このバカップルには付き合いきれない

芹沢紅葉

プロローグ

 柔らかな日差しが窓越まどごしに降り注ぐ。あの日もこんな春だった。桜が咲いているけれど、外には出たくなくて、春の陽気ようきに変に当てられたせいか、少し具合が悪い。けれど、心は凄く晴れやかな気持ちで、いびつさを感じながらもその気持ちを噛みしめていた。


 小さなダイニングテーブルにひじをついて、小さく足を揺らす。ぱたぱたと落ち着きのなさが現れているようで、子供っぽくて止めなきゃと思うけれども、今日の私は具合が悪いのに少し浮かれているのだろう。


 きゃっきゃと笑う子供たちの声が私の住んでいるアパートの前を通り過ぎていく。この時間と、高い声を聴くに小学生ね。ふと、思い出す。あの日、私の具合が悪くならなければあんなことは起こらなかったのに。


 何もかも尽きることが不安で、大したことはしてあげられなかったけれど。ようやく迎えに行ける。私、ずっとずっと、待っていたの。


 背後にはたたみの部屋がある。あなたはそこがお気に入りだった。小さく丸まって、すやすやと眠る姿を今でも鮮明せんめいに思い出せる。


 手元には、ある模様もようの彫られた黒水晶くろすいしょうのピアス。今の社会では違法のもの。出所でどころを言えば、きっと大騒ぎになってしまうから。私はこれを、上手く使わなければいけない。そう、賢く、強くあらなきゃ。


 そうでないと、きっとあなたを守ってあげられないから。


 気が付けば一人の部屋。ここは少し寂しい場所だ。


「待っていてね、もうすぐだから」


 早く会いたい。私の、大事な――。




 それなりに燃え上がる炎の使い手も、勢いよく流れる水の使い手も、誰も彼もがのろいと思ってしまう。俺と同じ新入生がわぁっと歓声かんせいを上げる中で、上級生が能力測定を行っているところをぼんやりと見ている。


 もっと俊敏しゅんびんに能力が出せないものかな。まぁ能力を持っていない俺が言うのもなんだけど。


 一瞬で能力を発動させれる人物の方が珍しいのだろうけれど、俺からすればそっちの方が当たり前だ。


 先生が次の測定者を呼ぶ。高校のグラウンドで行われている一種の行事に盛り上がってる周囲とは対照的に、俺は退屈を持て余していた。けれど、飽きるものは飽きるんだから仕方ない。


 本当は能力を使うのって、そんなに難しいのかな。だとしたら、俺の知っている能力者って割ととんでもない化け物だったりして。


 そんなことを考えながらあくびをする。


澤田さわだー、寝るなよー?」


 先生に見られて注意された。仕方ないじゃん。昨日の夜は俺を雇ってくれている人の横暴おうぼうに振り回されていて、いつもより就寝時間が遅かったんだ。遊びに費やしていたわけじゃないんだから、多少は目をつぶってくれてもいいのに。


 でも元々の成績はよくないんだから真面目にしないといけない。けれど、ああ、めんどくさい。めんどくさすぎて眠い。能力なんて、とっくに見慣れてるし扱い方も知っている。だって俺は、この国で一番すごい能力者に仕えているんだから。


 澤田さわだゆい。それが俺の名前。常桜とこおう高校に入学して、はや三週間。まだ学校生活に慣れたとは言いがたい時期に、三年生は最終能力測定が行われている。一年生はまずそれを見学するのが今日の授業だった。


「全力を出し切れ。お前たちの将来がかかっているんだからな!」


 この最終能力測定によって、進路が大きく変わるといってもいい一大イベント。測定する先生の方にもかなりの熱が入っている。この能力測定を見てから一年生も意気込んで後ほど挑むわけだけど。


 この社会には昔から異能力と呼ばれるものが存在している。今でこそ《エレメント》と呼ばれるようになったそれには四つの属性がある。すいもくごん。平安時代では陰陽術おんみょうじゅつと言われ、四神しじんに当てはめて使われていたという。


 そんな能力が現代まで残っていて、しかもその能力が人の優劣ゆうれつを決めるのだから、この世の中は生きづらさを覚える。使える者と使えない者がいることもまた、格差社会のみぞを深めていた。


