第18話 初対面


「アイラ......何でここに......?」


「察しが良いのはゆーちんだけじゃ無いんだよ。駅で僕と別れる直前から陰湿な気配を感じてたから気になって来たんだ」


「......そうなの?」



 アイラは妙に落ち着いた態度と表情で私の前に立って男との距離を取ってくれた。



「ただ電車を乗り継ぐ途中で一瞬見失ってさ、遅れてごめん━━」


「ううん......ありがとう。ほんと助かった......」


「礼なんて良いさ。僕は『あいらぶゆーちん!』の下僕だからね」


「私の挨拶で私をイジるなぁ......」



 そのふざけた態度の背中に安心しきった私は思わず彼に身を預けた━━。



*      *      *



 俺はゆーちんの前に立って男から彼女を遠ざけると男はヨロヨロとしながら立ち上がった。



「お前ぇ......俺とゆーちんの邪魔をするな! こんな所までゆーちんを追いかけるなんてストーカーだろ!」


「そのセリフはそのまま返すよ包○頭。フードキャラのイキりが許されるのはアサ○ンクリードだけなんだよ、出直してこい」


「おちょくってんじゃねぇ! 俺がその女に幾ら注ぎ込んだと思ってるんだ! ゆーちんから離れろ!」



 俺の挑発に男はフードの下からでも分かるくらい顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。



「いい大人が年下の女に勝手に押し付けた金に文句言うなよ恥ずかしい。そんなに言うなら2度とスマホの決済画面をタップ出来ない身体にしてやろうか?」


「なんだと! お前みたいに何の苦労もせずにチヤホヤされてきた奴に俺の何がわかる!」


「アンタと僕は今出会ったばかりなんだから何も知るわけないだろ。それよりゆーちん、もう警察に連絡しちゃった?」


「うん」


「そっか......なら大袈裟にできないな......」


「......何か言った?」


「ううん、何でもない」


「なにコソコソ喋ってんだお前! ゆーちんから離れろ! お前から殺してやるっ!」



 男はフラフラの身体で俺にナイフを向ける。



「酔っ払いみたいな千鳥足でよく言うよ。ゆーちんは先に逃げて」


「え!? でもアイラが!」


「大丈夫、僕はこう見えて刃○道読みまくってるからこんなヤツなんか問題ないさ。さぁ人が居るデカい通りに早く逃げて!」


「......分かった!」



 ゆーちんは再び全力走り路地裏を脱出して俺の視界から消えた。



「くそぉっ! 邪魔すんな! ゆーちんは俺の物なんだぞ! 死ねよお前ぇぇっ!」






 ヒュンッ━━!





 俺は襲いかかる男のナイフを軽々と避け、一瞬で奴の背後に立つ。



「そんな......一瞬で俺の背後に......!」


「驚くのはまだ早いよ。《スペクルム邪神の写鏡》」


「お、お前.....その姿......!」



 奴は俺が変身した姿を見て驚愕する。



「こんばんは......レッドモンキー(仮)だよ━━」



 俺はこれから奴を始末するため、フードの男の服装から姿形まで瓜二つに変身した。



「ひっ! ばっ......化け物っ! お、お前ドッペルゲンガーなのか!」


「残念、不正解だよカスナー君。スパチャは没収だな」



 男が驚いて硬直している間に俺は男が握っていたナイフを奪い取り喉元に突きつける━━。



「やめろ......お前何をする気だ! もし俺をこの場で殺したらお前は殺人犯だぞ!?」


「ご忠告どうも。でもそれは僕本来の姿で君を殺せばって話だよね? しかし今の僕は毛先から性癖まで全て君そのものなんだ。つまり......僕の言いたいことは分かるよね?」


「まさか......」








「そう......

 自殺になるんだよ━━」




 男の顔は全てを悟ったように絶望に染まる。



「わ......分かった! もう二度とゆーちんには近づかない! だから見逃してくれぇぇっ!」


「いいや駄目だ、今からコレに遺書でも書け。『ゆーちんに振られたので死にます』ってさ、もしコレを断れば......お前の一族ごと殺しちゃうぞ?」


「そんな.....」



 俺は奴の財布からレシートを抜き取り、今日生配信の事についてメモをするために持参していたペンを指紋を拭いて渡した。



「......うぅっ......」



 男は指先を震わせながらレシートに汚い字で俺の言った通りの文を書き終える。

 それを見届けた俺は自殺に見せかけるようにする為男の手を掴み、強制的にナイフを握らせてゆっくりと絶望を味わせるように首へとナイフを当てる。



「なんで......大人しく言われた通り書いたじゃないか! それだけはやめてくれよ! 頼むから!」


「いいや死ね......そもそも君はたった今自分で遺書を書いたじゃん、だから死んでくれよ。それに今ここで君が死ぬことによってお前みたいなモンスターを今後生み出す抑止力になるかもしれないんだ。だからお前にはそのプロトタイプになってもらう━━」


