異変
この別荘の暮らしは意外にも悪くはなかった。まるで警察に追われていたことが幻に感じるくらいの平穏。食料にも困ることはないし、三人もいると寂しくもない。それでもこの二人には死んでもらいたい。茂はそう常に考えていた。
ジュンゴもトモヤも未だ楽観的に捉えているのか、あえてそういった素振りを見せていないのかわからないが、警察の話すらしていない。少女が死んでしまったことについては、茂は二人には未だ言っていない。
茂は常に罪悪感のようなものがつきまとっていた。死にまで追い込むつもりはなかった。そう警察に駆け込んで説明したいと思っていた。しかしこの二人がそれを許すはずはない。ビデオカメラだってもしかしたら警察の手に渡ってないとも言えないのだ。
とにかく茂にはこの二人の存在が邪魔なことは間違いなかった。こうしていてもいつかは捕まってしまうだろう。今はただ現実を逃避し、物事を遅らせているだけにすぎない。この二人が自首でもしてくれればまた話は変わってくるのだが、絶対にそんなことをするはずはなかった。
トモヤにいたっては、「こうしてれば、そのうち警察も諦めるんじゃね!?」なんて言い出す始末。そんなわけないだろうなんて、茂には言えない。
ジュンゴも彼女なのか、いつも女と連絡を取り合っている。この状況はどうやら伝えていないみたいだが、ジュンゴもトモヤと同じことを考えているのかもしれない。
そもそもジュンゴは顔もかっこいいし、何もしていなくても女の子は寄ってくるはずなのだ。それなのに強姦をする必要はあったのだろうかと茂は思う。新しいスリルが欲しいと言っていたが、今となっては到底理解できるものではなかった。
毎食がインスタントやお菓子のせいか、段々と飽きはやってくる。なるべく外には出ないようにしていたが、それにも限度があった。深夜なら大丈夫じゃないかとのジュンゴの提案で、コンビニで大量の食料を買いだめすることになった。
本当は日付が変わるくらいの時間に家を出る予定だったのだが、トモヤのアプリのイベントが理由に時刻は3時を回っていた。何かあった時のために、一応近くのコンビニではなく、少し距離のある場所へ向かっていく。
車内は相変わらずくだらない会話で溢れ、こうやって姿を隠す前と何一つ変わらなかった。ただ一つ変わったことと言えば、あれ以来何の悪事も働いていないことくらいだ。今考えると普通にこうしているのも意外と楽しいことに茂は気づいていた。
ただそれはあくまで茂の考えであって、ジュンゴとトモヤがどう思ってるかは分からなかった。
母や父から沢山の連絡が入っている。トモヤも同じように来ていると言っていたが、茂たちは一度も連絡を返していない。ジュンゴ曰く警察の差し金かもしれないとのことだった。きっと今頃警察は血眼になって自分たちを探しているのだろう。そう考えると茂の体は少し強張った。
長い買い物を終え、ようやく別荘へと戻ってきた。出た時には真っ暗だった空はもう明るくなっていた。
「うへぇ、朝日浴びたのなんて久しぶりだよぉ」トモヤは買い物袋を抱えながら、ノビをして言った。茂は確かにそうだと思った。そんなとんでもないくらいに久しぶりなわけではないが、体感は数年ぶりかのような感覚が走っていた。
どうにも外は落ち着かない。その代わりにここに帰ってくると、安全な気がして心が休まる。しかし、茂はここで違和感を一つ覚えた。割れたガラスを塞いでいた段ボールの位置が、違うような気がした。
正確に覚えているわけでもないし勘違いだろう、茂はそう思った。
「俺、ちょっと寝室に置いてある充電器取ってくるわ」トモヤはそう言って階段を上っていった。昨晩は寝ていないせいか、どうにも瞼が重い。朝ごはんを食べたらゆっくり睡眠をとろうと、茂は買って来た麻婆豆腐をレンジに入れる。
ジュンゴもソファーに腰をかけ、未だに女の子と連絡を取っているようだ。茂は生まれてからこのかた彼女がいないので、ジュンゴのことが羨ましいと常々思っていた。バレンタインデーには義理ですらチョコをもらったことはない。
自分の顔が悪いとは思わないが、特別良いわけでもない。そこが問題なのかもしれない。
「ぐあああっ!!」
その時、別荘内にトモヤの叫び声が響いた。その声は虫を見つけたようなものとは違い、どちらかというと助けを求める声に近い声だった。茂とジュンゴは顔を見合わせる。ジュンゴはお前が見てこいと言わんばかりに首を振った。
ジュンゴに気づかれないように、茂は小さくため息をつく。茂の知る友達というのはあくまで対等なはずだが、これでは自分はジュンゴの子分だと思った。それでも何も言い返さずに渋々茂は階段を上がる。
「おーいトモヤ。何かあったのかー!」
しかし茂の声には何の返答もない。もしかして何かあったふりをして、隠れて驚かそうとしているのかもしれない。トモヤならやりかねないなと茂はまたため息をついた。
寝室の扉を開くと、そこには予想どおりトモヤの姿はなかった。「なんだよー。トモヤどこだよ」茂は仕方ないのでトモヤの思惑どおり、何もわからないふりをする。トモヤは年の割には子供っぽいところがある。適当に驚いてやらないと、またいちゃもんをつけてくるのは容易に想像できた。
トモヤは中々出てこない。この寝室には一つだけクローゼットがある。きっと隠れているとしたらその中だろうと茂は思った。そのクローゼットを開こうとした時、廊下の方で誰かの足音が聞こえてきた。恐らくは中々戻ってこないから、気になってジュンゴも上がってきたのだろう。
そう思いクローゼットの中に目をやると、トモヤが手を後ろで拘束され、口をガムテープで塞がれた状態で横たわっていた。茂に気づいたのかうめき声のようなものをあげながら、トモヤは目で何かを訴えている。
何が起きたのか茂には全く理解ができない。トモヤのドッキリにしてもやりすぎだと思った時、今度はリビングの方でジュンゴの叫び声が聞こえてきた。嫌な予感が茂の脳裏をよぎった。ゆっくりと音を立てずに階段を降り、リビングを覗くとそこにはレイプした少女の彼氏と言っていた少年が、ぐったりとしたジュンゴのことを結束バンドで拘束していた。
茂は逃げなければいけないと思った。あの少年の殺意は本物だった。茂はゆっくりと後ずさりをする。少年は間違いなく自分のことも襲ってくる。しかし同時に茂はチャンスだと思った。もしここを逃げれれば、思惑どおりあの少年は二人のことを殺してくれるだろう。
その後で自分は警察に自首をすれば良い。そうなれば二人からの復讐はないし、少年に殺される心配もない。茂は焦りからか一気に玄関へと走る。とにかくここから離れなければ殺される。それだけで頭の中はいっぱいだった。
そのせいか廊下にあった壺にぶつかり、衝撃で割ってしまった。その物音で少年はこちらに気づいた。しかしまだ逃げれるくらいの距離はある。少年はこっちに向かって走ってくる。
茂は必死に玄関へ走る。ここで捕まってしまったらなんの意味もない。とにかく無我夢中で扉を開こうとするが開かない。
鍵が付いていることに気がつき、それを外すが開かない。チェーンをつけていたのを忘れていたのだ。ここの持ち主が帰ってきてもすぐには入れないように、いつもチェーンをかけていた。
しかし気づいた時にはもう遅かった。茂の全身に電流が走り、体はコントロールを失った。
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