第76話 北条氏照②
「そういえば、春日山城ってどのような城なのですか?」
穏やかな口調で氏照が尋ねてきた。
「うーん、そうですね」
わたしは少し考えてから、言葉を選ぶ。
「この小田原城と比べると、だいぶ高いところにあります。山そのものが城になっていて……。でも、いざ攻めようと思ったら、本当に大変だと思いますよ。冬は雪で道が全部ふさがりますし、なにより『山』ですし」
越後は周りを山々に囲まれた国だ。攻めるにも守るにも骨が折れる。
それでも、春日山は長く上杉の本拠として立ち続けている。それだけの強さを持っているのだ。
「なるほど。雪ですか」
氏照が感心したようにうなずく。
「確かに、越後は寒さが厳しいと聞きます。小田原などでも雪は降りますが、越後で降ると大変ですね。……そうなると、春日山はまさに『天が守る城』ですな」
「ええ。あの山の上に立っていると、まるで雲の上にいるみたいなんですよ。朝になると霧が一面にかかって、下の町もほとんど見えません。まさに冬将軍が守る城ですよ!」
自然というものほど、これほど脅威で、そしてありがたい存在もない。
「……ふゆ、しょうぐん?」
氏照が小首を傾げる。
その背後で控えていた千代丸と信綱も、同じように「?」という顔をしていた。
あ、やばい。この時代に「冬将軍」って言葉……まだないんだった。
内心で頭を抱えていると、氏照が真面目な顔で続けた。
「冬の……将軍、ですか?」
「将軍……つまり、冬を治める御方がいらっしゃるのですか?」
「い、いやいや! そういう意味ではなくて!」
慌てて両手を振る。
「ええっと……つまり、冬っていう自然は、敵にもなるけれど、味方につければとても心強いんですよ」
「なるほど」
氏照の顔に、深く納得したような表情が浮かんだ。
「虎姫殿は、冬という鎧をまとった越後は、まさに猛威の武将であると……そう仰りたいのですね」
「そ、そうです! その通りです!」
本当に合っているかどうかは知らないけど、とりあえず同意しておいた。
氏照は穏やかに微笑み、まるで面白い弟子でも見守るような目でこちらを見た。
「ふむ……“自然を味方にする”という発想。なかなか鋭い。さすがは謙信殿の娘御ですな」
「え、あ、ありがとうございます……」
褒められると、なんだか余計に罪悪感が増す。
これ以上突っ込まれたら説明に困るので、話題を変えることにした。
「にしても、本当に小田原城って広いですね」
わたしは歩きながら、周囲を見渡す。
「これでは囲み込むにしても、数万……いえ、数十万の兵を動員できなければ難しいですね」
氏照が足を止めた。
「いや、でも、これほどの城を武力で攻めても、痛い目を見るのは攻め手ですよ」
「……それも道理」
氏照の声に苦笑が混じる。
実際、これほどの城を落とせた者などいない。
甲斐の虎・武田信玄も、越後の龍・上杉謙信も、この城を攻め落とすことはできなかった。
誰もが落とせないと思っていた。
普通に攻めていれば、きっとその通りだったろう。
もし北条の周りに味方があり、包囲を避けられたなら。
もし、豊臣秀吉という「常識を超えた人間」が現れなければ。
小田原城は、東国随一の堅城として歴史にその名を刻み続けたに違いない。
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