第2話 おじさん、女の子になる

「こういうことも、あるものですね」

「いやいやいや、なんで落ち着いてるんですか黒止さん!」

「何故、と言われましても」


 なってしまったものは仕方ない。


 改めて俺の姿を確認しよう。

 身長は30cmほど縮んだか。髪は腰ぐらいまであり、色は黒。肌はとても白い。

 手足は細く、身体は起伏が乏しい。胸も無いし、くびれもないが全体的に未成熟な印象だ。

 身体が縮んだがゆえ、服はだぼついている。


「なってしまったものは、仕方ないかと」

「仕方ないで済ませないでくださいよっ! ああもう、怖いおじさんがこんなに可愛くなってしまってっ!」


 彼女はカメラを放り投げて両手で俺の顔を挟み込むと、そのまま頬擦りまで始めた。


「やーらかい! なにこれ黒止さん! 可愛い!」

「あの……」

「なんですか? あ、おっぱいないですね」


 言うにこと欠いてそれだった。

 分厚い胸板は影も形も無い。

 だがそれでも少しはあると思うのだが。


「白咲さん」

「はい」

「撮らなくてよろしいのですか」

「今の黒止さんを撮ったら一発BANですよっ!」

「ふむ」


 言われてみれば、確かに。今の俺は服がずり落ちて、色々と見えてしまっているだろう。


「ゴブリンキングの皮でも剥いで、羽織ればよろしいでしょうか」

「それもっと撮れないグロ画像でBANだからっ!」


 なんということだ。八方塞がりである。


「だけど、私はダンジョンで汚れた時のため、着替えも持ってきてるんですよ!」

「ほう」


 その大荷物の一部はそれだったか。


「今すぐ着替えましょう!」

「はい」


 確かに、裸で戦うわけにもゆかぬ。

 俺達は、消えていくゴブリンキングの死体を尻目に、隠れられる場所を探した。


 ちょうどよい場所があった。

 少し進んだところに、小さな洞穴があったのだ。

 中は広くなっていて、少し奥まった場所に2畳ほどのスペースがある。そこに二人で潜った。


「じ、じゃあ脱ぎましょうか」

「顔が怖いのですが」

「顔が怖いって黒止さんにだけは言われたくないですっ!?」


 正論である。

 さきほど鏡でみたこの顔は、男の時のように怖くはないが、しかしかつての俺の笑顔で気絶した彼女にとってはたしかにそうだろう。

 人は恐怖を容易に忘れられぬものなのだ。


「脱ぐ程度なら自分で出来ます。すでに脱げているようなものなので」

「あ、はい。じゃあこっちが私の予備の服です。サイズは……たぶん合うと思いますけど」

「お借りいたします」


 そして俺は改めて自分の肢体を見る。

 これは、なかなかどうして。悪くないのではないだろうか? まず手足が細いからだろう。身体が軽いように感じる。

 そして胸元は慎ましやかであるし、下半身もつるりとなめらかだ。肌はすべすべでシミひとつない。髪は長いので少し邪魔だが、くくっておけばいいだろう。


 総じて、美少女といって差し支えはなかった。

 鍛えた筋肉が見る影も無いのは悲しいが――


「……ふむ」


 足元にある石を拾う。


「……ふんっ」


 力を入れて握ると、砕けた。

 よし。どういった理屈かは知らぬが、この姿になる前と握力は変わっていないようだ。

 筋力の低下は無し。となると、重量が減った分、動きは俊敏になったのだろうか。

 加重がかけられぬぶん、打撃力は多少は減ったかもしれぬが――戦う事に支障はなそうだ。

 ならば特にこれといった問題はないだろう。


 ひとつ問題があるとすれば――


「白咲さん」

「はい?」

「下着の着用の仕方が、わかりません」


 パンツは履けるが、ブラジャーのつけ方がわからぬ。


「こんなことになるなら、普段から練習しておくべきでした」

「ブラジャーを着けるのを?」

「はい。ブラジャーを着けるのを」

「黒止さんやめてください……普段からそうしてたら変態です」

「……言われてみれば」


 確かにそうだった。普段の俺は男性なのだ。



 ◇


 結局、彼女に手伝ってもらった。

 年端も行かぬ少女に着替えさせてもらうなど、不甲斐ない。


「でも、なんでいきなりこんなことになったんでしょう。ゴブリンキングの呪いですかね?」

「……いえ、おそらくこれでしょう」


