第8話 クズ親

 地下牢に入れられてから一週間ほどが経ち、俺の体はロイドの暴行ですっかりボロボロになってしまい、牢屋の中は血の匂いが充満していた。


「はぁ。それにしても、毎日飽きもせず俺のところにくるあいつは、もしかして暇なのかな?」


『随分と余裕なようですね、ノア』


「だって、お前もそう思わないか?レシア。暇じゃなければ、態々こんな血生臭くて汚いところに来ないだろ?」


 この一週間、俺は世界の管理者と話すことしかやる事がなく、おかげで世界の管理者とかなり打ち解ける事ができた。


 その結果、世界の管理者には俺のことをノアと呼ぶようにさせ、俺は世界の管理者をレシアと呼ぶようになった。


『その意見には同意しますが、いつになったらここから出るのですか?』


「さぁな。俺も早く出たいところではあるが、残念ながらここから出る術がないんだよなぁ」


 この地下牢は魔力封印のアイテムが使われているのか、魔力を集める事ができないし、鍵も外側から掛けられているので開ける事ができない。


 ここから出るにはどうしたら良いものかと考えていた時、今は誰もいないはずの地下牢で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「ノア様…」


「……エレナ?」


「はい。エレナでございます」


 そう言って牢の前に現れたのは、深くフードを被ったエレナで、その右手には鍵のような物を握っていた。


「どうしてお前がここに?」


「それは、ノア様をお助けするためです」


「俺を?」


「はい」


 エレナはこの屋敷でいないものとして扱われている俺に付けられた唯一のメイドで、彼女は見習いながらも俺のために色々と頑張ってくれた人物でもある。


「今扉をお開けいたしますね」


 エレナはそう言って手に持っていた鍵を使い扉を開けると、俺に出てくるよう合図をする。


「ありがとう。だが、どうしてお前がこんなところに来られたんだ」


「それは、扉を見張っていた兵士の方に公爵様が読んでおられたと嘘をついたのです。メイド見習いの私が一人では何もできないと思ったのか、何も疑うことなく扉の前を去っていかれました」


「ふーん」


「そんなことより、早くここから出ましょう。もしかしたら、公爵様が兵士の話を聞いて不審に思い、こちらにいらっしゃるかもしれません」


「出る?どこからだ?」


「噂で聞いたのですが、この地下牢には隠し通路があるそうです。昔、いざという時の避難通路のために作られたものらしいです」


「なるほどね」


 エレナは説明を続けながら地下牢の奥へと向かうと、壁に嵌められた石の一つを押した。


 すると、隠されていた道が石がずれたことで現れ、エレナはランプを点けて奥へと入っていく。


「ふーん。こうなってるのか」


「さぁ。早くいきましょうノア様」


「わかった」


 彼女の後に続いて隠し通路に足を踏み入れると、ようやく自由になれることに少しだけ浮かれながらエレナについていくのであった。





 エレナに助けられた後、隠し通路を歩いているだけで暇だった俺は、地下牢に入れられた後の屋敷の状況について尋ねることにした。


「エレナ、聞きたい事があるんだが」


「はい。なんでしょう?」


「俺が地下牢に入れられたあと、上の様子はどうだったんだ?」


「屋敷の様子ですか…。正直、あまりよろしくはありませんでした。公爵様は常にお怒りのようで、執事長や補佐官様もなかなか話しかけられずにおりますし、逆にシスアナ様はノア様が地下牢に入れられたことでご機嫌でいらっしゃいます。ロイド様については、ノア様が一番良く分かっていらっしゃるかと」


「ふむ。大体予想通りか…」


 シスアナとは父上の愛しい人であり、現在のエレフセリア公爵家の公爵夫人でもある。


 彼女が喜んでいるのは当然で、俺の職業が器用貧乏である魔法剣士だと知ったことで、自分の愛するロイドが次期公爵になれると浮かれているのだろう。


(まぁ、そうはならないんだがな)


