第16話 上杉景虎

「お義母上、お義父上、景勝様、桃姫様、虎姫様、本日からそれがしをどうかよろしくお願いします」



「ええ。清のことを頼みましたよ。景虎殿」



「ああ。上杉一門家臣として精進せよ」



義兄あに上、姉上のことをどうかよろしくお願いします」



「よろしくお願いします」



「……よろしくです」



 上杉景虎という男は会ってみると存外に礼儀が正しく誠実でそしてなにより噂以上イケメンであった。一応知っていたとはいえ予想外だった。



 当初は遠目で上杉景虎の顔を拝んでやろうと思ったが、よくよく考えたら親族への挨拶があるので遠目で見るなど無理に等しかった。



 上杉景虎。天文21年(1552年)生まれ、天正7年(1579年)3月24日に死去。享年28歳。



 不憫な歴史人物といえば間違いなく日本史の中ではトップクラスに当たるだろう。上杉景虎が美男子というのは有名な話だった。



 けど、わたしは、父上や喜平次程でもないだろうと考えていたが、よみが甘かった。わたしの中身がおばさんであるという自覚が無ければ惚れていただろう。



 それでも、わたしからすれば喜平次の方が到底かっこいいのは間違いないが。というかこの時代、戦国時代の人々は美男美女でなければならない。というルールでもあるのだろうか。あの有名な織田信長の織田家だって、この景虎の実家の北条家だって、この上杉家も美男美女勢揃いだ。



 それはさておき、わたしが事前に言ってたこともあってかあんなに嫌がっていたはずの清姉上は可愛らしい藍色の色打掛を着て顔を赤くさせながらしおらしくしていた。



 清姉上は清姉上で幸せになってくれたらいいな。そのためにもわたしは頑張らなければいけない。わたしは密かに決意を固めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 結婚式から数ヶ月後。わたしは景虎(わたしは義兄上殿と呼んでいる)との婚姻したことにより三の丸に移った清姉上に会いに行くことにした。



 三の丸は春日山城内にあるとはいえ、三の丸はわたしが今生活している二の丸からはかなり離れていて婚姻前のように頻繁に訪れることは出来なかった。それでも、わたしは数日に1回、暇を見つけては訪れるようにしていた。



 一応わたしはお姫様なので側仕えをつけている。与六の日があれば千代丸の日もあり、信綱の日もある。たまに喜平次やお船だと言う日もあった。喜平次はわたしが結構強引に連れてきている日となぜか喜平次が心配して付いてきている日もある。



 後者はとにかく前者にはきちんとした理由がある。というのも御館の乱が起きたのは喜平次と義兄上殿(または清姉上)が不仲だったからという話がある。この話の真相はどうであれわたしはとりあえず4人でおしゃべりをするようにしている。



 ちなみに今日は与六と千代丸だ。



「姉上〜!」



「あら、虎。今日も来たのね」



「暑い中よく参りましたね。虎姫様」



 アポ無し(大体は与六たちが事前に取ってくれている)がほとんどだが、それでも2人は快くわたしたちを歓迎してくれた。



「はい。実は新しいお菓子が手に入ったのです。なので姉上や義兄上殿にも食べて頂きたかったんです」



「新しいお菓子ですか。なにかしら?」



「水まんじゅうです!」



「まあ、なんとも美味しそうな名前ですね」



「みずまんじゅう?聞いたことがないですね」



「はい。夏にちょうどいいかと」



 わたしは千代丸に持ってもらっていた荷物を受け取ってそれから箱を取りだした。近くにいた侍女に持ってきてもらったお皿に水まんじゅうを出して2人の前のお膳に乗っけた。



「なんと華美な……!上杉家ではこのような珍しい菓子がよく食べられるのですか?」



 いや、これはわたしがまた新しいお菓子を作りたがっているというお豆に頼んで言ったやつだ。確かに水まんじゅうはオシャレだが。



「いえ。そうでも無いですよ。実は虎はよく台所にいって新しい料理やお菓子を考案するんですよ」



「虎姫様が……?虎姫様が聡明だという噂は誠だったのですね!」



「そ、聡明!?」



 そんな噂がいつの間に出回っていただなんて……!わたしはただの未来人で先人の知恵を借りてるだけだし?ほら与六も千代丸も見てないで何か言って!と2人を見ると何故か2人とも深く頷いていた。なんで!?



「だから言ったではありませぬか」



「ははは。清殿の言う通りでしたね」



 ちなみに清姉上と義兄上殿の夫婦仲は絶好だ。それはいいんだけどわたし達がいる前でいちゃつかないで欲しいんだけど。仲良いことは良いんだけどね。しかもイチャついている時大体わたしの話題なのでちょっと恥ずかし。



「こほんこほん……さてどうぞお召し上がりください」



「あ、そうね。そうするわ」



「……ふむ……普通のまんじゅうとは違って随分と餅に近い食感ですね。何を使って作ったのですか?」



「わらび粉ですよ」



「たしかに言われてみればわらび餅に近い食感ですね……」



 与六と千代丸にも分けつつわたしも食した。うん。餡子がいい感じに風味が出ている気がする。



「ちなみに虎姫様が今、持たれているものは?」



 持たれているもの?……ああ、これね。



「紙袋です」



「かみぶくろ?」



「それも虎が作ったのかしら?」



「はい。たまたま折り紙で遊んでたら作れたんです」



 ちなみにこれは本当に偶然だ。そもそも紙袋がないこと自体知らなかった。結構便利だし昔からあるものだと思っていたが、この時代はないらしい。それならほんとうはビニール袋の方が良かったが、プラスチックというかまずは石油を手に入れなきゃ行けない上に作り方は知らないし、ハードルが高いし、見栄えがしないので身近なもので作れる上に多少高級感と出る紙袋にしたのだ。材料は和紙と糊だけで何回か試行錯誤して作ったのだ。今はお高そうなお店で出てくるようなものよりかは劣るが、ある程度丈夫でお菓子をいくつか包んでいれるくらいならば大丈夫になった。紙と言えばと思い、段ボールも作ろうと思ったが、今のところ上手く行ってない。



 これは商売に繋がるのでは?と与六が言っていたがもし商品化するならもうちょっと丈夫にさせてからにしたいと断ったのだ。



「ほう。たまたまですか……これは大変素晴らしいものですね」



 わたしたちはこの後もしばらくの間水まんじゅうを堪能した。

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