「頼む......お願いだ......! なんでもするから殺さないでくれ......!」


「シーッ、あんまり騒ぐなよ御近所迷惑でしょ? 自傷行為ってのはなかなか死ねないが頸動脈を切れば短時間で昇天できるよ。てことで首スパしてあの世からゆーちんに赤スパしてくれ、バイバーイ」



 サ゛シ ュ ッ......。



「はが......っ.......」



 首からおびただしい量の血が吹き出る直前に俺は奴から離れ血を浴びるのを防ぎ、死ぬのを見届けた後現場を離れた━━。



*      *      *



「あっ! アイラ!」



 ゆーちんの所へ戻ると彼女は交番の前で警察官と一緒に立っていた。



「お待たせ......全力で逃げたらなんとか撒けたよ」


「良かったぁ...お巡りさんに話をして今犯人を探してもらってるからもう大丈夫だよ! 本当にありがとうアイラ......」



 俺を見て安心しきったのかゆーちんは涙目になりながら抱きついてきた。

 それを見た警察官は気まずそうに一瞬目を逸らす。



「とりあえず男の子の方も無事で良かったね。帰る前に少しだけ話を聞かせて欲しいんだけど良いかな?」



 俺は言われるがままに交番の中に入り警察官にある事無い事適当に喋ると直ぐに解放された。

 その後はゆーちんを自宅のマンションまで送り届けてから俺は家に帰った。


 そして数時間後......レッドモンキーは無惨な姿で警察に発見された━━。



*      *      *



 月曜日━━。



 「おはよー」



 俺はいつものように教室に入るとみんながこっちを注目していた。

 そしてその中には司と龍崎さんやゆーちんの姿もあり、ゆーちんに至っては当たり前のように俺の椅子に座っていた。



「おっ! ヒーローの登場だな!? ゆーちんの動画見たぜ? お前不審者からゆーちんを守ったんだってな!」

  


 ゆーちんのヤツもう動画で報告したのか?

 あんなに怖い思いをしたのにネタにするなんて流石プロ意識高いな━━。



「ああ......たまたまね。僕もすぐ逃げたし大したことはしてないよ」


「謙遜するなよ、そういうのっていざとなるとなかなか出来ないもんだぜ? 大した奴だよお前は!」


「ホントだよね! 司だったら私置いて速攻逃げそうだもん」



 司の褒め言葉にすかさず龍崎さんがヤジを飛ばす。

 相変わらずだなこの二人は━━。



「そらそうよ、お前は合気道と剣道が鬼のように強いから逆に襲う立場だろうしな」


「ほほぉ、司は可愛いレディに向かってそう言うこと言うんだ......へぇぇぇぇ」


「っ! ごめんなさい......」



 なんか今一瞬龍崎さんの後ろに阿修羅が見えたような......?


 俺は龍崎さんのオーラに圧倒されながら自分の席に鞄を置いた。



「はぁ、にしてもまた俺の席に座ってるのかお前は......!」


「い......良いじゃん別に座っても。アイラとは朝と昼しか普段は会話出来ないんだし......」


「まあ確かにね、それで何の用? あの後何かあった?」


「うん、あの後緊急で動画回してファンの人に向けての注意とアイラの活躍を報告したら結構な反響でみんなに知られちゃってさ......。勝手に話題にしてごめんねって言いたかっただけ」


「そんなの別に気にしなくて良いよ。そもそも初対面で盗撮してきたヤツに今更デリカシーを期待してないからな。ギャラさえ払ってくれれば全く問題無いよ...ぶはははっ!」


「言い方......! あの日はあんなにかっこよかったのになぁ......。そうそう、ウチの事務所の社長がアイラに会いたがってたから今度予定空けといてね」


「マジ!? もしかしてバーチャル配信者のぼったくりコラボカフェにでも連れてってくれるのかな?」


「......アンタそんな事言ってるといつかファンに殺されるよ? じゃあまたね!」


「もう昨日殺されかけたわ......」



 ゆーちんが教室を去ったと同時に担任の秋山が教室に入ってきた。



「はい、みんなおはよう。今日は警察の方が富田君の件で聞き込みに来るから放送で呼ばれた生徒は生徒指導室に行って捜査に協力して下さい」



 ついに来たな......もし呼び出されたらどんな奴が捜査しているか顔を拝んでおくか━━。



*      *      *



《1年D組の明星亜依羅君。至急生徒指導室に来てください》



 いよいよか......。


 俺は教室を出て進路指導室の扉を開けた。



「初めまして、刑事の鷲野獅郎しゅうのしろうです。こっちの女性は━━」


「初めまして、東海林紗蘭しょうじさらと言いますよろしくお願いします」



 俺の目の前に現れたのは中年の渋い刑事と若いキリッとした顔をした美人刑事の二人だった。



「初めまして、明星亜依羅です」


「明星君か......よろしく。じゃあそこに座って幾つか質問に答えて貰えるかな?」


「はい、よろしくお願いします━━」

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