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二階の書架には辞書や、政治、哲学の本などが押し込まれている。政治、哲学はともかく辞書は一切面白みがない。特に英露辞書など誰が使うのだろうか。秋田には全く理解できなかった。そもそも読書に飽きていたので本を読むことさえ億劫なのだ。




 同じような製本で、同じような字面が並ぶ。うっかりすると見落としてしまいそうなほど、どれも同じように見える。




  残り一時間を切った。未だ誰からも、報告はない。二階は秋田一人では広すぎると、化本が一階から上がって手伝ってくれている。しかし、成果はない。一階の半分とは言え、二人になっても広すぎる。




 何か見つけ方があるはず。闇雲に探し続けるだけでは時間が浪費されるだけだ。秋田は立ち止まって思考をめぐらす。


「そうか! 簡単なことを失念していた」


「どうした? 見つかったのか」


 秋田の興奮気味な声につられて化本がやってきた。


「いいや、でも探し方が分かった。僕たちは人通りが少ない二階にいる」


「と言っても、自習とかでよく使うしょ。僕も使うよ」


「そう、そこだ。自習で使われているから机やいすが置かれた自習エリアだけがたくさん踏まれている。そして、この図書館にはカーペットが引かれている。でも、資料が保管されているということは捨てられなかった、つまり何度も見直す必要がある」


「なるほど、ということはカーペットが凹んでいる場所に資料があるのか」


「そういうことだね。急ごう、時間がない」


 この探し方は、人の少ない二階でしか使えない。しかし、今は一階にまで頭を使える状況にない。時間は残り四十分。四十分以内に探し出さないと、また一人教師が死ぬ。


 秋田は床に這いつくばってカーペットの毛を注意深く観察する。一レーンごと丁寧に、しかし素早く確認する。すると、一つのレーンが奥の棚の方まで毛が倒れている。つまり、定期的に誰かが通っていた証拠だ。


 小走りで凹んでいない場所まで進む。棚には、共産党宣言などの政治に関する本が並べてあった。共産党宣言は有名な書籍のため、一般の生徒が通っていた可能性も加味する。しかし、悠長なことは言っていられない。もう時間がないのだ。秋田は焦る気持ちを何とか抑えて丁寧に埃の積もっていない書籍を探していく。




 一冊の本が目に留まった。ダンテの本で題名は日本語で書かれておらず解読不能だ。近くの本と比べても、劣化の具合は同じだが埃がほぼ溜まっていない。少なくともここ数日の間で手に取られている。秋田はすぐさま手に取って本を開く。本はバインダーのようになっていて資料を挟むためだけにページ全体がなくなっている。


 


 一ページ目は白紙で、急いで次のページへと移る。


 秋田の顔が一瞬にして変わった。喜々としているとも取れた表情は青ざめており、病人を思わせた。


 ページを繰る指がどんどんと重くなっていく。しかし、秋田は止まることなく読み進めていく。ゆっくりではあるが、何とか情報を頭に入れようとしているようだ。


 


残り二十分となった。秋田は最後のページの見出しを見て、目を大きく見開いく。足はぶるぶると震えており、椅子へ行こうと棚にもたれながら自習エリアへと進んだ。世界がひっくり返ってしまったような表情をしている。席に着くと、目からはたくさんの涙が滴っていた。何事かと化本が声をかけても、ただ本を大事そうに抱えて涙を流すだけだった。


