手紙

谷井小鈴

あなたへ

はいけい

きょう、あなたのことをはじめてみました。あなたは、えらい人のむすこさんだそうですね。お母さんがいっていました。

あなたは、わたしのお兄ちゃんとと、おなじぐらいのせなのに、なんとなく大人っぽく見えました。そうお母さんにいったら「あの子はさきをみているのよって」あなたは一体何がみえているのですか

もしかして、わたしみたいなものがみえているのですか。まだかいていなかったですね。わたしのみえているものは、お母さんとちょっとちがうそうなのです。お父さんとも、お兄ちゃんとも。

たとえばですね、いまわたしのまえに何かういています。よくわかんないのですが、そのへんにあるものにたとえると、はね、でしょうか。まくらやおふとんにはいっていう真っ白で軽いものです。あんなものがあつまったり、はなれたりをくり返しています。わたしはこれはふつうだとおもっていました。でも、ある日お母さんにいってみたのです「これは生きてるのって」そうしたら、お母さん「どこにあるの」っていうのです。わたしびっくりしました。だってめのまえにあるのに。お兄ちゃんにきいてもこたえはいっしょでした、それどころか笑われました。

それをあなたにお伝えしたのは、そのはねみたいなものがたいりょうにあなたのまわりをふよふよしていたからです。あなただったら、何か知っているのかとおもったのです。もし何か知っているのならわたしにもおしえてもらえませんか?

もしお手紙もらえるのなら、わたしはむらの東のいちばんはしっこにすんでいます。えんとつがあります。どうか、おねがいします。わたしはとってもしりたいのです

ひらり、より


ある日一郎がポストを開けると、一通の手紙が入っていた。その日は珍しく他に手紙がなかったのだ。だから一郎、すぐに手紙を読んだ、そして、手紙を書き始めた。


ひらりさんへ

お手紙ありがとう。残念ですが、僕にはあなたと一緒のものは見えていません。ですが、僕も、他の人には見えないものが見えています。僕には、桃色の、キラキラしたひかりが見えます。きちんと確かめたものではありません、ですが、僕は、このひかりが好意ではないかと考えています。とすれば、あなたが見えているものも何かの気持ちではないでしょうか。

僕の周りにたくさん浮かんでいた、というのも気になります。もし、あなたが見えているものについて、何かがわかったら、僕にも教えてもらえませんか。

一郎


一郎は手紙を書き上げ、またまた珍しいことに、その日、一郎は暇だったので、手紙を届けに行こうと考えた。あるいは、もらった手紙の字が可愛かったので、この子に会ってみたい、という思いもあったかもしれない。


確かに、村の東には小さな一軒家があった。本当にこじんまりとした家だったけど、郵便受けの前には一輪の花が飾られていた。近づくと、中の声も聞こえてきた。

「ひらり、なべの火を止めてきて」

「おかーさん、おなべまだ火ついてないよ」

「あら、ほんと?ごめんね、つけてきてくれる?あっ、そうそう、大根がなかったのよ、買ってきてくれない?」

「えー、お兄ちゃんはなにしてるの?」

「お兄ちゃんは、まやの面倒見てるわよ」

「わかった。行ってくる」


思わず笑みがこぼれた。姿を見れなかったのは残念だけど忙しそうだし、今日は直接会って渡すのは、やめておいたほうがいいかな。

一郎は手紙を、郵便受けに入れてまた家に向かって歩き出した。

ここらは、大きな店は少ないが、種類様々な個人商店があって見るのが楽しい。看板にも工夫を凝らしていることがよくわかる。

八百屋の看板には、いろいろな野菜の絵が描かれていた。

タッタッタッタ 後ろで軽快な足音が響く

「おじちゃーん、大根ありますか?」

「ああ、もちろんだよ。何本必要なんだ?」

「えーとね、三本欲しいです」

「じゃあ、三百円だよ。あるかい?」

「ん……あった」

「はい、どうぞ。いつもご苦労さん、ひらりちゃん」

「うん、ありがとう」

驚いて振り向いたら小さな後ろ姿が見えた。思っていたよりもずっと小さい背中は、どんどん遠くなっていく。まるではねが生えているみたいだ。手紙では大人っぽいこだなと感じていたので、一郎は、話すトーンや見えた背中がなんだかとっても微笑ましく感じた。


