第2話 疑いの目
救急隊員が到着した後すぐに警察に電話をしていた。
電話を終えた彼らには警察が来るまでの間母さんの身体は触ってはいけないと指示され、俺はリビングのソファで茫然としていた━━。
『母親のこんな姿を見ることになるなんて......かわいそうに......』
救急隊員がボソッとこぼしたセリフにハッとした俺はテーブルのケーキとゲーム機が寂しく置いてあるのを見て再び涙が溢れる。
母さんはもう帰って来ないんだ......。
そして警察が到着し母の遺体の確認して俺に話しかけてきた。
「君が息子さんで第一発見者かな......?」
「はい......」
「この度は。ちょっと周りを調べさせてもらうね」
警察官は部屋を調べ始めると何かを見つけたのか動きを止めて俺の方に向かって来た。
「部屋の中からコレが見つかったんだけど君は知ってたかな......?」
その手に持っていたのは透明に近い白い粉末が入った袋だった。
そしてこの時の警察官の冷たい顔は今後も忘れる事の出来ない顔だった━━。
「いえ......何ですかそれは......」
警察官は溜息をついて俺を睨みつけて答える。
「コレはね......恐らく覚醒剤だよ、一部では"アイス"っていう呼ばれ方をしてるがね。今中高生の間で流行ってる薬物の一つだ......君は本当にコレに見覚えは無いのか?」
そう......この目は冷たい顔なんかじゃない、人を疑っている目だ━━。
「こんなの見覚え無いです! 何でそんなものが家に......母だってそんなもの使ってませんっ!」
「そういうのは調べないと分からないから。とにかく君には一旦署に来てもらうよ、第一発見者でもあるしね」
「そんな......。でも母さんは病院に......」
俺の言葉に救急隊員の人が声をかけてきた。
「申し訳ない、蘇生の見込みがない方は救急車に乗せられないんだ......だから後は警察の仕事になる。お母さんを救えなくて本当にすまない━━」
「......嘘だ......」
救急隊員の人は悪くない......悪いのは犯人だ......。
でも母親が救急車にすら乗せて貰えない現実はそう簡単には受け止められない、だけど警察官はその動揺する時間すら与えてくれなかった━━。
「とにかく君が今から行くところは警察署だ。みっちり話を聞かせてもらうぞ......」
俺は半ば無理やりパトカーに乗せられ警察署に向かって走り出した━━。
* * *
警察署の取調室では警察官2人と俺1人の3人で早速事情聴取が行われた。
「お母さんのこと残念だったね。ところで今日のお母さんに変わった部分は無かったか?」
「いえ、特には......。ただ僕今日誕生日なんで早く帰ってこいとだけ......」
「なるほど。それで現場で発見された物についてなんだが本当にキミは知らないのか?」
警察官の目が先程と同じ氷のような目に変わる。
信用のない人間はこんなにも惨めなのか......。
「本当に知りません、今日まで普通に過ごしてたし母さんもおかしな言動をしていませんでした。そもそもうちは貧乏でそんなものに手を出す余裕なんてありません......」
警察官はフッと嘲笑ながら俺の意見に反論した。
「ふっ......逆に手を染めていたからこんな生活を送っていたんじゃ無いのか?」
こんな生活......? 俺と母さんが一生懸命生きたあの家をコイツは鼻で笑ってバカにしたのか......?
「アンタふざけんなよ......言って良い事と悪い事があるだろ......!」
「ほぉ、そんな目をするのか? 疑われる物が部屋にあってそういった生活を送っている方が悪いとキミは分からないのかね? それにキミは第一発見者だ、凶器は部屋の中に無かったが君が外に捨てた可能性もある。悪いけど疑うのが私たちの仕事でね━━」
この人は俺が殺したと本気で思っているんだ......。
「僕は何もしてません! 早く母さんを殺した犯人を見つけてください!」
「それはお前に言われなくてもやるよ。それよりそんな態度で良いのか小僧? 取調べの時間が長くなるが協力してくれよ━━」
警察官がゴミを見るような目で俺を睨みつけ、取調べ一層過酷なものになっていった。
その後半日掛けて取調べは行われありとあらゆる疑いを掛けられ、時には俺を挑発して母さんごとバカにする一幕や脅迫めいた態度を取られた事もあった。
社会的信用が無ければ人はこんなにも疑われ、人権なんて無に等しい事を思い知った━━。
* * *
葬式は検死後すぐに執り行われたが親族がまともに居ない俺たちはガランとした葬儀場で母さんの葬儀を行いその後火葬された。
因みに母の毛髪からは薬物が検出されなかったため常習的な使用をしていない事が判明し、犯人の体液も体内から検出されなかった。
棺桶で眠る母さんの悲しそうな顔と、火葬された後の母さんの骨が少なく感じた事以外は正直記憶に残っていない......。
「真央くん......本当に悔しいね......晴香さんは何も悪く無いのに......」
「はい......」
泣きながら声を掛けてくれたのは母の兄が再婚して出来た奥さん《瑠奈》さんだった。
「真央くんの苦しみは少しわかるよ......私も病気とはいえ夫を亡くしているから......だから......」
瑠奈さんは母のお兄さんと結婚後病気でその人を失った。
それが2年前だから当時は確か25歳くらいだったと思う...葬儀の日に綺麗な顔で涙を堪えている姿が印象的だった━━。
「もし......真央くんが良かったら......私を後見人にしてくれないかな......?」