 俺は自身の探索者カードを見せる。

 これには、探索者のステータスとスキルなどが記されている。自動的に浮き出るのだ。


「え……スキルに追加されてますね」

「経験値、がたまったのでしょう」


 モンスターを倒したり、ダンジョンをクリアしたりすると経験値が入るらしい。

 それが溜まると、ステータスの上昇やスキルの追加があるというのだ。

 そして俺には、あらたなスキルが追加されていた。


【女体化】……自動発動スキル。ダンジョン内では女性になる。身体能力に特に変化なし。


「……」

「……」

「なんというか、これは……」

「ええ」


 外れである。


 対して意味のない、ダンジョン内でのみ歳を取らないスキルに加え、新しいスキルはダンジョン内での女体化とは。


「自分はいったい、何を見せられているのでしょう」

「それは私の台詞ですよー……」

「すみません。昔からくじ運は悪いもので」

「そういう問題……なんですかね?」

「どうでしょうか。ともあれ、この身体でもしっかり戦えるかどうかを確かめるためにも、少し散策して見ましょう」

「あ、はい」


 そしてしばらく歩くが、モンスターにも、他の探索者とも遭遇しなかった。

 今日はこれで打ち止めだろうか。


「モンスター、いなかったですね」


 彼女は残念そうに言う。


「本日はこのまま帰還するといたしま……むっ」

「どうしました?」


 遠くで、何かが動いたような。そんな気配がある。

 モンスターだろうか?

 声も聞こえる。そして血の匂いだ。


「――誰かが襲われています。失礼」


 俺は走った。


 すると、そこには一人の少女がいた。年は10代半ばほどか。

 そして周囲には倒れている男性たち。

 その眼前には――モンスター。


「……」


 既視感である。


 ただ今回は、ジャイアントコボルトが五体だった。

 ジャイアントコボルトとは、巨大ジャイアント犬魔コボルトである。

 それは人間の肉が好物で、特に女性を好んで食べるのだ。

 強力なモンスターである。


「あれは――」


 少女は、どうやら足を怪我しているようだ。動けないらしい。

 俺はジャイアントコボルトに向かって駆け出した。そして飛び上がりながら、ジャイアントコボルトの頭を蹴り割る。


 一撃で二体の頭部を砕き、着地しながら地面を転がる。残る三体がこちらに襲い掛かってきたからだ。

 俺は身をかがめつつ体勢にひねりを加え、その勢いをもってして一体目の腹部に後ろ回し蹴りを放った。


「グギャッ!」


 そのまま俺はいったん距離を取る。

 ――ふむ。身体能力に低下無し。軽くなった分、むしろ動きは良い。

 では、術の行使は?


「――」


 俺は集中し、想起する。

 そして、炎を放った。


「グギャアアアアアアッ!」


 火柱が――立つ。

 ジャイアントコボルトはその火柱に吞まれ、一瞬にして消し炭となった。


「――よし」


 術の行使も問題ない。

 この少女の肉体になっても、俺は十二分に戦えるようである。


「大丈夫ですか」


 俺は少女に声をかけ、笑う。

 そして次の瞬間に気づく。

 既視感。これでは前と同じで、相手は恐怖で失神してしまうやもしれぬ。

 失敗した。


 だが――


「……む?」


 少女は気絶しない。それどころか、ほうとした感じで俺を見上げている。


「あ、あの……」


 ややあって、少女は口を開いた。


「あ、ありがとうございますっ! 私一人じゃ怖くて動けなくて……その――」


 そしてそのまま、頭を下げる。


「た、助けてくれてありがとうございましたっ!」


 そう言って少女は笑った。


「…………どういたしまして」


 なるほど。

 よく、「人間は顔ではない」というが、しかし現実として、人間は顔が問題であるらしい。

 少女の姿となった俺では、彼女は恐怖し気絶することはなかった。


 ……。

 俺の顔はそれほどまで醜かったか。多少気が沈むが……それはよい。

 それよりも、だ。


「お怪我の具合は?」


 俺はそう言って彼女の足を見る。ふくらはぎに傷を負っているようだ。かなり大きい傷である。だが浅いようだから命に関わることはないだろうが……ふむ、治療しておかねばなるまい。

