第86話 臆病者


「嘘だと......? そんな訳あるかよお前の仇は目の前にいるんだぞ? 早く殺せっ! 俺を殺してお前の復讐を終わらせるんだよ!」


「なぁ......何をそんなに焦ってるんだお前は」


「は......? 焦ってなんかいねぇ! こんな身体になっちまった俺を殺せるのはお前くらいしか居ないだろ......?」


「殺すさ......でもそれはお前の口から真実を聞いてからだ」


「真実......? さっき言ったことが全て真実だ......! たまたま見かけたお前の母親にストーカーして犯して殺した.....そして俺はお前と出会ってあの時の女の子供だと知りいじめを指示した。それだけだ!」


「ああ確かにそう言ったな......だがお前は焦りの所為でたった一つ・・・・・の重大な矛盾点をうっかり喋っちまったんだよ」


「なんだと......? 俺は何もおかしなことなんか言ってない! お前の母親を殺した凶器の事だって......!」


「確かにそうだな。でもそれはお前が事件の重要な関係者だと裏付けるものであって犯人だという証拠は何一つ無いんだ」


「ふざけんなよお前! 適当な屁理屈こいてんじゃねぇ!」


「じゃあもう一度聞くが......お前は俺の母親をどう犯して殺したんだ?」


「そりゃお前の母親の下着をビリビリに破いて犯して中に出したあと剣で滅多刺━━」


「そこだよ......俺は母親の検死報告を受けた時現場に発見された薬物の反応が体内から検出されなかった。そしてそれと同時に犯人の体液も一切検出されなかった・・・・・・んだよ━━!」


「っ......!」


「それだけじゃない、お前はさっき総理に向かって『性欲の権化のドクズ』と言った。実の親父にクズと激昂するほど性に潔癖・・・・な男が中学生の時に自分の親と同年代の女性を犯して殺すなんて普通考えられない。お前はお前自身で自分の犯行を否定していたんだよ! それでもまだお前が犯人だと言うなら俺を納得させるだけのモノを揃えて証明してみせろっ!」



 俺が突きつけた言葉に少しため息をついて俺から目を逸らし、諦めたように口を開いた。



「......そうか......どうやら俺の嘘もここまでのようだな......」


「カッコつけた言い方すんじゃねぇ......! 俺の母親をぶっ殺した本当の犯人は誰なんだ......! 俺をあの日ホームから突き落としたヤツは誰なのかお前の口から言えっ!」


「言うよ......お前の母さんを殺した張本人......その人の名前は......









 虎谷柊こたにひいらぎだ━━!」






「虎谷柊......! 氷川が口にした噂の警察庁長官か!」


「ああ......通称『H.K』とはその人のことだ。但しそれは全て表向きのモノだけどな......」


「それはどういう意味だ?」


「......全てをひっくり返して・・・・・・・みれば頭のいいお前なら直ぐに分かるよ」


「......しかしその名前を言ってもお前は即座に爆散しないんだな。氷川の時とは随分待遇が違うようだ」


「まあな、あの人は俺と違って柊から全く信用されてなかったから仕方ないよ。それでも俺もこの名前を言ったらあと5分で同じ運命を辿るけどな」


「ほう......そんなに高待遇なんてソイツとは随分仲がよろしかったんだな。税金で過激ダンスショーでも開いてSMプレイを2人で楽しんでたのか?」


「そんなもんじゃないさ......。この身体になったのもその人の為......俺にとってその人はどん底の人生から俺を救ってくれたたった1人の恩人なんだ。だからその人の為なら俺はどんな事でも尽くせる......!」


「尽くせる? それが人の母親を見殺しにする事か? 友達がいじめられている事を知っていても心配する素振りを見せて目を瞑る事か!?」


「友達か......だがお前だって俺の立場だったらどう考える......!? 自分の恩人の所業には目を瞑り、黙って力になる事しか出来ないだろ......!? それにあの時はお前の母親だったと知っていれ━━」



 ト゛ス ッ━━!



「ふ゛く゛ぉ っ.......!」



 こいつの自分勝手な言動に腹が立ち、気が付いたら司の顔面をもう一度ぶん殴っていた━━。



「話をすり替えるなよ下僕野郎......何が恩人のためだ! 目の前の殺しを見て見ぬフリをしていた癖に偉そうな事ぬかすなよ......! お前の心理はソイツに見捨てられる事をビビって現実から目を背けたただの共犯者に成り下がった臆病者だ! 俺の母親だと知ってたらなんだ? まさか止めていたなんて言い訳でもするつもりか? ふざけんな! そもそもお前らになんの罪もない弱者を殺す権利なんてあると思ってるのか!? 人より少し偉い学級委員程度の権力を身につけたくらいで思い上がるなよ!」


「確かに俺にはそんな権利無いよ......。しかしあの人にはあるんだよ......あの人自身もそう思っている━━!」


「......なんだと!?」


「公にはしていない事だがあの人は人智を超えた力を持ってる......パンチで地面にミステリーサークル作るお前も充分おかしい、だがあの人も最早人間と呼んで良いのか分からないほど強大な存在だ。そしてそれは俺と一緒の血をその人が摂取する前からな━━」


「それはどういう事だ......?」


「それは......俺の過去も含めて少しだけ話しを聞いて貰っても良いか......?」


「......分かった」


「ありがとう。俺の母親"亜門莉里あもんりり"は昔大神に無理やり愛人にさせられて子供を孕まされた......それが俺さ。そして母はそれを大神に伝えると最初は産んでくれと言っていたらしいが産まれて一年後......ヤツは突然口止め料として端金だけ払って母さんと俺を捨てたんだ。バラせばお前らを始末するって脅しも付け加えてな......」