 この世界がゲームだった時の記憶が全てある俺は、当然ロイドが授かる職業についても知っており、それを思い出すだけで面白くて笑ってしまう。


「ふふ」


「どうかされましたか?」


「いや、ちょっと面白いことを思い出しただけだ」


「そうですか」


 エレナは突然笑った俺を少しだけ訝しむように見てくるが、すぐに表情を戻すと前を向いた。


「そろそろ抜けるようです」


 エレナに言われて前に目を向けてみると、地下牢の壁と同じように石が積まれた壁が現れ、そのうちの一つを押した瞬間に出口が現れる。


「んん〜!はぁ〜、久しぶりの外はいいなぁ」


 隠し通路を抜けると、そこはどうやらどこかの裏路地に繋がっていたようで、貧民街が近いのか道はゴミで汚れており、現在が夜のせいか周りも非常に見づらかった。


「それで?これからどこに連れて行ってくれるんだ?」


「まずは私の知り合いのもとへ向かいましょう。そこでなら助けてもらえるはずです」


「りょーかい」


 俺はこれまで、父上の言いつけで屋敷から出たことがなかったため、自分が生まれた領地だというのにここら辺の地理には詳しくなく、エレナに案内されながら裏路地の奥へと入っていく。


「なぁ、エレナ」


「はい」


「一つ聞きたいんだが、お前の知り合いっていうのは、さっきから俺たちを隠れて監視しているやつらのことなのか?」


「っ…」


 地下牢に入れられていた間、暗闇の中で人の気配を気にしながら生活していたせいか、俺は気付けば気配感知のスキルを手に入れていた。


 そして、それ使って周囲を確認した結果、俺たちの他に四人の何者かが隠れており、俺たちをつけるように行動してる。


「あはは。エレナ、お前は暗殺者失格だな。そんな簡単に表情に出したら、自分も仲間だと言っているようなものだぞ?」


「何をおっしゃっているのですか?私はただのメイドです」


 エレナはそう言いながらも、警戒したように俺のことを見ると、ゆっくり後ろに右手を回す。


「あ、そこには短剣は無いから無駄だ」


「え…」


 俺は困惑した様子のエレナに見せつけるように右手に短剣を持つと、彼女は驚いた顔で目を見開いた。


「そう。お前の短剣だ。ダメだろ?背中に短剣を隠してるのに、俺に背を向けるなんてさ」


「ど、どうして…」


「その質問は、どうして俺が短剣を持っているのかに対してか?それとも、どうして暗殺者だと知っているのかに対してか?」


「……」


 実際のところ、エレナから短剣を盗んだのは彼女が隠し扉を開けていた時で、その時に興味があるフリをして近づき盗んだのだ。


 そして、何故エレナが暗殺者だと知っているのかについてだが、これは彼女が隠し通路を歩いている時にこっそりと神眼で鑑定したからだ。


 その時に鑑定した彼女のステータスだが…


※※※※※


【名前】エレナ・マルシェ

【年齢】13歳

【種族】人族

【職業】平民・暗殺者

【レベル】10


※※※※※


 俺のようにスキルまで確認することはできなかったが、それでも職業の欄にはしっかりと暗殺者という文字が書かれてあったのだ。


「みなさん!私たちのことがバレています!早く始末しましょう!」


「まぁ、そんなこと気にしてる暇ないよな。やるなら早くやろうぜ」


 しかし、エレナは自分たちのことがバレていると理解すると、すぐに大きな声を出し、他の仲間にも状況を伝える。


 すると、建物の影や屋根の上から全身を黒で覆った男が四人現れ、俺を囲むようにして武器を構える。


(数はやはり四人。レベルは35前後か、そこそこ高いな)


「一つ確認だが、これは誰の指示だ?」


「……」


「ふーん。言わないか。まぁ、どうせ父上の指示だろ?俺を公爵家内で死なせれば外聞が良くないから、外出した時に殺されてしまったとかそんなシナリオかな。そして、父上たちは俺を失ったことで周りから同情されるし、ロイドも公爵家を継ぐことができる。みんな万々歳だな……俺以外は」


 父上は昔から俺のことを邪魔だと感じていた。しかし、体裁と外聞を大事にする父上は、周りの目を気にするあまり俺のことを簡単に殺すことができなかった。


 しかし、ハズレ職業を授かったことで俺を始末する決心がついたのか、今回はこうして俺を城の外に出し、暗殺者たちに始末させることにしたようだ。


(はっ。本当に反吐が出る)


 クズ親たちを集めた蠱毒で生き残ったような最低な父親ではあるが、こうして外に出る機会をくれたことには感謝しており、まずはどうやってこの場を切り抜けるか考える。


「無駄だとは思うが、俺から一つ提案だ。俺は何もせずにこの国から出るし、二度と戻ってこないと誓おう。だから、この場は何もせずに温かく俺の新しい門出を見守ってくれないか?」


 しかし、俺の問いかけに応じる声は一つもなく、武器を構えて冷たい視線を向けられるだけだった。


「はぁ。仕方ない、やるか」


 俺はそう言ってエレナから盗んだ短剣を構えると、この世界で初めての戦闘に挑むのであった。






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