 治癒は得意ではないが、傷口をふさぐ程度なら俺でも出来る。


「じっとしていてください」


 そして俺は傷口に意識を集中させ、力を流し込む。


「……え……?」


 少女が驚いたような声を上げる。

 ほどなく傷口はふさがった。


「これでもうよいかと」


 俺が言うと、少女は驚愕した様子で俺を見る。


「どうかされましたか」

「い、いえ……その、すごい……」

「問題ないようですね。では、お連れの方々も」


 そして俺は彼らの傷も治す。幸いにして、衝撃で気絶していた程度のようで、重傷ではなかった。


「こっちだ!」

「ジャイアントコボルトの群れが――」

「可憐ちゃんたちを――」


 道の奥から、声が聞こえてきた。おそらくは加勢なのだろう。


「……仲間のようですね。もう大丈夫でしょう。では、自分はこれで」


 そう言って俺は立ち去る。


「あ、あの……!」


 少女はそんな俺を引き留める。


「また、会えますか?」

「……ええ、機会があれば」

「あなたの名前を教えてください!」

「……名乗るほどの者ではありませんが。黒止景行」


 俺は名乗る。


「では、またいずれ」


 そして俺はその場を去った。


 道を戻り、白咲さんと合流する。


「……はっ、もう、足が……早いです……」

「すみません。急がねば間に合わぬと思ったので」

「それで、大丈夫……でしたか」

「ええ。しかし何というか……こそばゆいものです」

「何がですか」

「素直に、礼を言われることがです」

「あー……」


 白咲さんは納得したような顔で笑う。


「今の黒止さん、かわいいですからね」

「所詮、人は顔なのですね」

「い、いやそんなことないと思いますよ? 普段の黒止さんも、強面だけど決して不細工ではないですし、精悍というか」

「慰めいただき、ありがとうございます。安心してください、私は己を卑下しているわけではありません。ただの事実確認です。そういう意味では、このスキルも対人関係に活かせる有意義なものなのやもしれません」

「ま、まあ……かわいいは正義とか、かわいいは七難隠すとかいいますからね」

「ありがとうございます」


 ともあれ悪い気はせぬ。


「ひとまず、今回は戻りましょうか」

「そうですね、目的も……あーっ!」


 白咲さんは叫ぶ。


「目的……探索の実況配信だった……」

「途中から忘れていましたね。今からやりますか」

「うーん……まあまだ最初だし、同接さんもほぼいなかったし……でもまあ、せっかくですし」


 そして彼女は再びカメラを取る。


「えーっと、いろいろあってぶん投げててごめんなさーい。いやダンジョンって色んな事が突発的にあるんですねー。信じられない事多いです。何がって……あーうん、ちょっと整理つかないかも。とりあえず、いま映しているかわいいクール系美少女の……」

「黒止景行です」


 俺は改めて挨拶する。


「積もる話もございますが、今回の探索は切り上げです」

「いやそうなんですけどー……黒止さん、もうちょっと喋りをねー?」

「すみません」


 そう言いながら俺たちはやがてダンジョンの出入り口へと到着する。ここから上は地上だ。


 しかし、何か忘れている気がする。


「というわけでー、私たちは無事に地上へと帰還いたしましたー!」


 そして俺達は地上へ出た。そこは探索者達もいる、ロビーだ。


 地上に出た瞬間、変化が訪れた。


「……」


 そう、忘れていたのだ。

 俺が新しく手に入れたスキル【女体化】はその名の通り体が女性に変化する。しかも小柄な。

 そしてスキルは一部の例外を除き、ダンジョン内でしか効果が及ばない。


 そう。


 地上に出た俺は、男性に戻った。

 白咲さんから借りた、女性ものの衣服を身に着けたまま。


 つまり、盛大に破れたのだ。


 それはもう盛大に。俺の鍛えた筋肉が、布を引き裂いて。


 女性ものの衣服や下着の切れ端を体にひっ下げた、全裸の陰気な男がそこに立っていた。


「……」

「……」


 ロビーが沈黙に包まれる。


 俺は言った。


「…………見苦しいものを、お見せいたしました」

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