「秋田、大丈夫?」


 そう声をかけた化本に秋田は親の仇に向けるような顔をした。泣いていても見られた者を射殺すような目だった。




「はは」


 秋田は笑った。儚く、弱く、すぐにでも消えてしまいそうな笑いだった。涙は止まらない。それでも彼は笑っていたのだ。


「僕は、僕は、何も悪くなかったんだ……。何も」


秋田はそれ以降一言も口を利かなかった。




 残り約十分。逆さまに吊られた教師は意識を失いそうになっている。その時、秋田を呼ぶ声が一階から、次第に近くまで聞こえてくる。


「秋田さん! ありました。秋田さん……。あ、秋田さん?」


 秋田は椅子からも転げ落ちて、本を大事そうに抱えたまま蹲っているだけだ。


「化本さん、何があったんですか」


「さあ、僕にもよくわからないんだ。バタって大きな音がしたから見てみたら、その本を大事そうに抱えたまま一言も話してくれないんだ」


「と、とにかく、かりんちゃんは何を見つけたの」


 高山は焦っていた。残り八分。


「設計図です。秋田さんの指示道理に地域の歴史を記した三十巻の本を探したら、本のページに挟まっていました」


「何の設計図?」


「指導室だよ……」


 秋田が消え入りそうな声でそう言った。


「生徒指導室の図面なんて何であるのよ」


織田は首を横に振る。


「そ、それが。どうやらこの図面、牢屋みたいなんです」


 そういって机に図面を広げる。秋田は織田に支えられながら立ち上がって図面を一瞬だけ確認した。


「これ、どこにあるんでしょう?」


 織田は秋田に問う。


「ここ」


 秋田はそれだけ言うと椅子に腰かける。腕はだらんと垂らされて猫背になっている。顔色は回復してきているが、まだ頼りないものになっている。


「説明してください。もう予断を許さない状況です」


「教師をたすけるため?」


「そうです。もう、目の前で死人をだしたくありません」


 秋田の脳内に、クラスメイトの死を語った織田の姿がよぎる。


「断る」


「バシンッ」


 織田の平手打ちが飛んだ。その小さな体からは想像もつかないほどの力だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、救わないと!」




 今、自分は必要とされている。


 困っている人を、危機に陥っている人を助けることができる。


 


「わかった。この地下牢は図書館の真下に位置しているんだ。ほら形が類似している。図書館だと出入りは簡単。一階のカーペットを見ると、二階のよりはるかに新しい。だから、カーペットをめくれば地下へと続く通路が出てくるはずだ」




 一階のテレビの電源がついた。


「お見事です。素晴らしい推理でした」


 逆さまに吊り下げられた教師が元の体勢へと戻される。


「詳しくは設計図の裏を読み取ればわかるんだけど、秋田君がその調子なんで僕が代弁しようかな。その地下牢はね昔、不良とか校則を守らない生徒を閉じ込めるのに使ってたの。昔って言っても、図書館はあったんだけどね。で、閉じ込めて、反省するまでださないっていうことをしてた。ヤバいよね。


 ちなみにこれは当時の校長が秘密裏に作ったんだけど、校長が変わってからは使われなくなったんだよね。でもさ、これっておかしいでしょ。次の問題はみんながじっくり休んだ頃にしようかなー」


 ぷつりと電源が切れ図書館には沈黙が流れる。


「秋田さん、さっきはどうしたんですか。教えてください」


 織田は有無を言わせない目で秋田を見た。なぜなら、もう少し遅れていたら教師が死んでしまったかもしれないからだ。


「この資料を読めば全部わかるよ。織田さん、言ってたよね。クラスの空気が自分に合わないって。それは当然だったんだよ」


「と、言うと」


 


 秋田は一呼吸置いて言い放つ。


 織田以外の六人全員へ、視線だけで刺し殺すような目を向けて。




「僕は二年以上、学校の誰とも話してない。いや、無視をされていたんだ。それだけじゃない。いじめを受けていた。みんな、靴に画びょうって入ってたことある? 中学校はこれが普通だと思ってた。でも違ったんだね」


  


 沈黙が降りる中、秋田は笑顔で言い放った。




  「この学校は狂ってる」










今週から投稿再開です。


秋の味覚は9にて終了です。いかがでしたでしょうか。コメントお待ちしております。


次回は『冬の氷柱1』をお送りいたします。お楽しみに。


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