらせて帰るとしよう。俺の愛刀が早く磨いてくれと言っている」


 男はそう言って改めて刀を構えると、突然その場から消えて俺の目の前に現れる。


「シッ!!」


 男が刀を横に一閃して迷わず俺の首を取りにくるが、俺は素早く身を屈めてそれを交わすと、カウンター狙いで男の懐に入り込み短剣を振るう。


「甘い!」


 あと少しで男の心臓に短剣が刺さるというところで、男は右足で俺の腕を蹴り上げると、短剣が刺さるのを阻止した。


 それからは完全記憶で頭に叩き込んだ暗殺者たちの動きをトレースしながら男と切り合うが、技術も経験も俺より上の男には何一つ通じず、怪我を負うのは俺の方ばかりだった。


(これじゃだめだな。仕方ない…)


「ふっ。諦めたか!!」


 俺は改めて覚悟を決めると、防御を捨てて男に向かって突っ込むが、男はニヤリと笑って俺の腹部に刀を突き刺すと、耳元で高笑いを上げる。


「あっはっは!少しはやるようだから驚いたが、所詮はこの程度だったな!やはり、戦闘経験が無いガキだと言うのは本当だったようだ!最後に焦って捨て身でくるとはな!」


「ふは。そうだな。俺は実力が無かったのは認めるよ。だが、お前はそんなんだから負けたんだ」


「なに?!」


 男はすでに俺には抵抗する力がないと思い油断していたようで、刺した刀を抜かずに離れようともしなかった。


 俺はそんな男を逃げられないように左腕で抱きしめると、後ろから右腕を回して首に短剣を当て、そのまま思い切り引いた。


「かは…」


「馬鹿が。刃物を刺したら抜くところまでが殺しだろうに」


 首から大量に血を吹き出し壁を赤く染めながら地面に倒れた男は、薄れゆく意識の中、まるで悪魔のように口元を赤く染めて笑う少年を見ながら、ゆっくりと息絶えるのであった。






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