第2話 職業選定の儀
今現在、俺は職業選定の儀が行われる教会へと向かうため、馬車に揺られながら窓の外を眺めていた。
(はぁ。息苦しい)
馬車の中はまるで母上の葬儀の時のように静かで、加えて俺のことを嫌悪している父上と向かい合って座っているせいか、馬車の中の空気は最悪と言っても過言ではなかった。
(母上。早くあなたに会いたいです)
俺の母上は俺が5歳の頃、公爵領で流行っていた流行病に罹りそのまま帰らぬ人となった。
元々体が弱い人だったが、俺を産んだことで体力が落ちてしまい、さらには父上と第二夫人のせいで精神的にも疲れていたのか、生きるために頑張ろうとすることもなく死んでしまった。
俺の記憶にある母上はいつも辛そうに笑っており、俺の頭を撫でながら「ごめんね」と繰り返す人だったが、それでも俺のことは愛してくれており、俺が会いに行けば優しく迎え入れてくれる優しい人だった。
「公爵様。到着いたしました」
「わかった」
どうやら母上のことを考えていたらいつの間にか目的地である教会に着いていたようで、御者が扉を開けると父上はすぐに降りて行った。
「はぁ…」
俺はそんな父上に溜め息を吐きながら馬車を降りてついていくと、目の前には白くて立派な教会が建っていた。
「大きい」
「ノア。早くきなさい」
「…はい」
初めてくる教会の大きさに驚き足を止めていると、気持ち悪いくらいに優しい声で呼ばれ、俺は父上の方へと歩いていく。
父上は屋敷では俺のことを無視してゴミのように扱うが、一歩でも屋敷の外に出れば息子を溺愛する父親へと姿を変える。
理由はよく分からないが、父上は頭が良い人なので、きっと何か目的があってこんな事をしているのだと思うが、俺としては本当に気持ちが悪くて仕方がない。
「ノア。こちらは我がフォルメノ公爵領にある教会を管理してくださっている司教様だ。ご挨拶を」
「初めまして。ノア・フォルメノです。本日はよろしくお願いします」
「ほっほっ。これはご丁寧に。私はこの教会を任されているジーノ・マルセルと申します。以降よろしくお願いします」
ジーノと名乗った老人は白い髪に白い髭、そして白い司祭服を着た真っ白なおじいさんだった。
「では、さっそくですが職業選定の儀を始めましょう。さぁ、中へどうぞ」
ジーノの後に続いて教会の中へと入った俺と父上は、広い教会の中を進んでいき、教会の一番奥にある巨大な白い像の前で足を止める。
「こちらはこの世界の創造神であられる、女神ミルティネア様の象です。とてもお美しいでしょう?」
「はい。とても綺麗ですね。それに、神秘的な力を感じます」
「ほっほっ。それはよかったです」
女神ミルティネアとは、俺たちが今生きているオフサルティという世界を使った創造神と言われており、アルマダ帝国があるリゼルニア大陸で広く信仰されている神でもある。
「儀式についてですが、ノア様がミルティネア様の像に祈りを捧げることで、女神様より
「それだけですか?」
「はい。ノア様が祈りを捧げることで、天界におられるミルティネア様が祈りを聞き、ノア様に適した職業を授けてくださるのです」
どうやら血を捧げたり、断食をして祈り続けるなんてことをする必要はないらしく、ただ像の前に跪き祈りを捧げるだけでいいらしい。
「ところで、ノア様は職業選定の儀についてどこまでご存知なのですか?」
「そうですね。教会で儀式を行うと、神からその人に適した職業が与えられる。職業が与えられると自分のレベルが確認できるようになり、レベルが上がると身体能力や魔力が上がる。あとはスキルが使えるようになるということくらいでしょうか」
職業とは、12歳になった子供が教会で儀式を行うことで神から授けられる祝福であり、授かった職業によってその後の生活や生き方が決まってくる。
例えば、我がフォルメノ家は代々魔法に関係する職業を授かっており、父上は賢者という魔法系でも二番目に希少な職業を授かっている。
また職業を授かると、レベルというものが確認できるようになり、このレベルが上がることで身体能力や魔力が上がり、スキルも身につけることができるようになる。
スキルとは、レベルを上げることで得られる場合もあるし、その人の経験や
得られるスキルの数や種類については、与えられた職業と経験によって変わってくるそうだが、職業によっては得られないスキルも存在する。
例えば、魔法系の職業では魔法使い、魔導士、大魔導士、賢者、大賢者といった種類があるが、これらの違いはスキルとして覚えられる魔法の数が違う。
魔法使いは基本属性と呼ばれる火、水、風、土の四属性、魔導士が基本属性に加えて特殊属性と呼ばれる氷と雷を加えた六属性、大魔導士であれば根源魔法と呼ばれる光と闇魔法も覚えられるようになる。
そして、賢者の書に選ばれて賢者になれれば、その選ばれた賢者の書の属性魔法の威力が人の域を超えたレベルまで上がり、大賢者になれば原初魔法と呼ばれる時空間魔法や創造魔法が覚えられるようになるのだ。