一週間後また手紙が届いた。


一郎さまへ

はいけい あさがおがきれいなきせつになりました。おてがみありがとうございました。とってもなるほど、と思いました。でも、ごめんなさい。わたしはまだ、はねのようなものが、どんなきもちかわかっていないのです。もう一つあやまらなければいけないことがあります。おてがみには、きせつのあいさつがひつようだったのですね。お母さんがおしえてくれました。一郎さまも何かきずいたことがあれば、おしえてくださるとうれしいです。

じこしょうかいがまだでした。わたしは、市野ひらりといいます。みょうじはいちのと読みます。八歳です。弟が二人、お兄ちゃんが一人、生まれたばかりの妹が一人います。お父さんはだいくさんです。知らない人にはじぶんからなのるのが、れいぎだと習いましたが、知らない人にじぶんのことをおしえてはだめよ、とも言われます。だから、じこしょうかいはこのぐらいにしておきます。すいません。

じつは、お父さんに新しいレターセットをかってもらったので、つかいたくてしかたないのです。よければまたおてがみをかいてもいいですか?

ひらり、より


ひらりさんへ

僕の家でも綺麗に朝顔が咲いています。お手紙、もちろんです。実は、僕もあなたからお手紙が届くのをとても楽しみにしていました。礼儀、とか言われますが、いつも丁寧な字でとても礼儀正しく書かれていていますよ。あなたの手紙を読んでいるととても元気付けられます。僕も見習いたいぐらいです。

僕も最近あなたを見かけました。そう言っても、後ろ姿だけですが。あなたの周りには桃色のキラキラした光がたくさん飛んでいました。きっと、みんなに愛されているのだと思います。いつかあなたとお話ししてみたいです。

僕も自己紹介がまだでしたね。

僕は一三歳です。兄弟はいません。

またお手紙を書いてくれるのを楽しみにしています。


一郎


一郎ちょっとこれは硬すぎるかなと思った。でも、なんせ今までおてがみを出せるようなともでちがいなかったのだ。こんなことお父さんとかに聞くのも恥ずかしいし、まあいっかと思って、、でもちょと物足りないかと思って、庭に咲いていた、小さな白い花を封筒に入れた。

あのこが喜んでくれますように。


一ヶ月後

はいけい、だんだんとあつくなってきました。一郎さまはどうおすごしですか?わたしはさいきん毎日にわの草ぬきをさせられます。とってもあつくてちょっと困っています。しかも、いつもとちゅうでお兄ちゃんがきゅうけいなんて言ってさぼるんです。

こんかいおてがみを書いたのにはとってもだいじなりゆうがあります。

わたし、じつはあることにきがついたのです。おかあさんや、おとうさんがわたしに何か、たのんだよ、とかよろしくな、とか言ったときにふよふよしたはねみたいなものはたくさんまい上がるのです。それと、おとなの人のまわりにたくさん飛んでいることが多いです。とくにこのあいだみた一郎さまのお父さんのまわりにはとってもたくさんありました。あんなのは今までに一度見たことがありません。

きっとこれは、あの、はねのようなものがなんだかわかるヒントだと思うのです。せいいっぱい考えてみたのですが、わたしにはまだわかりません。一郎さまはどうおもいますか?

ついしん、お花をくださってありがとうございました。とってもいいにおいがしました。お母さんにどらいふらわーにしてもらったので今もげんかんにとってもきれいにかざってあります。

ひらりより


一郎はこの手紙を読んで、羽のようなものの正体が、なんとなくわかってしまったような気がした。きっと、あれではないか。一郎は、それに、気がつきたくなかった。自分にも分からない、と書こうかと思ってペンを持って、書き始めてはそれを捨てて、なんとか書きあげた手紙は、引き出しの奥に仕舞われた。こんなに情けないもの出せないと思ったけど、あのひらがながたくさんなのに、ちゃんと敬語を使っていて、はいけい、とかついしんとか、色々考えて教えてもらって、一生懸命に書かれた手紙をもう読めないのはとても残念だったし、あの子が返事が来ないで落ち込んでいるかもしれないとかんがえるのもとても嫌だった。毎日、出しに行こうかなと思ってやめて、書き直そうかな、と思ってやめてを繰り返して、いつの間にか手がもみのことを頭の隅に追いやっていた。