「......え?」
「真央くんはまだ15歳の未成年だから後見人が居ないとあの家に住めなくなる......だから私が後見人になって様子を見に来るって言うのはどうかな?」
確かに施設に預けられてあの思い出の家に住めなくなるのは嫌だったので俺はその気遣いにとても感謝していた。
「瑠奈さんが大変じゃなければ......お願いします」
「じゃあ決まり。早速申請するからこれからよろしくね」
その後児童相談所や家庭裁判所の手続きを行い瑠奈さんは俺の後見人となってくれてまだあの家に住む事が出来た━━。
* * *
家に帰ってから数日が経ち近所では根も葉もない噂が広まっていた。
俺と母さんが2人ともクスリをやって母さんは殺されたとか母さんはウリをやってて事件に巻き込まれたとか散々の言われようだった。
近所の人が俺を見る目は昔とは違い犯罪者を見る目に変わっていた。
よく挨拶をしてくれた人は俺と目を逸らすようになり、道端で話している主婦達は俺を見てヒソヒソ話をするようになった。
俺はそんな状況から逃げるように学校に行ったが━━。
「お前さぁ......クスリやってんの?」
お調子者のクラスメイトが放った一言に俺は凍りついたのと同時にもう学校にも広まってるんだと絶望した━━。
「いや......俺は何もしてないよ......」
「でもお前噂されてるぜ......? 火のないところに煙は立たないって言うだろ?」
「違う......俺は本当に何もやってないんだ信じてくれ!」
俺の必死の訴えは逆効果で余計に疑われ、刺さるような視線に思わず目を背けた。
みんなの見る目は近所の人たちと同じ目だ......。
そんな視線に耐えられなくなり俺は教室を飛び出し家に帰った━━。
* * *
ここ数日まともに食べておらず流石にお腹が空いたので冷蔵庫を開けると、あの日食べる事が出来なかったケーキを取り出してテーブルに置いた。
「......いただきます......」
消費期限が切れたケーキを口に運ぶと甘い味が口一杯に広がると同時にあの日のことを思い出す。
母さんが生きていればこのケーキを2人で食べれたんだよな......でももう一緒に食べる事は━━、
「......母さん......っ......」
俺はケーキを半分だけ残して冷蔵庫に仕舞い、買ってもらったゲーム機とソフトを箱から取り出した。
「デビルハンター? ははっ......母さん買うゲーム間違ってるよ......」
俺が欲しかったのはモンストラスハンターというゲームでこんなタイトルは見た事が無かった。
まあただやってみないと面白さは分からないのでとりあえずゲームを起動させた。
ゲームの内容はプレイヤーはデビルハンターとなって人間界に蔓延るデビル達を倒していくゲームで、デビル達は様々な魔法や身体能力を駆使して攻撃を仕掛け、プレイヤーはそれを見切って剣や刀で倒していくというアクションゲームだった。
「これ意外と面白いな......」
俺は時間を忘れてそのゲームに没頭した━━。
飛び出した日から学校では友達とも話さなくなって部活に行くことも無くなり、家に帰ってやる事は母さんと約束した通り頭の良い高校に行くための勉強と、あの日買ってくれたゲームをする事だった。
ゲームは順調に進みいよいよラスボスに到達した。
「......これで最後か?」
そこに登場したのは女の悪魔で今まで戦った中で最強の敵だった。
そいつは二振りの大鎌を使うスタイルで動きの速さと攻撃力が高い点、そして攻撃しても回復する所為で俺は何回も倒されてコンティニューをした。
「めちゃくちゃ強い......でもここまで来たら......!」
俺は一層集中し、装備を剣から刀に変えて攻撃を見切った後最後に必殺技の一撃を加えて見事に倒した。
「終わった......」
ラスボスが倒されその顔がアップに映った時、悲しそうな表情をしていてそれはあの日殺された母さんを思い出させた。
そしてエンディングを迎えた後ラスボスが倒れている背後からめちゃくちゃ顔の整った青年のようなヤツが出てきた━━。
「お前だけは......僕の母さんを殺したお前だけは......絶対に殺す━━!」
涙ながらに訴えるそいつの一言が自分と重なり印象的だった
「僕が本当の最後にして最凶の者......邪神アイラだ......!」
そいつはプレイヤーと同じ刀を使うスタイルでラスボスよりも三段階くらい動きが早く、攻撃力も桁外れ且つ様々な魔法を使いこなす正に裏ボスとして相応しい敵だった。
ヤツは分身や瞬時の回復なんてお手のものでこっちの動きを魅了で封じた上で攻撃したり、自身を変身させこれまで救った人々の姿になって攻撃を躊躇させたり、挙げ句の果てには発動条件が揃うと時間停止してくるなどいろんな戦い方をしてきた。
そんなヤツの最大の特徴は『サタナフェクティオ』というスキルらしく奴の体力ゲージを2/3まで減らした時にしか発動しない大技があるらしいがゲージを減らした事が無いのでどんな技か分からなかった━━。
結論から言うと俺は.....結局アイラを倒す事が出来なかった。
ゲームとはいえ俺と同じく母を失ったことを涙ながらに語るキャラクター性とこの敵を倒したらゲームは全て終わり、母さんとの思い出が消えてしまうような気がして手を出せなかった。
俺はアイラにワザと殺されてデータを消して最初からゲームをやり直し、次からはアイラの母を殺さないようにラスボス直前でやり直す事を毎回繰り返していた━━。
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