盆の花火、恋文

スギモトトオル

本文

拝啓


毎年、この季節になると、花火に照らされた君の横顔を思い出します。あれは、出会って二年目の夏だったかな。

もう何年も前のことかもしれないけど、本当に昨日のことのようにまぶたの裏に刻まれているよ。

花火が綺麗だと呟く君に、君の横顔の方がずっと綺麗だよ、って何度も言おうとして、結局言えなかったことを告白します。思えば、そんなセリフは一度も言えたためしが無かったなあ、なんて苦笑い混じりに思い返しています。


改めて手紙だなんて、なんだか照れてしまうね。

僕からの一方通行になってしまうけれど、そこだけは勘弁してほしい。


出会ってから数えて、僕の人生の半分以上を君と過ごしてきたことになるけれど、長くて短いような旅だったね。

とても充実していて、どの思い出も、どの瞬間も掛け替えのない宝物だよ。

君にとっても、そうだったらいいな、なんて。


うまくいくことばかりでも無かったけれどね。憶えてる?初デートのときのこと。

映画館を二人で出たあと、感想を巡って喫茶店で大ゲンカしたね。

君も僕も、一歩も引かないもんだから、見かねたマスターが仲裁してさ。

こんなにはっきりと自分の意見を言える人だったなんて、あの時まで思いもしなかったよ。

今思えば可愛い思い出だけど、それから先、君の助言には何度も助けられることがあったね。本当にありがとう。

あの喫茶店、まだやってるのかな。マスターは元気かな。


君と一緒になって、子供にも恵まれて。僕は本当に果報者だったよ。

二人とも立派に育ってくれて、安心している。きっと、これからは君のことを支えてくれるよ。

君に似て、しっかりものの子供たちだから、きっと、すぐにひとり立ち出来る。そうなったら、君もまた、子育ての母を卒業してみて、君自身の人生を生きてほしい。

僕のことは、たまに思い出すくらいでいいからさ、素敵な人をまた見つけなよ。きっと、君にぴったりの人がいるはずさ。なんて。


心より、最愛の家族たちの幸せを祈って、少しだけ早く旅立ちます。

本当に、今までずっと一緒にいてくれて、ありがとう。


敬具



P.S.

君は、自分が最初に声を掛けたと思っているかもしれないけど、実は、大学の入試のときに僕は君を見掛けているんだ。だから、好きになったのは僕のほうが先だよ。

最初で最後の一目惚れでした。



* * * *



 深く折り目のついた手紙を読み終わって、一息つく。

 目尻に浮かんでいた涙がこぼれる前に、袂からハンカチを出して、そっと拭った。

 手紙をたたみ直し、鞄にしまう。

 あの日と同じに見える店内を見渡し、壁際のランプを覆うガラス製のシェードが昔と比べて少し曇ったかな、と思って、よく見ると中のランプがLEDになっていることに気が付く。変わらないものなんて、ないものだ。

 コーヒーのお代を置いて外に出ると、通りは人でごった返していて、若者のカップルやら、家族連れやらで賑やかだった。

 上の息子家族も、この中のどこかにいるはずだ。一緒に行こうと誘われていたけど、この日だけは、あの人と私の水入らずと決めているから断ってしまった。

 手紙が鞄に入っていることをもう一度確認して、人の流れと一緒になって歩き出す。

 一年でこの日だけ着る浴衣だけど、周りの若い人たちよりは、少しだけでも堂々としていられているだろうか、だなんて考えながら歩いていると、前方の道の向こうに大輪が咲き、歓声が上がった。

 色とりどりの花火は、お腹を震わせる音とともに広がって、人波を明るく照らした。

 若者達が立ち止まって写真を撮るその合間を抜けながら、回りの誰にも聞こえない声で呟いた。

 あの人が、ずっと隣で見つめてくれていると思って。

「綺麗な花火……」


<了>

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