第12話 立ち去っていくわたし
「殿下がおっしゃっています。自分でお歩きにならなければ、手荒なことをすることになります」
側近の一人は冷たく言う。
冗談ではなく、このまま動けなければ、力づくで、部屋の外に出されてしまうだろう。
それは避けたい。
わたしは、
「歩きます。歩きますので、手荒なことはしないでください」
と弱々しく言った。
「やっとその気になってくれたな。ここまでくるのに、どれだけ時間をかけたと思っているんだ。全く手間のかかるやつだ」
殿下がそう言うと、
「全く。殿下の前だというのに、失礼なことをし続けるのだから。あなたには恥というものがないの? 我が名誉ある公爵家の中でも、特筆すべき恥ずかしい人間だわ」
と継母はわたしに言う。
そして、殿下に対して、
「重ね重ねのご無礼、申し訳ありません。公爵家の代表として、謝りたいと思います」
と言って頭を下げる。
異母姉も、
「申し訳ありません」
と言って頭を下げた。
「二人とも頭を上げてくれ。お前たちが謝ることではない」
殿下は苦笑いをしながら言う。
「でも、ここまで殿下に失礼なことをしてしまったのですから……」
「無礼なのは、リンデフィーヌであってお前たちではない。そんなことより、お前たちは、わたしにとっては大切な人たちだ。これからわたしに尽くしてくれればそれでいい」
「殿下、それではわたしたちを許してくださるのですね」
異母姉がそう言うと、
「許す許さぬではない。そんなことを言うほど、わたしは小さい人間ではない」
と殿下は言う。
二人は涙を流しながら、口々に、
「殿下、ありがとうございます」
と言った。
わたしは、そのやり取りを聞いていて、
この人たちは、何を言っているのだろう……。
と思わざるをえなかった。
もともとは殿下の浮気から始まっていること。
婚約者である以上、それを納得できないのはあたり前だと思う。
反論しない人はいないだろう。
婚約者のままでいさせてほしいと言うだろう。
それなのに、殿下への「歯向かい」ということになり、「無礼」なことをしたことになってしまった。
二人は、謝る必要はないのに、殿下のお気に入りにますますなろうとして、殿下にそのことを謝っている。
殿下もこれで二人のことをますます気に入るだろう。
三人の団結は強まり、わたしに対する憎しみは強まってきている。
どうしてそこまで憎まれなければならないのだろう。
わたしは殿下の婚約者でいたいだけなのに……。
三人に反論したかったが、もうその気力もない。
殿下は、
「後は頼むぞ」
と側近たちに言った。
「かしこまりました」
側近たちは頭を下げる。
そして、
「それでは参りましょう」
とわたしに言った。
もうこの場を去るしかない。
去るしかないのだ……。
側近たちに付き添われてドアの方向に向かうわたし。
これでもう殿下とはお別れということになる。
殿下は、わたしに最後まで好意を持ってくれなかった。
それが悲しくてしょうがない。
ドアの前に来ると、わたしは立ち止まった。
そして、殿下に一礼をする。
殿下は、それに応えることはせず、笑っている。
継母と異母姉も笑っている。
なぜ笑うことができるんだろうと思う。
三人ともわたしに対する同情は全くなく、わたしがここを去ることが、とてもうれしいようだ。
そこまで喜ばなくても……。
悲しさはますます増してきて、涙がもう止まらない。
ドアを通り、この場を去らなければいけないと思うのだけど、歩く気力はますますなくなっていく。
しばらくドアの前で泣いていると、
「何をしている! 腹立たしいやつだ! いい加減にしてほしい!」
と殿下の声が聞こえてくる。
今まで、笑っていたと思ったら、怒り始めたようだ。
側近たちはドアを開けた後、
「いつまでもここにいるわけにはいきません。もう行かなくてはなりません」
と冷たく言った。
歩く気力はもうない。
しかし、それでも歩いていかなくてはいけない。
殿下、さようなら。
もうお会いすることはないでしょう。
悲しいことですが、もう殿下のことはあきらめるしかないのですね……。
わたしはそう思い、涙を流しながら、気力を何とか出して歩き始めた。
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