「......だからお前はヤツを父親じゃないと言ったのか」


「ああ.....でもその所為でそこからは酷かったよ。母親からは八つ当たりとして何かある度に敢えて服で隠れる部分をブン殴られて身体はボロボロ、物心がついて認識した最初のセリフは『お前なんか生まなければよかった! お前のせいで私の人生は台無しだ!』って涙垂れ流して言われた言葉だったよ......」


「当然幼稚園なんてまともに通わせてもらえず母親に監禁されてサンドバッグの毎日だ。なんとか小学校に上がった時も予定帳すらまともに買わせてもらえなかった......200円しないものを買わせてもらうのに親に土下座までしてさ。服だっていつも破れた半袖で冬なんか親が捨てた服を俺は自分の半袖シャツに縫い合わせてわざわざ長袖にしてたんだぜ......? 食い物だって碌に貰えなくて近所のコンビニから出たゴミをカラスと一緒に漁ってたよ......。当然友達だっていやしねぇ......臭ぇだなんだって毎日イジメられてさ......トイレの水飲まされてブラシで擦られたり、ライターで炙られたりして毎日居場所がなかった━━」



 司の幼少期の過酷さに俺は思わず言葉が詰まる━━。



「それでも周りは何も手を差し伸べてくれなかった......教師だって俺の存在なんか無視して他の児童にかまけて学校もみて見ぬふりをしていたからな。まさに腫れ物扱いさ......だがそんな時その人に出会った━━」


「それが虎谷柊か......」


「ああ......あの人は俺の親父を経由して母親に交渉し、俺を母親から切り離してくれた。その後俺は柊の管理下に置かれ、完成間近の血を自分の身体に流し込まれたよ......そして実験は成功したんだ」


「そしてお前は忠実な下僕になった訳だ」


「......そうだ。俺の居場所はそこだけ・・・・にしかなかったからな」


「なぁ......一つ気になるんだが柊はなぜそんな実験をしていたんだ? お前なら何か知ってるはずだろ」


「詳しくは知らないが『自身の器を強化する為』らしい。まぁあの人にとってはゲームのステータス強化と同じ感覚なんだろう......そんな事しなくても十分強いんだがな。だがそんな強い人間でも一時期体調を崩してとある病院へ一時入院する事が一度だけあった。アレは確か......アレキサンドブラッドを接種する前で中学2年の終わりくらいかな」


「入院......?」


「ああ、でも数週間で退院したけどな。そしてお前のお母さんを柊が殺したのはその後だったよ......。俺から最後に話せる事はコレが全てだ━━」


「そうか......」


「これで......これでやっと死ねる......。お前やお前の母さんに罪の意識を感じながら生きていくのはもう限界だったよ......」


「......」


「俺はさ......今まで生きてきて辛い事しかなかった......。親はあんなクズで友達なんかずっと居なかった。でも高校に入ってお前や青海と出会い、4人で他愛もない会話をして毎日過ごして......初めて居場所を見つけたと思えた......そんな日常がずっと続けば良いなんて淡い想いを抱いていたよ......。お前には迷惑な話かもしれないが俺はお前の事を本当の親友だと思っていたんだぜ......?」


「......だからお前は俺の墓に御供物を供えていたんだろ? 万季と同じように」


「墓を見たんだな......。それが死んだお前に俺から出来るせめてもの罪滅ぼしだと思っていた、でもやった罪は一生消えないんだ......。さぁ真央......俺が爆死する前にトドメを刺せ、そしてお前の復讐を成し遂げてくれ......!」


「言われなくても送ってやるよ。お前にどんな辛い過去があろうがお前は真の黒幕を庇い俺を裏切っていた......それは絶対に許されない......。ここで終わらせてやるよ━━」



 司は覚悟を決めたように目を瞑りその場に正座で座り込む━━。



「......最後に言い残す事はあるか?」


「ああ......少しだけ耳を貸してくれ......」



 司は俺の耳元でとある思いを囁いた━━。



「っ......!」


「真央......本当にすまなかった......お前とはもっと違う形で出会いたかったな......」


「......俺もだよ。じゃあな司......」



 ズシャァッ......!



「っ......」



 俺は左手で司の心臓を引き抜き、ヤツは苦しそうな顔をして大量の血を流しながらその場に倒れた。

 そしてその傷は再生する事無く、ニ度と立ち上がる事は無かった......。



「また会えるさ......だから先に地獄で待ってろ。そして......アイツもお前の元に送ってやる━━」



 俺は親友だった男を殺した事実に張り裂ける心の痛みをなんとか抑えながらレイが待つ自宅へと転移魔法を使って戻った━━。



*      *      *



「ただいま......」


「おかえりアイラ━━」



 レイは俺の顔を見ると優しい眼差しで俺にそう声を掛けて思いっきり抱きしめた━━。



「っ......レイ......」


「何も言わなくてイイ......ワタシがアイラの苦しみ痛みを全て背負ってあげル......。だからワタシの前だけは無理に強がらないで甘えて良いんだヨ......」



 そう言って抱きしめるレイの体は相変わらずひんやりとしていたが、強く抱きしめるレイの想いに心の底から暖かいものが込み上げそれが涙へと変わって俺の頬を伝った━━。



「っ......ありがとう。今回ばかりは......流石にちょっと辛かった......」


「大丈夫......大丈夫だよアイラ、これからアイラに降り注ぐ不幸はワタシが守ってあげル。だから......










 明日から手錠つけてワタシとお部屋でずっと暮らそうネ......?」


「......はい?」



 カチャッ......。



「あ......コレ終わったわ━━」

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