第19話 公の正義と裏の正義


「じゃあまず......一つ聞いて良いかな?」


「はい......何でしょうか?」



 中年のイケオジ刑事が真剣な眼差しで口を開いた━━。





















「君、女にモテるだろ......」


「......は?」



 何言ってんだコイツは......このオッサンは本当に刑事か?


 そう思っていると横にいた女刑事が般若のような顔でオッサンの肩をぶっ叩いてツッコミを入れる。



「ちょっと鷲野さん! 今その話関係ないでしょ!? 一体何の聞き込みをしてるんですか!?」


「いやだってすげぇイケメンじゃん!? というかそう言ってる東海林ちゃんも明星くんに見惚れてただろ?」


「なっ......! そそそんな事無いですよ!」


「誤魔化すなよ、焦ってめちゃめちゃ噛んでるのが何よりもの証拠だからな? 何はともあれオジサンくらいの歳になるとモテる男はオーラで分かるんだよ明星くん......」


「はぁ......」


「俺も昔は君くらい......いや君以上にイケメンで死ぬほどモテてたから君の苦労も分かるよ、うんうん!」


「いやいや鷲野さん、絶対見栄張ってるでしょ」



 このオッサンのドヤ顔ムカつくから俺も女刑事の話に乗っかってやろう━━。



「見栄ですかぁ......めちゃオジが過去の栄光を語る時程虚しいものは無いですもんね。はははっ!」





「め、めちゃオジ!? オジサンが過去の栄光を語って何が悪い! 今君は完全に全国のオジサンを敵に回したぞ!」


「はいはい! もうめちゃオジの僻みはいいですから聞き込み始めますよ!」



「お前までめちゃオジって言うなよ......」



 おふざけは終了して本格的な聞き込みが始まった━━。



「君は3週間くらい前からこの学校に転入してきたんだってね? もうこの学校には慣れたかな?」


「はい、皆良い人が多くてすぐに仲良くなれましたよ」



 いいや、クソ野郎ばかりだよ━━。



「そうか......前の高校はどこに通ってたの?」


「前は通信制の高校です。僕は当時施設にいたのですが、今は養子縁組してこの高校に通わせてもらってます━━」


「なるほど......でもこの高校はこの辺りでも有名な進学校だ。通信からだと勉強の進捗も違うし少し大変じゃなかったか?」


「確かに大変でしたけど何とかなりましたね。それよりさっきから僕自身の事ばかり聞いてますけど、いつ本題に入るんですか?」



 俺の言葉に鷲野の顔が先程とは違い少し真剣になる━━。



「すまん......ついイケメンのプロフィールを知りたくなってね、ハマったアイドルのRikipediaをついつい見ちゃうアレと同じさ。では話を変えるが転校して間もない君は亡くなった富田君と親交はあったかい?」



 このオッサンと話してると少し調子が狂うな......。



「少しだけありましたよ、向こうから話しかけてきて少しだけ話すように━━」


「そうか......彼が殺される前日に彼の醜態を晒す動画が拡散された時も変わらずに?」


「あー......富田君はその件でみんなに避けられたりしてたけど僕にはそんなの関係ないですよ。本当かどうかも分からないただ・・の動画なんで━━」


「確かに今ディープフェイクとか流行ってるもんな。君は人の本質を見て判断するタイプなんだね、今時の若者にしては珍しいよ」


「どうもです。じゃあ僕はもうこれで帰って良いですか?」


「ちょっと待ってくれ。富田守が殺された日の晩に君は一体何をしてた?」



 来た......!



「......学校から家に帰ってずっと部屋に居ましたけど」


「そうか......。念の為この後君が住んでるマンションの防犯カメラを見させてもらって君が本当に家に居たか確認させてもらうよ」


「そうですか......。でもそこまで確認するなんてもしかして僕の事疑ってます?」


「まさかぁ、そんな事はないよ、あの時間に何をしてたかは全員に聞いている事だからね。それにニュースで少しは知っていると思うが、富田親子の殺され方はテレビじゃとても表現できない程恐ろしく残虐な方法で殺されていた。そんなことを高校生の君がやったなんてとても・・・思えないからその辺は安心してくれ」


「なら良かった。僕は気が小っちゃいんで疑われるとか誹謗中傷とかそういうのにメンタルがとても・・・やられるんですよ」


「悪い悪いそんなつもりは無かったんだ。それと最後に一つ聞いて良いか?」



 彫りが深いオッサンの顔に更に険しさが増す。

 それはまるで獲物を威圧する猛獣のような目つきだった━━。



「......何ですか?」








「君は......黒羽真央を知っているか━━?」





「はい......知ってますよ」



「......何故知ってるんだ?」


「僕の席に昔座ってた人が彼だったと教えてもらったからです。そして偶然ですが僕を引き取ってくれた人が後見人になっていた人物が彼でした。というか刑事さん、この事を事前に知ってて僕が嘘つかないか確認しながら聞いてますよね? 意地悪だなぁ......」


