青い紅葉【朗読OK】

久永斗蒼

第1話

 僕が押し入れの奥に仕舞われていた登山道具を取り出し、こうして名前も知らない山を登ることになったのは一枚の葉っぱが原因である。

 その一枚の葉っぱとは今が秋であるということを感じさせるような紅葉の葉なのだが、特筆すべきはその色だ。

 まるで絵の具で塗ったのではないかと疑いたくなるような青で染められている。

 無論、これは人の手は一切つけられていないというのだが僕は信じていない。その旨を葉っぱを持ってきた腐れ縁の友人に伝えるとそれなら実際に見に行こうという話になり今に至る。

 その友人はというと僕の数歩先で意気揚々と山頂へ確実に歩みを進めている。

 こちらは既に息も絶え絶えだというのに。

 本当にこの先に青い紅葉があるのかと問いかけると満面の笑みで親指を立てて返事をしてきたがこいつのこれは当てにはならない。こいつのこれに何度騙されてきたことか......。

 それでもこんな秘境にまで付き添っているのは惚れた弱みというやつだ。まあ、あいつは僕の気持ちなんてこれっぽちも知らないんだろうけど。

 既に登山を始めて二時間は経過しているがそれでもお目当ての青い紅葉らしきものは見当たらない。それどころか普通の紅葉すらないようなので流石に心配になってきたが、ここまで来て何の収穫もなしに帰るというのも癪なのでもう少し頑張ってみようと思った矢先、雨が降り出した。

 太陽はこれでもかと燦燦と輝いているというのに。

 狐の嫁入りというやつだ。

 仕方ないので僕たちは足を止め、近くにあった背の高い木の下で雨宿りをすることにした。

 そろそろ休憩したかったところだし丁度良かったなどと僕は口にするが彼女は不服そうな顔をする。楽しみにしていたこの登山を雨ごときに邪魔されて苛立っているのだろう。

 ここは他愛のない話でもして気を紛らわせようと僕は青い紅葉をどこで手に入れたのかを聞いてみた。

 するとおもむろにポケットからスマホを取り出し、その壁紙に設定している写真を見せつけてきた。

 その写真には幼い頃の彼女と優しそうな老人の姿があった。

 恐らく写真の老人は彼女の祖父だろう。何度か話を聞いたことがある。その老人の手には確かに青い紅葉が鮮明に写っていた。

 ここに来るのは初めてだということだったので、青い紅葉は祖父からの贈り物だったようだ。

 青い紅葉の出所が分かったところで雨は止み、登山は再開された。

 しかし、僕たちが奥へ奥へと進むごとに空の様子が段々と怪しくなってきた。そして先程までとは比べ物にならないくらいの大雨が僕たちに降り注ぐ。

 それでも彼女は足を止めることはなかった。まるで何かに憑りつかれたかのように。

 僕はその背中を追いかけた。雨粒で彼女の顔は見えなかったが、長い付き合いである僕にとってその表情がどんなものになっていたかを想像するのは容易かった。

 夢中で走っていると当然空が晴れ、僕たちの目の前に不思議な空間が現れる。

 中心には大きな木が聳え立っており、その葉の色に僕は言葉を失い、彼女は


「きれい」


 と感嘆の声を漏らす。

 僕はここで初めて彼女の声を聞いた。

 祖父が亡くなった事故の後遺症で彼女は声を失っていたのである。

 原因は精神的なもので僕は彼女の声を取り戻すために奮闘してきたというわけだ。

 安心したせいか今までの疲れが襲い掛かり、その場に倒れこんでしまった僕を見て彼女はいつもの無邪気な笑顔を浮かべてこう言った。


「ありがとう」


 青い紅葉が咲き乱れる山頂で、僕たちは初めて言葉を交わした。

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