第26話 新たな依頼

―――数日経った。


帰宅したその日の夜、魔獣化したルカートを見てミアが腰を抜かした以外は、特に変わったことは起きていない。

翌日には仕事の斡旋所へ行って、魔獣駆除の依頼を暫く優先的に回してもらうよう、金を払ってきた。

今はとにかく情報が欲しい。

闇雲に動き回ったところでどうなるものでもないからな。


ルカートは毎夜、苦しみと共に魔獣へ姿を変える。

それを見るたび思い知らされる、予断を許さない状況なのだと。


それなのに、こいつらときたら。


「おはようございます、師匠!」

「おはよう」

「ミアちゃん、おはよう」

「おはようございますルカさん、さっさと食器棚から皿を出してください、二段目の大きいやつですよ」

「うッ、エリーと随分態度が違うんじゃないか?」

「ルカさんは居候ですからね、ならミアが先輩なので、ほらキリキリ働く!」

「エリーッ」

「新聞」

「ルカさんこれですよ、師匠にお渡ししてお皿を出したら、流しの道具を洗ってください、早くする!」

「ううッ」

「ふぁあぁぁ、おはよう、今朝も賑やかねえ」

「ギャッ! セイランさんまた下着姿でうろついて! ハレンチです! 師匠の目の毒です!」

「おおっ、おはようマダム! 今朝も貴方は美しい」

「有難う、ルカート」


毎朝こんな調子だ。

俺は早々に諦めた。

居間の卓の椅子に掛け、ルカートが不服そうに手渡してきた新聞を広げる。

自らを台所長と名乗るミアは容赦なくルカートをこき使う。

始めはセイランにも同じ態度で接していたが、のらりくらりと躱されてしまい、流石に折れたらしい。

二人には客間を使わせている。

ルカートは俺の部屋だ、夜間に魔獣化したこいつが万が一にも暴れ出した時の用心としてそうした。


あられもない姿のセイランが俺の対角線の席につき、卓上で頬杖をつく。

欠伸で涙の浮かんだ目元を拭うと、俺を意味深に見つめた。


「ミアちゃんって、いつも元気ねえ」

「ああ」

「だけど、記憶喪失なんですってね」

「そうだな」

「身寄りのない子を引き受けてあげるなんて、随分優しいのね」

「そんなつもりはない」

「あらそう、それじゃ、恩返しのつもりなのかしら、貴方もご両親を亡くして、ここの店主に育てられた」

「貴方に事情は説明したが、だからといって憶測で踏み込まれるのは好ましくない」

「そう、確かにそうね、ごめんなさい」


謝るが、セイランは気負った様子もなくフフっと笑う。

揶揄われている。

彼女は妖精だ、妖精は種によってはヒトよりずっと長命と聞く。一体幾つなんだろう。


「あッ、師匠! 依頼書が来てますよ、こちらです、どうぞ!」


ミアが封筒を手渡してくる。

早速来たか、金を払った甲斐があったな。

―――魔人は蒐集家だと聞いた。

なら、俺のところに依頼が回ってくるような案件に、蒐集目的で姿を現すかもしれない。


「どんな依頼だ?」


後ろから覗き込んできたルカートに、ざっと目を通し終えた依頼書を手渡す。


「南のヴァーリーバレーは知っているか?」

「ああ、ベティアスとの国境近くにある深くて長い谷だろ」

「そこに今年もデグラブが大量発生した」

「今年も?」

「その駆除依頼だ」


デグラブ、砂漠を住みかとするカニに似た魔獣だ。

大抵は砂地に潜み、捕らえた獲物を大きなハサミで切り刻む。

とはいえデグラブ自体はそこまで大きくない、ただ、数が多い。

そしてデグラブは毎年、今ぐらいの時季にあの谷に大量発生し、互いに縄張りを主張し合い、殺し合いを始める。


「最後の一匹、とは流石にいかないが、数百匹が数匹になるまで殺し合い、生き残ったデグラブの体内には特殊な魔力結晶が生じる」

「へえ」

「その経緯からして希少な魔力結晶には、通常の魔力結晶では得られない増幅効果が見込めるらしい」

「つまりその魔力結晶で作った道具を使えば、エレメントやマテリアルの効果を増幅させることが出来るってわけか」

「結界の触媒にも重宝されると聞く、効力が増すんだ」

「それはすごい!」


感心するルカートに、セイランも「なるほどね」と頷いた。


「そのデグラブを奴がコレクションしに来るかもしれないわね」

「あー、だがエリー、デグラブが大量発生するのは毎年のことなんだろ?」

「そうだ」

「希少価値って意味じゃ、いまいちパッとしないんじゃ」

「通常であればそうだな」

「え?」

「デグラブは大抵、勝手に谷で増えて、勝手に殺し合い、勝手に数を減らす」

「何か、いつもと違うのか?」


今年に限って、何故かデグラブは何故か一向に数を減らす様子がない。

それどころか増えすぎて、いずれ谷から溢れ出し、近隣へと被害を及ぼす可能性すら出てきた。


「だから君に駆除の依頼がきたのか」

「依頼主は谷周辺の地域を管理している政府機関だ、報酬の支払いも確実、この前みたいなことにはならない」

「あれはなあ、ホント、あらゆる意味で後味が悪いというか、最悪だったよなあ」

「ミア、出掛ける、食事は携帯できるようにしてくれ」

「むうう、分かりました師匠、ミア、お留守番してますね」


ミアは不満顔で台所へ向かう。

部屋に戻り、仕事の準備を整え、改めて居間の卓に地図を広げてヴァーリーバレーの位置をルカート、セイランと確認する。


「この街から南西、片道およそ五日だ」

「日がかかるな、それじゃ今回はアイツらの出番ってわけか」

「アイツら?」


首を傾げるセイランに、ルカートは嬉々として説明する。

俺は適当に聞き流してミアから携帯食を受け取った。


「師匠、ミアも情報収集頑張ります」

「ああ」

「でも、でもそのうちミアも連れていってください、ミア、きっとお役に立ってみせます」

「お前は留守番をしていろ」

「ミアも結構やれるんですよ、師匠をお助けしたいんです」

「その気持ちだけは受け取っておく」


荷物を持ち、勝手口から外へ出る。

今回の騎獣はピオス、ウマに似た魔獣で、ドー程の速度は出ないが持久力に優れ、長距離移動向きだ。

放牧場へ行くと早速ルカートが「エレーン、ミオーッ」と二頭を呼んだ。


「可愛い名前ね」

「でしょう、マダム」

「またルカートさんが勝手に名付けたんですよ」

「本当はなんて言うの?」

「ワンとツーです」

「だからそれは名前じゃなくて数だって言ってるだろ、見ろ、エレンとミオだって僕がつけた名前を喜んでる」


駆け寄ってきた二頭にルカートは顔面をベロベロと舐められる。

見ていたミアが「うへぇ」と口を曲げた。

俺も流石にこいつのこういう所は理解し難い。セイランは楽しげに笑っている。

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