魔法系の職業を授かった者が魔法を覚えるためには、覚えたい魔法について書かれた技術書を読んで理解する必要があり、当然理解できなければ適性があっても使用することはできない。
また、武術系の職業を授かった者は経験や技術書を読むことでスキルを得ることができるが、こちらも必ず得られるわけではない。
「ふむ。よく勉強しておりますな」
と、ここまでの内容を司教様にもざっくりと説明をすると、彼は満足気に頷きながら褒めてくれた。
「加えていうのなら、職業にはランクというものが存在しております。
例えば魔法使いならCランク、魔導士ならBランク、大魔導士でAランクです。そして、英雄武器である賢者の魔導書に選ばれればSランクの賢者となり、聖武器である大賢者の魔導書に選ばれるとSSランクの大賢者になれるというわけです。
ランクが上がるごとに適性者の数は減っていき、賢者であればこの世に存在するのは8人だけとなり、大賢者はただ一人となります。
また、スキルにもそれぞれレベルが存在しており、レベルを上げることで威力が上がったり、別のスキルへと進化することもあります」
スキルの進化とは、例えば火魔法を得意としている人がその魔法のレベルを最大まで上げた場合、進化して炎魔法になることがる。
そうして一つの魔法を極めていき英雄武器である賢者の書に選ばれることができれば、賢者になることができるというわけだ。
「ここまでで何か質問はありますかな?」
「では、賢者になれるのは大魔導士だけなのですか?魔法使いがなるのは無理なんでしょうか」
「いえ、そんなことはございません。先ほども説明いたしました通り、賢者や大賢者になるには魔導書に選ばれる必要があります。
したがって、大魔導士になっても魔法を極めず魔導書に選ばれなければ賢者にはなれませんし、逆に魔法使いでも一つの魔法を極めて魔導書に選ばれれば賢者になることができます。
ただ、やはりランクの高い職業の方が賢者になりやすいというのはあります。理由は大魔導士の方が魔法を極める選択の幅が広いからです。あとは、やはり魔法使いと大魔導士では、賢者になった後に使える魔法の数が変わってきますので、戦闘時の戦略の幅も大魔導士の方が広いと言えます」
「なるほど」
「では、他に質問もないようなので儀式を始めましょう。私と公爵様は少し離れたところで見ておりますので、ノア様はミルティネア様に祈りを捧げてください」
俺はジーノに言われた通り片膝をついて顔の前で手を組むと、祈りを捧げるため目を閉じる。
すると、体の中に何かが入ってくるような感覚がし、少しだけ目を開けると体の周りを金色の粒子が舞っていた。
「お疲れ様です。もう目を開けてよろしいですよ」
「…終わったんですか?」
「はい。終わりました。すぐに終わって驚きましたかな」
「そう…ですね」
「ほっほっ。初めて儀式を受ける時は、皆そんなものですよ。では、ノア様の職業を確認してみましょう。ノア様、意識を集中させ、ステータスオープンと言ってみてください」
「ステータスオープン」
※※※※※
【名前】ノア・フォルメノ
【年齢】12歳
【種族】人族
【職業】貴族・魔法剣士
【レベル】1
【スキル】
〈剣術(レベル1)〉〈身体強化(レベル1)〉
【ギフト】(隠蔽状態)
〈
〈神眼(レベル1)〉〈成長速度上昇(レベル1)〉〈完全記憶(レベル1)〉〈成長限界突破〉〈スキル獲得制限無効(レベル1)〉
【称号】
世界を救いし者
元主人公
※※※※※
「え?何これ…」
俺は言われた通りステータスを開くと、正面には青色に透き通った板のようなものが現れ、そこにはいろいろと文字が書かれていた。
「どうかしましたか?」
「いや、えっと…ステータスって司教様にも見えてるんですか?」
「いえ。ステータスは重要な個人の情報ですから、基本的には他者には見えないようになっております。ですが、鑑定というスキルがあれば、制限はあれど他人のステータスが見られるようになりますし、フルオープンと言えば他者にも見せることができます」
「そうですか」
「ノア。お前が授かった職業を父に見せてくれ」
父上はそう言って気持ち悪い笑顔を浮かべながら近づいてからと、ジーノに見えないよう目を細めて睨んでくる。
(終わった)
「ステータス・フルオープン」
俺はこの先の展開を予想しながらそう呟くと、先ほど現れたステータスプレートがより色濃く現れ、父上は覗き込むように見てくる。
「…魔法剣士か。ふむ、帰ったら話をしようか、ノアよ」
「はい…」
「司教様。本日はありがとうございました」
「お気になさらず、公爵様。これも私の仕事ですからな。お二人にミルティネア様のご加護が在らんことを」
「行くぞノア」
俺は司教様に一度頭を下げてお礼をすると、明らかに怒りを滲ませた父上の後に続き、これから殺されに行く家畜のような気持ちで馬車へと乗るのであった。
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