猫と蜂蜜

ソノハナルーナ(お休み中)

第1話 大人気バンドメンバーピースナッツのMATSUの死

帰り道はいつもこの何もない平坦な道から通る。


こないだ渋谷に行ったら、電光掲示板に速報として『ピースナッツのメンバーMATSUが大型トラックの脇見運転で事故に遭い、お亡くなりになりました』と書いてあった。


私たちにとってはかけがえのないメンバーは時間のないサラリーマンにとってのどうでもいいただの芸能ニュースとして、流れている報道なんだろうなって、悲観しながら私はそのニュースを目にして、涙よりも先に手が震えた。


私たちは高校生の頃から活動してる今で言う大人気バンドのひとつだ。


曲ひとつひとつに全ての心を詰め込んで、ファンにリップサービスのように歌を届けてる。

着々と人気を集めていた。


MATSUの最後の言葉はいつも変わらなかった。

『いつか世界でコンサートをしようぜ』

それが、あいつのあいつにしか言えない言葉だった。

それなのに、人気バンドの中で私はワタルと2人になってしまった。

ワタルは高校生の時からのMATSUの友人で私をバンドに誘ってくれた時に一緒にいたやつだった。


でもMATSUが死んだ今、私たちは2人になってしまった。

ワタルはしきりにボーカルを理玖(りく)がやって欲しいとせがんでくる。

でも、私はギター以外やったことがないし、歌ったのも高校の文化祭が最後だった。

MATSUと交代してボーカルを私がやって、バンドを続けるべきなのか私はすごく悩んでしまった。

MATSUの作ったバンドのイメージカラーを脱いでまで、バンドの色を変えてしまったらきっとファンは激減するだろう。


そんなことを考えて私はワタルに言った。

『もし、私がバンドのボーカルになるなら、今の形を変えなきゃいけない。わたし色のグループカラーにしなきゃいけない。そのためには、時間が必要だから、休ませて』

その返答にワタルは否定も何も言わず言った。

『理玖がやりたいようにやればいいよ。マネージャーには俺が言っとくから。休むだけ休めよ。MATSUのこともあるしな』

言葉を濁すように、MATSUのこともあると言った。

それは、私たちにとってMATSUがかけがえのない存在だったからだ。


そんなMATSUのことを思いながら、いつもの平坦な道を歩いていた。

その日は丁度雨が本降りで傘を差している人しかいなかった。

それなのに、ずぶれになりながら身震いをした捨て猫を発見した。

私は猫に傘をあげたかったが、私が風邪を引く恐れがあったから、それが嫌で大きめのタオルを猫に羽織った。

猫は挨拶するように『にゃー』と鳴いた。

まるで、私のことが分かるみたいだった。

猫ってこんなに可愛いのかと一瞬にして虜になったが、これはあくまでも猫からの罠だと思い、その場を立ち去った。

しばらくして家に到着した。

私はある一軒家で暮らしている。

1人では大きなソファやでっかいテレビにツインベットなどが置いてあるこの家は元々シェアハウスでバンドメンバーと住んでいた部屋だった。

でも、人気になってからみんな自分の家で暮らしてる。

私もそうすれば良かったのだが、どうしても思い出のシェアハウスを出る気にはなれなかった。

メンバーと暮らしてたあの空気感が私にとっては、必要な愛情や思い出だったから。

あの日、帰ってこないMATSUが亡くなった日も丁度雨の降る日だった。

あの日から私の家は時が止まったように、家の中のカレンダーは剥がれ落ち、思い出の写真はぐちゃぐちゃにゴミ箱に捨てられ、テーブルには飲みかけの酒が散乱してる。


そう、全部私がMATSUが死んだ日に暴れて、やったことだ。


私は片付けもせずに、今日もまたカップ酒を明るく光る電灯の下の玄関で飲もうとビニール袋から酒を取り出そうとしていた。


その時、家の外から『にゃー、にゃー』と猫の鳴き声がした。

玄関の覗き窓から見ると誰もいなかったが、そっと開けるとそこにはさっきの猫が二足歩行で可愛いお目目をしながら立っていた。

私は腰を抜かせて、持っていたカップ酒を落としそうになった。

その猫は挨拶するように言った。

『こんにちは、さっきはありがとうございます。こちらがあなたの家ですか?』

私は猫の言葉に答える形で言った。

『そ、そうですけど?』

猫はさっきあげたタオルを丁寧に折り畳み返すように私に差し出して言った。

『こんなぼくにこのようなことをしてくれてありがとうございます。何か手伝うことはないですか? 例えば猫の手も借りたいとか?』

私は断るそぶりをしたのに、その猫は私の後ろを見るなり、心配そうに言った。

『あの、もし良ければお掃除いたしますが、なんだかこの家、悲しいお部屋だから』

私は猫のその『悲しいお部屋』という言葉に心が刺された様な思いがした。

私がその言葉で狼狽えている間に、その猫は何も言わずに暗がりの中片付け始めた。


私は、何も言えずに久しぶりに心から涙を流す様に玄関で1人泣いているとその猫は近寄ってきた。

猫はただただ私の背中をさする様に密着すると、子守唄を歌う様に『にゃー、にゃー、にゃー』と言って私を慰めてくれた。

後ろにいる猫の鼓動とその体温が背中に伝わると同時になんだか温かみを感じた。




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