休載中企画!特別編1
特別編1
「はじめ!」
覆面の男が合図を出す。配布された本は読んだことのない本で、ジャンルはミステリーだろうか。時間は四十分と長めで、正直長すぎるくらいだ。
展開はベタで、話を無理やり長くしたのか中だるみしている。どうでもいい描写をよくもここまでつらつらと。
第一、探偵役の男の子が気に入らない。しゃべり方は機械のように統一されていて、書き言葉で話すから感情移入しにくい。それに、読めばすぐわかるようなことも得意気に長く語るのだ。ご老人の長いだけの話の方がまだ聞きやすい。彼らは、若い時自分がいかに偉大な存在だったかを語るが、この探偵は現在進行形で黒歴史生産中な気がしてこちらまで恥ずかしい。そう、滑稽なのだ。
奥付けを確認すると、全く見たこともない作家の名前が書いてあった。出版社は有名な会社だったので、テロ集団のオリジナルというわけではなさそうだ。一様、展開はわかるし推理も正しい。それ以前の問題で、素人はこんなに文字が書けない。読んでいると、執筆への集中力は素人よりも上な気がする。
織田は物語の展開が読めると、途端に本を閉じた。
「あの~、今からでも本を交換してくれませんか?」
制限時間四十分中まだ十分しか経っていない。
「無理だ。その本を読み切らないと椅子が爆発する」
男は織田が本を読み切れないと思って交換を願い出ていると思ったのだろう。
「いや、申し訳ないのですがこの本全く面白くないんですよ。残り四十ページが読む気になりません」
織田は既に全三百ページの本を残り四十ページまで読み進めていた。
「は?」
覆面越しにも伝わる素っ頓狂な声。今まで一切の感情を表に出さなかった男が今は呆気に取られている。織田は口元に手を当ててくすくすと笑っている。
すっかり固まってしまった男を見たのか、図書館のテレビがついた。そこには覆面をした中年くらいの男が写っている。画面の背景は真っ白で、おそらく背景は変えたのだろう。
「ごめんね~。探す時間なくて変なの買っちゃったんだ。残り四十ページ読んでくれたら欲しい物買ってあげるから。ね? 今は我慢して」
「はぁ~。読む本を選ばせてくれたらよかったのに」
「ごめんって」
男は舌をチロりと出してごめんのポーズをする。中年には少し痛いポーズではあるが、本を買ってくれるなら我慢しようか。
「そこまで言うなら読みましょう。その代わりちゃんと買ってくださいね」
「た、たぶん大丈夫。お金ならあるから……」
テレビの男が引いてしまうほど睨みつけた後、呆れた表情で読み始める。このやり取りに五分のロスをしてしまったが何とかなるだろう。
かなり焦った。物語はもう終盤なのだがミステリー特有の畳みかけがない。それに加えて少ない伏線はすべて回収しきっており、主人公が演説を始めたのだ。とにかく引き伸ばしたいだけなのだろうが、ページをめくるのが億劫になるほど酷い。引き伸ばし方だけを言えば、中学生の作文の方が遥かにうえだ。見るに堪えない、面白くない、黒歴史生産中の主人公、最後まで代名詞で済まされたモブキャラたち。もうどうしていいかわからない。
結果、読み切るのに十五分かかった。体力は消耗され、体が純文学を欲している。あの綺麗で美しい世界に戻りたい。
「よ、読み切りましたよ。面白くないのはわざとですか?」
「それでは質問を開始する。主人公が異世界で無双した後……」
やく五分ひたすら即答。覆面の男もつかれてきたのか最終問題では気まずそうな声で質問を投げかけていた。
「約束通り買ってもらいますからね」
テレビの男に欲しいものを告げていく。多すぎるのか何度も「え~、待ってよ~。早い、早い」と言っている。
「じゃ、じゃあ純文学の新刊、二十冊とミステリー十五冊であってる?」
「ちゃんと題名は覚えていますか?」
「紙に控えました!」
男はぴしっと敬礼をした。
「よろしい。速達で頼みます」
「承知しました。おーい。今から言うものをすぐに買ってきて~。えっと……」
男は後ろに控えているらしい人物に指示を出している。
「よ、四十分で持ってこれるって」
男は快活に告げる。しかし、織田は不服そうな顔で
「三十分」
とだけ告げる。男は覆面越しでもわかるほどびっくりしているようだ。これではどちらが主か分からない。織田はとても人遣いが荒かった。
「わ、わかった。三十分ね。お~い! 三十分以内に持ってきて。お願いねー」
三十分後。約束通り新刊が届き、織田は歓声を上げた。悲鳴や、怒号しか聞こえない学校で唯一の歓声だった。織田は目を輝かせて
「ありがとうございます! やったー!」
と言って、爆弾が設置されていたふかふかの椅子に深く腰掛け、くつろぐように足を組んだ。
「暫くは純文学でお清めしなくちゃ」
と呟いたのを最後に図書館は静かになった。
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休載期間は30日まで続くのでもう少しお待ちください。また、10月1日から連載を再開するのでお楽しみに。
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