第4話 天国から地獄


 夏祭り当日の夜、俺は待ち合わせ時間より少し早く到着していた。

 今日は万季の隣に居ても恥ずかしくないように俺も浴衣を羽織り、精一杯のオシャレをしたけどちゃんとしたデートなんて初めてなので緊張が止められなかった━━。



「お待たせ」


 

 いつもの聞き慣れた声を感じて振り向くと、いつもとは雰囲気が別物の美少女が手を振っていた。

 

 薄紫を基調としたその浴衣は清楚な万季にはピッタリで、髪をアップさせてかんざしでまとめているその姿はどこか大人の雰囲気で色っぽく感じてしまい余計に緊張した。



「あ......全然待ってないよ」



 見惚れて上手く喋る事が出来ない......。



「ありがとう、真央その浴衣似合ってるね」



 俺が先に言いたかったことを言われてしまった......。



「あ......ありがとう。万季もその......浴衣めちゃくちゃ似合っててやばいくらい可愛い......」



 女性経験が皆無に等しい俺が精一杯の気持ちで言えた褒め言葉だったけど、万季は少し顔を赤くして笑ってくれた。



「ありがとう。真央に言われると嬉しい...一生懸命オシャレした甲斐があったなぁ」


「いえいえ、俺の為に一生懸命時間かけてくれた事に俺の方がお礼言いたいくらいだよ。じゃあいこっか」



 俺は万季の隣に立って歩き出そうとしたが━━。



「ねぇ......手......繋がないの?」


 

 万季が少し俯いて手を差し出す━━。



「いいの......? 繋ぎたかったけど緊張しちゃってさ......」


「何言ってるの? 私たち初対面で握手したじゃん今更緊張しないでよ。それに私は真央と手を繋いでいたいの......」


 その言葉に俺の心臓は高鳴り全身から汗が吹き出しそうになった。



「分かった......手汗でコケが育ってるけどその辺は許してね」



「まーた訳わかんない冗談言う...そんなの気しないから繋ごっ」



 俺たちはまるで恋人のように手を繋いで祭りの屋台が犇く道を歩き出した━━。



*      *      *



 この後は2人で祭りを堪能した。

 射的をして競い合ったり、りんご飴を買って一緒に食べたり万季が欲しいと言ったヨーヨーを買ったりした。


 今日は時間を掛けてオシャレをしてもらっていたので俺のお小遣いは万季に全額BETした。



「いっぱい買ってもらっちゃった。ヨーヨーもありがとうね」



 そう言ってヨーヨーを嬉しそうにパタパタを叩く万季が大人っぽい雰囲気とのギャップで一層愛おしくなった。



「そんなの気にしなくて良いよ、それよりほら......」



 俺が指を差したその先では大きな花火が夜空に打ち上がった。

 色とりどりの大きな花火が夜空に輝き、その度に万季を淡く照らす━━。

 


「綺麗......」



 万季はうっとりとした表情で花火を眺めていた。


 万季の方が綺麗だよ......とは声に出していえなかったけど......この気持ちを今伝えよう......。



「万季......俺の方を向いて欲しい......」



「ん......?」




「俺......万季のこと好きなんだ。あの日下駄箱で出会った日からずっと......。だからもし良かったら俺と付き合って下さい」



 俺は心臓が飛び出そうなくらいの緊張を必死に抑えて万季に告白した。






「はい......よろしくお願いします。私もあの日に一目惚れしてずっと好きでした......」



 万季は瞳を潤ませて少し震えた声で俺の告白を了承してくれた。



「やった......! 俺......今人生で一番幸せかもしれない......」


「私も......幸せだよ......っ......」



 俺と万季は何も言葉を交わさないままお互い顔を近づけて口付けを交わした瞬間、最後の大きな赤い花火が打ち上がった━━。






「大好き......」



*      *      *



 俺と万季は夏祭りの日から正式に付き合うことになった。

 だけどクラス内で揶揄われるのが嫌だと言った万季の気持ちを汲み取りお互いが付き合っていることはまだ内緒にすることにした。


 そして万季とスマホでのメッセージは付き合った日から甘々な内容が多くなり、毎日会っているにも関わらずスマホの通知が来るのが楽しみで仕方なかった。


 万季と触れ合っている間だけは母さんの事やあの日受けた警察の尋問、近所の人や中学で受けた嫌な思い出が少しだけフラッシュバックするのを抑えられた。


 それから色々な行事を2人で過ごし更に仲は深まって半年以上が経ったある日、俺は万季の誕生日にプレゼントを用意して放課後にサプライズで渡す準備を整えていた━━。



「ベランダに隠れて万季が教室に戻ったところを飛び出して驚かそう。万季のびっくりした見たいもんね......」





 俺は誰もいない教室のベランダに隠れて万季が来るのを待った━━。




 