 この学校は、基本的にエレメントを使えるものが専門の学部に入学する。一般生徒枠も各学年に一つはあるけれど、メインとなるのはやはりエレメントを使える者だ。その時点で、カースト制度が如実にょじつに表れる。まぁ、高校生までの間に能力が覚醒かくせいすると言われているから、希望を捨てられずに一般で入学する者もいるのだろう。能力が目覚めれば、専門の方に編入へんにゅうできるから。


 何人かの能力測定が終わったが、目新めあたらしい感じはしなかった。大半が火と水の低級エレメントの者で、詠唱えいしょうと道具を合わせて使い、技を放った。威力はまぁ、悪くはないんだろうけど。


「次! 二年C組、新海しんかい昇平しょうへい。能力は……金だな」


 次に出てきた二年生の生徒は、どうやら金のエレメントを使えるらしい。めずらしいな、と思ってその生徒だけは注視ちゅうししていた。金のエレメントは金属類に関する能力で、あやつったり変形へんけいさせたりさせるのが一般的だ。何をするのかな、と思って眺めていると、その人の能力を測定するために用意されたのは一台の車だった。


 少し離れた位置にいるから詠唱は上手く聞き取れない。けれど、どうやら道具を使って能力を発動させているらしい。手元のに力をめ、かなり重たそうな車を持ち上げていく。今こうして目の前で繰り広げられている光景が現実だ。


「うわぁ……凄いね、ゆい君」


 隣で驚いた様子の女子生徒、須藤すどう江奈えなが俺に話しかけてくる。真新まあたらしいブレザーの制服が高校デビューと同時に切りそろえた、ふんわりとしたボブカットによく似合っている。江奈は中学の時に仲良くなった友達で、まさか、なんの能力も持っていない江奈がこの学校に一般枠で入学するとは思っていなかったけれど、どうやら彼女には何か意味のあることらしい。


 まぁ、なんとなくその理由を薄々うすうすは感じているんだけど。


「あれがこの学校本来の標準レベルって感じだと思うよ」


 はぁ、と感心したように息をく江奈に小さく笑って、また視線を戻す。次の生徒がひかえていて、その姿は毎日見ている俺からすれば見慣れたものなんだけど、一部の女子はきゃあきゃあと騒いでいる。


「あの人かっこいい!」

「誰だろう?」


 あの人が誰だか知らないで騒いでいるのだから暢気のんきなものだ。恐らく騒いでいるのは区域外の中学から進学してきた生徒だろう。


南条なんじょう先輩だ」


 江奈の声が少しだけ期待にまる。ほんと、分かりやすい。江奈は怜央れおさんのこと好きなんだ、って。俺は聞こえなかったふりをして、高く持ち上げられた車を見ていた。あの能力があったら、事故や故障の時に便利だろうなー。なんてことを考えていると、不意に車がピタリと止まる。あそこが限界なのだろう。そう思った瞬間。


「危ない!」


 先生の声が聞こえたかと思うと、浮いていた車が空中で不安定にゆらゆらと動き出した。落ちる。その懸念けねんが一瞬で脳をよぎったが、焦りは不思議となかった。だってこの場には怜央さんがいる。


「燃えろ」


 突如とつじょ、ふらついていた車が一瞬で燃えだした。高火力こうかりょくの熱気が、こちらの肌にまで伝わって、車は一瞬で蒸発するように消えた。今の一瞬で一体何千度の火力を出したのだろう。能力を使った本人はというと、平然とした様子で後頭部こうとうぶきながら順番を待っている。


「今の何だよ!?」


 またざわつき始める一年生たちの動揺どうようは理解できる。危険が一瞬にして去っていった。誰がそうしたのか、多分何も知らないならさっしはつかないだろう。


「……怜央さん」


 俺のやとぬし、とでも言えばいいだろうか。火のエレメントをつかさどる、南条家の御曹司おんぞうし。きっと、能力社会で頂点に立っている男。冷静沈着れいせいちんちゃく冷徹れいてつなその人は、さわぎをすずしげな表情でながめている。


 そんな怜央さんが、あんなことになるなんて夢にも思わなかった。

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