「鋭いねぇその通りだよ.......。だが騙すつもりは無かったんだすまない、少しでも嘘をつかれちゃうとオジサンたちの捜査に支障が出ちゃうからさ」



 絶対に嘘だ......明らかに俺の失言を狙って発言してただろ。これだから警察は嫌いなんだ━━。



「職業病ってやつですか? 勘弁して下さいよぉ警察に疑われるなんて一般市民の小心者には"いのちSOS"に掛けたくなるくらいダメージ負うんですから」


「本当に申し訳ない、ではこの辺で......御協力ありがとう。また何か聞きたい事があったらその時はまた協力してくれるとオジサンは助かるんだが━━」


「別に構わないですよ、じゃあまた」



 俺は立ち上がって生徒指導室のドアノブに手を掛ける━━。



「そうだ、最後に一つ......」


「また最後ですか? 子供がよく言う『一生のお願い』と同じくらいくどいですよ」


「すまんすまん、歳取ると物忘れが酷くてさ......君と多田井由美さんをストーカーしたあの男なんだが━━」


「あー、あのおっかないフードの男ですね。その人がどうかしました? 捕まったんですか?」





「いや......自殺してたよ━━」





「自殺ですか......ならゆーちんは2度とそいつには襲われる心配が無いですね。良かった」


「え......? ああ確かにな。じゃあまた会おう明星君」



 俺はドアを開けて2人の元から去った━━。



*      *      *



「ふぅ......疲れたぁ......何が小心者だよ全く。東海林ちゃん、今聞き込みした明星くんをどう思った?」



 俺は聞き込みの緊張から解放され椅子に深く寄りかかり、ネクタイを緩めながら東海林に彼の印象を投げかけた。



「うーん、確かに出生など少し怪しかったですが今時の高校生って感じですかね? 頭の回転が早い事と周りに左右されない芯の強さ、そして何よりダントツにイケメンって事くらいしか私には......」


「そうか......やっぱりまだまだケツの青いヒヨッコだな━━」


「悪かったですね! どうせまだヒヨッコですよ! なら鷲野さんには一体彼がどう映ったんですか?」


「俺って今まで色々な犯罪してきた奴らを捕まえてきたんだけどさ......例えば連続殺人犯とかプロの殺し屋とかヤクザとか、日常生活で平然と人を殺せる雰囲気の目をした連中な。だが今対面したイケメン高校生は今まで見てきたどんな凶悪犯よりも━━」


「よりも......?」












「簡単に人を殺す"狂犬"の目をしていたよ━━」




「っ......」


「ありゃ高校生のガキが纏って良いオーラじゃねぇ.....まるで地獄から蘇った悪魔のソレだ。全く末恐ろしいよ━━」


「私にはそんな......ホントですか......?」


「考えてもみろ、俺が最後に言ったストーカー男に対する彼の解答。アレ普通じゃねぇぞ?」


「......どういった所が?」


「普通襲われて恐怖した立場の人間は襲った奴が死んだと聞けば驚いて何も言えない、もしくは一瞬胸を撫で下ろすけど不安な状態のままのどちらかなんだ。だが彼は平然とした態度で『2度とそいつには・・襲われる心配が無いですね』と言いやがった。あれは今後似たような奴が出てきても片っ端から始末出来る思考の人間だけが言える嫌味・・を込めたセリフだよ━━」


「......恐ろしいですね」


「だろ? とりあえず東海林は富田親子の方を捜査してくれ、イケメンと黒羽の関係は俺が調べる」


「え? でも私に黒羽の件を洗ってくれって......」


「いや......東海林ちゃんがミスって奴に察しをつけられるとヤバい雰囲気がビンビンだからな。未来ある若者よりここは老兵の出番さ━━」



 一通り喋った俺はポッケからタバコを取り出して火を付けようとするが......。


「校内は禁煙ですよ鷲野さん━━」


「......世知辛いねぇ」


 すぐに東海林にタバコを取られて一服させてもらえなかった━━。



*      *      *



 刑事からの聞き込みを終えた俺は廊下を歩きながらさっきの事を振り返っていた。


 あの鷲野って刑事めちゃくちゃ勘がいいな......。

 たった数日で富田と俺、そして黒羽との関係まで突き止めてやがる。

 だがいくら防犯カメラを見ても遺留品や証拠を探っても現時点では俺に辿り着けないだろう。

 おっさんたちが汗水垂らしてる間に俺は次の復讐を始めるか......次は誰に━━。







「あのー明星亜依羅君だよねぇ? ちょっと良いかなぁ......?」



 気怠そうな声で俺に声を掛けたのは俺を虐めた人間のうちの1人である《笛吹瑠衣子ふえふきるいこ》だった━━。

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