復讐の行方

 山に入った花は白石の居場所を探した。居場所はGPSを見れば簡単に探すことができた。きっと白石自身このGPSのことなんかもう忘れているだろう。しかし花にはこのことが救いだった。そうして白石の姿を見つけた時に、その場には飯島ジュンゴの姿もあった。


 花には飯島ジュンゴが左手にナイフを隠し持っているのが見えていた。白石は飯島ジュンゴとの距離が近すぎるのか、どうやらそれに気づいていない。


「白石っ!!!」


 花が叫んだ瞬間、白石は腹部から血を流しその場に倒れこんだ。その白石を見下ろしながら飯島ジュンゴは笑っていた。その時、花の中で憎悪が膨らんだ。目の前の男を殺してやろうと思った。長田茂の遺体の横に転がっていたナイフを握りしめ、気がつくと飯島ジュンゴの方に走っていた。


 しかし、花は足を止めざるを得なかった。飯島ジュンゴのナイフは倒れている白石の方を向いていた。


「おっとそれ以上近づくなよ。今度は首辺りを刺しちゃうぜ?」


 白石は苦しそうな表情をして倒れている。早く治療をしてあげなければ命が危なかった。


「お前こいつのことが好きなんだろ?」


「白石から離れてっ! あんたはもうどっちみち逃げ切れる方法はないでしょ!」


「うるせぇよ」


 そして飯島ジュンゴは苦しむ白石の顔を蹴った。


「やめてっ!!」


「こいつを助けたいなら俺の言うことを聞けよ」そう言って飯島ジュンゴはニヤリを笑った。


 花は唇を噛み締めながら飯島ジュンゴを睨んだ。憎しみに手が震えた。こいつはクズだ。生きていてはいけない人間だ。


「まずはそのナイフを水の中に捨てろ。刺されたらたまんねぇからな」


 花は言われた通りに貯水池にナイフを投げた。飯島ジュンゴも白石が持っていたナイフを同じように投げ捨てた。


「‥‥投げたわよ。白石から離れて」


 しかし、飯島ジュンゴは白石の手を踏んだ。その瞬間、白石の悲鳴とともに骨が折れたような嫌な音が響いた。


「もうやめてっ!! ナイフは捨てたじゃない!」


 白石の倒れているレンガの地面には血溜まりができていた。


「何言ってんだよバーカ。ナイフ捨てたら助けるなんて一言も言ってねーし!」


 花は悔しさで涙が流れていた。飯島ジュンゴが憎くてたまらなかった。


 白石は苦痛に顔を歪めながら花の方を見て言った。「‥‥野田、に‥‥げろ」


「おっと、逃げたらこいつを殺す」飯島ジュンゴは白石の上に座り込んだ。「お前、ここで服脱げ」


「ふ、ふざけないでっ! そんなことできるわけないでしょ!?」


「やらないなら殺すだけだし、お前はこいつを見殺しにする事になるだけ。好きにしろよ」


 飯島ジュンゴは本気で言っていた。この男は本当に生きている価値のない人間だと花は思った。


 花は言われた通りに上着を脱いだ。本当はこんな奴のいいなりになんてなりたくない。でも白石の為には仕方がなかった。


「おっと、靴と靴下は残せよ」


「‥‥最低」


 花はシャツも脱ぎ、ズボンを地面に下ろした。悔しさで涙が止まらなかった。映像の中の朱理がどれほどの恥辱にさらされていたのか。朱理がどれだけの嫌な思いをしたのかを実感した。花は最悪の気分だった。


「はっはっは。エロい下着つけてんじゃねぇかおい!」


「‥‥お願いだから白石を離して」


 飯島ジュンゴは白石が花の方を向くように、髪の毛を掴み顔を持ち上げた。その喉にはナイフを突きつけていた。「よくみろよ。あの女がこうなってんのも全部お前のせいだからな」

 

 飯島ジュンゴは勝ち誇った笑みを見せている。白石は花の方を見ないように目を閉じた。


「目を閉じたら、あの女も殺す」そう言われた白石は、悔しそうな顔で花を見た。小さく動いた唇は「ごめん」と言っていた。


 花は恥ずかしさから、腕で胸を隠す。しかし、そんな花を見て飯島ジュンゴは言った、「隠すなよ。殺すぞ」


 涙が止まらない。こんな奴に、それもこんなところで肌を晒している自分が情けなかった。だれにも見せたことがなかったのに、よりにもよってこんな奴に。


「俺に逆らうと白石君が死んじまうぜ」


 飯田ジュンゴはケラケラ笑っている。


 酷い悪夢を見ているようだった。飯島ジュンゴに見られていることは最悪だが、こんな姿を白石にも晒していることが耐えられなかった。


「‥‥こ、これでいいんでしょ。白石から離れて‥‥」


 花の声は震えていた。体に当たる風が冷たかった。花はこの場所に自分達以外の誰も現れないことを祈っていた。


「大好きな白石君に見てもらって嬉しいだろ?」


飯島ジュンゴは花の全身を舐め回すように見ている。花は体を隠すことができず、真っ赤な顔で俯いた。


「うーん。でも、少しものたんねぇなぁ」


 飯島ジュンゴのその呟きは悪魔の囁きのようだった。考えてみたらこんな奴の言うことを聞いた程度のことで、白石を開放してくれるはずがなかった。かと言って花に抵抗できる手立ては何一つ残されていなかった。


 ただ、この男の言うことを聞き続けることしかできなかった。


「まっ、でも結局こいつは殺すんだけどな。ほっといても死にそうだけどさ」


 そう言うと飯田ジュンゴは楽しそうに笑った。


 花は目の前の男が憎くて憎くてたまらなかった。こんな奴が生きていていいのだろうか、こんな奴のせいで朱理は死んでしまった。


「話が違う! ‥‥どうしたら白石を解放してくれるの」


 花は怒りと羞恥で震える身体で問いかけた。


 自分が犯人たちに復讐すると息巻いておきながら、結局は白石の邪魔になっていたのかもしれない。


 もしかしたらさっきだって花が白石の名を呼ばなければ、あのナイフは白石の腹部には刺さらなかったのかもしれない。別荘の時だって花が現れなければ、白石は余計な時間を食うこともなかったかもしれない。


「その下着も脱いで土下座しろよ。助けてくださいってお願いしろよ」


 飯島ジュンゴは笑ったままそう言った。


 花は悔しくて下唇を噛む。朱理もカメラを向けられ、このように陵辱されたのだろう。


 それを想像するとどんなに辛かったのだろう。


 こんな男が生きている価値はあるのだろうか。


 しかし、そんなことを考えても意味がなかった。どんなに憎くても、そして悔しくても花は現状はこの男の言うことに従うしかなかった。


「おいおい、早くしろよ! 俺の手が滑って喉を切っちまうかもしれないぜ!」


 白石を見ると、今にも意識を失いそうな表情をしていた。


 どうすることもできない。ただ目の前の男のいいなりでオモチャにされるしかない。


 花は心が折れそうだった。


 ーーそうして言われるがままに下着に手をかけたその時、一発の銃声が響いた。


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