野田花

 野田花。彼女には両親はいない。小さな頃に両親を交通事故で亡くした。未成年による無免許でひき逃げ事故だった。犯人はすぐに捕まったが、花は納得できなかった。両親の名前はテレビで報道されているのに、犯人のプライバシーは守られていた。


 どうして被害者や遺族が晒され、それを起こした犯人は法に守られるのか。犯罪者を守る法。それが幼い花にとっては到底、納得できるものではなかった。


 両親を亡くして以来、花は笑顔を失った。学校でも一人を選ぶようになった。普通に暮らしている人たちでさえも憎く見えていた。高校は知り合いのいない遠くの高校を選び、そこでも友達を作らず一人を選んだ。段々と生きる意味が分からなくなっていった。


 この世の中の理不尽を心底呪った。今こうして笑顔で楽しんでいる生徒達。彼らも大切な人が殺されたらこうして笑えるだろうか。そんなわけはない。人間は不幸な人間からは目を逸らす。自分は違うからと、そもそも見ようとすらしない。花はだから笑顔が大嫌いだった。


 そんな花にしつこく話しかけてくる生徒が一人いた。彼女の名前は今村朱理。いつも彼女は笑顔だった。花にはそれがうっとおしくて仕方がなかった。一人にしてほしいのに、彼女はいつも花の元へとやってくる。彼女はクラスの人気もので、男女からの人気があった。今の花とは正反対の人間だった。


 なのに、何故か花を気にかけている。おそらくは一人でいる自分を哀れんでの偽善だろう。きっと、「私は一人ぼっちの子にも手を差し伸べてる」とか思いながら自分に浸っているのだろう。花はこんな人間が一番嫌いなのだ。


 生きていて楽しくて仕方がない。そんな目をしている。そこが一番花にとって嫌いな所だった。生きていて誰もが幸せなことはない。不幸な人間だっていることを彼女に教えてやりたかった。


 ある日、花は彼女に伝えた。「もう自分には付きまとわないでほしい。私はあなたが嫌い」そう伝えた。しかし彼女はあっけらかんと、「私はあなたが好き」と言った。花には理解不能だった。彼女は尚も花のことを気にかけている。


 そんな彼女に花も次第に心を開いていった。彼女は人気者の地位を持つにもかかわらず、花といることを選んだ。花にはこれが懐かしい感覚だったのだ。両親からもらっていた愛情。それとは違っていたが、だれかが気にかけてくれていることが嬉しいものだとこの時、花は初めて気がついた。


 花は両親の事故について朱理に話した。悔しかったこと、やりきれないこと。寂しかったことや辛かったこと。人前で泣いたのはいつ以来だろうか。こんな風に弱さをさらけ出したのはいつ以来なのだろうか。花が話し終わった時、朱理は泣いていた。それは花への同情からなのかもしれない。


 しかし朱理は言った。「もう花は一人じゃない。寂しくなんて私がさせない。だから、私の前では泣いてもいいんだよ」と。花は更に泣いた。小さな子供みたいに大きな声で。


 それ以来、朱理と私は仲良くなった。生きていることが楽しくなった。一緒にテニス部に入ったし、花がこれまで無縁だった学生らしいこともたくさん教えてくれた。そんな時、朱理に彼氏が出来た。名前は白石仁。彼のことは花は知っていた。


 いつもつまんなそうにしていて、自分に近いものを感じていた。花自身も誰にでも無関心だったが、彼にだけは少しだけ興味があった。


 白石のことを嬉しそうに話す朱理を、花は応援していた。彼氏が出来ても、朱理は変わらず自分と接してくれていたことも花にとって何より嬉しかった。


 朱理と付き合ってから、白石はよく笑うようになった。お似合いのカップルとはこういうことなのだと花は思っていた。


 そして先日。朱理は嬉しそうに一年の記念日について話していた。だれかと付き合ったことのない花には、あまりピンとはこなかったが、朱理が楽しいならそれでいい。いつか自分にもいい人が現れればいいなんて思っていた。


 ーーしかし、その日を境に朱理は突然学校に来なくなった。白石なら何か知っていると思うが、白石も朱理が休んだ日から学校には来ていない。先生に聞いてもなにも教えてくれない。嫌な予感がした花は自宅まで行ってみることにした。


 

 久しぶりに見た白石は顔は疲れていて、目が腫れていた。心配になるくらいの足取りで今にも倒れそうに見えた。その姿が両親を失った時の自分とかぶって見えた。嫌な予感は更に加速した。


「‥‥朱理は死んだ」


 そう白石が言った時、嫌な思い出がフラッシュバックした。冗談だと信じたかった。しかし目の前のやつれた白石の表情が何よりの証拠だった。花は再び大切なものを失った。それはかけがえのない友達。大切な大切な宝物だった。


 綺麗な華ほど汚される。世の中は不条理だった。花は再び生きる意味を失ったのだ。


 白石の表情を見た時、昔の自分と同じ顔をしていた。喪失感と憎しみが伝わって来た。花は涙をぬぐった。そして決意した。今の自分はあの時とは違う。もう子供なんかじゃない。自分にはとうに失うものなんてない。この憎しみはもう閉じ込めておかない。


 ーーこの感情はきっと朱理がくれたものだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る