 そして30分位経過した時、廊下の方から足音と話し声が聞こえた。

 この声は万季かな? いや待てよ、足音が二つ聞こえる......万季と......あと1人誰だ?


 俺は耳を澄ますとその声は男の声だった。

 その声に対して万季は話し慣れたような口調で受け答えしていた━━。



「なぁ......良いだろ?」


「うん......勇樹が本当に━━ないって言うなら......」



「本当だって......それにお前は昔から俺のこと好きだったろ? でも入学してからは━━」



「それは......」



「ったく......良いからさっきの続きしようぜ......俺━━よ」



 さっきの続き......? なんのことだ......?



「......うん......分かった......これが━━」



「ああ......誕生日おめでとう......万季......」



 俺は男のセリフを聞いた瞬間にベランダの窓から勘付かれない様に中を覗くと男の正体は学校一のイケメンモテ男と言われている氷川勇樹ひかわゆうきの姿だった。


 そしてそいつの隣にいるのは紛れもなく俺の彼女である万季だったが、誰にも見られたくないのか辺りをキョロキョロ見回していた。

 

 そして誰も居ないと感じた万季は次の瞬間氷川の首に腕を巻きつけ背伸びをして━━。












「......好き━━」












 自分から求めるように氷川と口付けを交わした━━。






 そんな......万季が......。



 俺はその光景に動揺してバランスを崩してしまった。



 ガタッ......!



「誰だっ!」



「こ......こんにちは......」



 俺は氷川を目線を合わせ、あろうことか挨拶をしてしまった━━。



「お前......まさか盗み見か?」


「真央......そんな......」



 怒りの表情を浮かべる氷川と、対照的に青ざめた表情の万季が俺の目に焼き付いた。



「いや、友達を待ってたら2人が来て出づらくてそれで......ごめん邪魔したね......」



 おれは精一杯の笑顔を浮かべて足早に立ち去ろうとするが、それが気に入らなかったのか氷川に睨まれながら止められた。



「お前......もしかして万季に集るストーカーの1人か? なら安心しろ、お前みたいなナヨナヨしたヤツが纏わりついても万季はこの俺が守るから無駄だ。それから......この現場を盗み見た罰として明日からのお前の学校生活台無しにしてやるから覚悟しとけよ......?」


 氷川はまるで悪魔のような表情を浮かべて俺を睨みつける。

 その顔は今まで関わってきた人間とは違う何かゾッとした物だった━━。



「真央......違うの......! これは......!」



「2人共、本当にごめんなさい......それでは」



「じゃあなクソ雑魚負け犬くん。さぁ続きをしようぜ万季━━」



 俺は逃げるように学校を出ると、さっきまで我慢していたモノが溢れ出した。


 万季との最初の出会いや一緒にお弁当を笑い合いながら食べた事、帰りは一緒に帰って勉強して遂にあの夏祭りを迎えた日。

 その後のクリスマスには一緒にイルミネーションを見に行ったり初詣もしたっけ......。


 でもそんな万季との生活は全部嘘で、本当はあの文武両道でイケメンの氷川が本命だったんだと思うと余計に惨めな気持ちになって涙が止まらない━━。


 そんな気持ちに八つ当たりするように俺はプレゼントする予定だったブレスレットを帰り道のドブ川に放り投げて家に帰った。




「母さんごめん......。俺はまだ彼女紹介できそうに無いや......」




 俺は仏壇に手を合わせた後、通知が鳴り止まない携帯の電源を切った。


 でも俺はこの時まだ知らなかった......この苦しみはまだ始まりに過ぎなかったんだと━━。


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