第6話 お仕事の依頼
ほどなくして目を覚ました女性にコップ一杯の水を勧める。
それを一気に飲みほした彼女は、青い顔をしながらも、ここに来た理由をゆっくりと話してくれた。
彼女の名はリゼ・ステインバード。
そして、彼女の後ろに立つ鎧の大男は護衛のランカ。
リゼは左手にはめていた分厚い黒皮の手袋を外すと、テーブルの上に指をピンと伸ばして見せた。
真っ白い枝のような小指に光るのは、赤い宝石のついた指輪。
何の変哲もない安物の石に見える。
俺はどことなく違和感を覚える。フレームはおそらく安ものの真鍮、表面の研磨も甘い。石も赤いがくすんだ楕円型。ルビィのような希少性の高いものでは無さそうだ。全体的にガタガタで不恰好だし石のはめ方も雑に見える。
このような身なりのいい女性が喜んで買う様な高級品には見えない。
「その指輪が、呪具なのかい?」
「はい。この指輪はどうしても外せないのです。そして何故か刃物を持つと……我を忘れて女性を襲うのです」
「女性を……」
俺はテーブルの上でのそのそと動くキャンディに目をやる。キャンディはちょうど、リゼのペットであるカメの甲羅にけりを入れているところだった。俺がけん制の意味を込めて、小さく咳払いをするとキャンディはくるりとこちらを向いて、ぷいっと顔をそむけた。
キャンディの奴、本当にお嬢様(一応女性)だったのか。
とりあえず、一つキャンディの謎が解けた。
俺は気を取り直し、リゼに質問を続ける。
「ところで、その指輪はどこで手に入れたんだい?」
「私は自分の住んでいる城下町で良く買い物をするのですが、そこに来ていた露天商で買いました」
「露天商か……だとすると、出所はまずわからないかもしれんね」
「なんだか怖いですわ……まるで通り魔に魅入られてしまったようで」
リゼは心細そうにつぶやきながら、自分の小指にはまった指輪をじっと眺めている。
「で、呪具を売りつけられるような心当たりはないのかい?」
「心当たり? とおっしゃいますと……?」
「”呪い”というのは強い思いから発せられるんだ。なにかお前さんを困らせてやろうと思っているような人物がいるのならば、その人物が犯人なのかもしれないが……」
「さぁ……一向におもいつきませんわ」
リゼは何もない虚空を見つめながら、少し首をかたむけた。
心当たりが何もない。
ここに来た客は皆、最初に誰もがそういう。
だがな、人間生きてりゃ知らずに誰かの恨みは買ってしまっているもんだ。
それに気がつくか気がつかないかというだけであって。
俺は次の質問にうつる。
「では、この指輪を買おうと思った理由は?」
「私は赤色が好きなのです。それにこの指輪はかわいらしかったので……でも今考えてみると、なんだか露天商のおばあさまからやけにすすめられたような気がしないでもないですね……」
「なるほど……」
悩まし気なリゼの顔色を見つつ、俺は、一呼吸おく。
そして、沈んだ空気を切り替える為にすこし声の色を変えた。
「ま、とりあえず。”呪具”をこちらで預るだけだったら、簡単だ」
俺は足元に準備していた羊皮紙をつかみとるとテーブルの上にもってくる。一気に広げる。
さてお仕事、お仕事。まずは料金表だ。
リゼは一瞬、きょとんとした表情を見せたが、次に身を乗り出して羊皮紙をのぞき込んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
呪具預かり 金貨50
呪具破壊 金貨150
解呪 金貨500
呪術者捜索 金貨750
呪術者討伐 金貨1000
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リゼは文字を目で追いながら独り言のようにつぶやいた。
「え、と……よくわからないのですが……」
俺は手で表を指し示しながら、必要最低限の説明を心がける。
「大抵は”呪具預かり”でみな手を打つよ。ようはその指輪を外して、こちらで預かっておくだけだ」
「つまり?」
「呪いは解けていない。この指輪を誰かがはめれば再び同じ状況になる。でも、よっぽどのバカでもない限りそんなことはしないだろ?」
「なるほど……呪いは解かずに、この指輪だけをお預けするという事ですね」
「その通り」
リゼはすっと腕を上げて”呪具預かり”に細い指をもっていく。
よし。これで一丁上がり。指輪を外して預かっておけばいいだけだ。
そもそもこの料金表は5種類ある。
相手の身なりを見て裕福そうならば高額の料金表、金がなさそうな相手には安い料金表を見せている。
護衛付きのお嬢さんなんて、どこぞの貴族か、裕福な商人、あるいは庁局員(国の高級役人)の娘かなにかに決まっている。
金も稼げて珍しい呪具も手に入るとか、やめられないね。
悪いががっぽりともらわせていただく。
その時、リゼがぽつりといった。
「この……一番下の”呪術者討伐”をお願いします」
俺は我が耳を疑った。
「へ?」
「……ですから、この呪術者討伐をお願いしたいのですが」
「はへ?」
「ですから、金貨1000枚お支払いします」
「はへへ?」
「わたくし、真相を究明したいのです。それに……なんだかおもしろそう!」
さっきまで、沈んでいたはずのリゼの表情はどこか輝きを取り戻している。
俺は慌てて引きとどめる。
「あ、あの、り、リゼさん? き、き……金貨1000ですが?」
「ええ、それが、なにか?」
「はへぇぇぇぇぇぇ!!!」
というわけで、俺は仕方なく、リゼの住むルルコット城下町へと出向く行く羽目になってしまった。リゼは満足げにうなずくと、笑顔を見せた。
「では、ウルさん。ルルコット城下町でお待ちしていますわ」
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