季節はもうすぐ冬で、一郎の十四歳の誕生日だ。この国では十四歳で成人。一郎ももう大人になる。


いよいよ誕生日がやってきた。今日から一郎は大人だ。お父さんの仕事も本格的に手伝わなければいけない。今日も、成人代表のスピーチが待っている。気が重くて、なかなかベットから起き上がれなかった。

「一郎、はやく起きないと、用意が間に合わないわよ。ほら、起きて。今日から大人だっていうのにしっかりしなきゃ。もう、部屋もいっつもぐちゃぐちゃだし。昨日片付けたのよ。わかる?あっ、そうそう、引き出しに入っていた。お手紙出しておいたわよ。あんなのも、書いたらさっさと出さないと忘れるでしょ」

「わかった。起きるよ。

あれ、え、お母さん、今なんて言った?」

「だから、お手紙書いたらたらさっさと出すって言ってるの」

「それで、その、引き出しの手紙は?」

「出しておいたわよ」


一郎は飛び起きた。あんなものさっさと捨ててしまうべきだったのだ。誕生日会の間もスピーチをしている時もそのことが頭にちらついて離れなかった。本当にあんなものさっさと捨ててしまうべきだった。スピーチを聞く人の中に、あのこがいたような気がして、思わず目を逸らした。


一郎は出されてしまった手がものことを考えていた。

ひらり、さんへ

ひまわりの綺麗な季節になりましたね。

お手紙ありがとうございます。僕はその羽のようなものの正体がわかった気がします。それは、きっと期待ではないでしょうか?そうだったら、僕の周りをたくさん飛んでいたことも、たのんだと言われたときにたくさん飛ぶのも納得がいきます。

少しだけ、弱音を吐かせてください。僕は、この、ひらりさんが見えているものが期待ではないかと思い、とても怖くなりました。そして、期待ではなければいいと思いました。なぜかというと、僕は期待されるのがとても怖いです。期待されるだけのことができなくて、周りの大切な人を失望させるのがとても怖いのです。ひらりさんは最初僕のことを大人っぽいと言ってくれましたが全くそんなことはないのです。いろいろ頑張ってきましたが、今までのことが全部嫌になることもあります。お父さんの息子というだけで、こんなにも期待されなくてはならないのか、なぜこんな家に生まれてしまったのかと思ったこともあります。僕には、僕の周りにたくさん見えているという期待が重すぎるのです。

三ヶ月もすれば僕は本当に大人になります。今から怖くて仕方がありません。

一郎より


一郎さまへ

さむさがきびしくなってきましたね。いかがおすごしでしょうか?

まず、たんじょうびおめでとうございます。少しおそくなってしまってごめんなさい。じつは、たんじょうび会も見に行ったのです。一郎さまはどうどうとしていてとてもかっこよかったです。じつはわたしもこのあいだ九歳になりました。

それから、はねのようなもののしょうたいを考えてくださってありがとうございます。おへんじをもらってから、いろいろと思いかえしてみると、たしかにわたしのみえているものは期待かもしれません。

一郎さまのきもち、わたしも少しであればわかります。いもうとのことたのんだよ、とおかあさんやお父さんに言われると、たよりにされているんだって少しほこらしくなりますが、それ以上にむねのおくが、わあっとくるしくなっておちつかないような、どこかふあんなきもちになるのです。

でも、ほんとうはそれは重くないものだと思います。一郎さまの周りの白いはねのようなものはあつまって大きなつばさになって、一郎さまのせなかからのびています。どこにでも飛んでいけそうなぐらい大きいまっしろな、きれいなつばさです。期待はもしかするとおもいものかもしれませんが、そのつばさは一郎さまをまえへまえへおしているようにみえました。

だから、きっと大丈夫です。

ひらりより






ひらりは少し嘘を付いた。本当は、一郎の背中にあったのは小さい翼だった。他の白い羽のようなものは一郎の手足にまとわりついていて、動にくそうにみえた。でも、小さな翼は、精一杯羽ばたいて一郎を支えていた。手足の羽も少しずつ離れて翼になっていくだろう。だから、ひらりは、その白い羽のようなものがもどかしそうにもがいて、伝えようとしていた言葉を言ってあげた。だって、お母さんは、誰かを思ってつく嘘は許されるって言ったもん。

あなたへ、大丈夫です。ぜったいに大丈夫です。きっと、みらいは明るいです。


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手紙 谷井小鈴 @kosuzu_tanii

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