第19話 家庭の事情(後編)

 一方ノルンの方は家に戻り玄関の扉を開けると、そこにはゼノビアが立っていた。彼女は感知スキルでノルンが帰ってきたことは事前に察知していた。

「さっきのは何?なんで通信を急に切ったの?心配しちゃうじゃない」

「ごめんなさい。こっちにはこっちの事情が色々あるんです。でもなんで直接通信魔法で話しかけないで、魔石を使ったの?」

「そりゃあなた、たまにはファティマちゃんの顔も見たいじゃない。二人とも私の可愛い娘なんだから」ああ、確かに通信魔法だと私としか話せないなとノルンは気が付いた。しかし、一度通信を切った後に直接魔法で再通信してこないあたりは、かなり自分に対して気も使ってくれてるなと母親に感謝した。こう見えて数年前には反抗期で、結構辛辣な事も言ってしまった。今では大きく後悔している。


「それでお昼は食べてきたの?私はもう頂いたわよ。まだなら今からちょっと支度するけど」

「ありがとう。でも大丈夫、自分で適当に何か食べるから」そう言ってからノルンは自分の部屋にザックを置くと、中から使っていない食器や調理道具、カトラリーなどをキッチンに持って行って洗う。もちろん使っていないのだから洗う必要などないのだが、これぐらいの偽装はしておかないと観察眼の鋭い勇者には見抜かれてしまうだろう。


 問題は食材だ。スルメ以外は消費できていないのでザックの中に入れっぱなしだ。もちろん得意の氷魔法で凍結したので、またの機会に使えばいいかとは思っていた。こういう時に収納魔法を使えるファティマをうらやましく思う。但し現在収納魔法を魔法陣で固定化して、魔道具にする方法は研究中なので、もうじき自分もアイテムボックスを手に入れることができるだろう。


 キャンプ道具の偽装洗浄を終えて、冷蔵庫から取り出した残り料理とパンを食卓でつつきながら、向かいの席で読書をしているゼノビアにノルンは話しかけた。

「それでねお母さん。アカツキ教授から今度魔法格闘競技会に出てみないかって言われたんだけど、断ったほうがいいよね?」


 それを聞いてゼノビアは読んでいた本を閉じてテーブルに置いた。

「魔法格闘競技会とは懐かしいわね…もう大学生なんだから、どうするかは自分で判断しなさい。ただ、もし勇者だってばれたら、世間はそれなりの品性や規律を求めてくるでしょうから、そこのリスクもしっかり自分で考慮しなさい。例えば将来パートナーができたとして、あることない事色々と報道されるわよ」ノルンは母親の意外な返答に驚きながら、パートナーと聞いて一瞬タニグチの顔が頭に浮かんだ。ファティマが変な事を言ったからだとその時は思っていた。


「お母さんたちは色々あったわけ?」

「娘に話すには恥ずかしい話だけど、若気の至りというか調子にのってたんでしょうね。魔王と勇者が戦うような時代ではないけれど、パーティーも組まずに単独でドラゴン討伐とか地下迷宮制覇とか一人で好き勝手やってたから…でもティアマトも大分悪目立ちしてたわよ。湖の水全部抜いたり、魔法なしでギガントと素手で殴り合ったり…そんな二人がパートナーを組むとか、まぁ世間の噂の格好の餌食にもなるでしょう」


「どうして二人はパートナーになったの?」

「…悪目立ちしすぎていて、他に相手がいなかったと言った方がしっくりくるかな。普通でも勇者や魔王なんて誰もパートナー組みたがらないところに、輪をかけて二人とも無茶苦茶だったからね。あなたたちは姉妹だからパートナーにはなれないだろうし、魔王と勇者の混血だってばれたらパートナー選びは一苦労でしょうね」ゼノビアの話をそこまで聞いて、もしかしてファティマと自分の場合、オメガの人間とパートナーになるというのは理にかなっているのかもしれないなとノルンは思った。

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