第16話 帰還(後編)

 ノルンがそう言ったところで突然タニグチの手のひらの上で魔石が光り出した。石からは光が伸びてその先に一人の女性の像が浮かんだ。髪は長い金髪で白いローブのような布を纏っている。その美しい肢体に4人の男は息を飲んだ。

 

 その女性像は話を始めた。

「ファティマちゃん久しぶりね。お母さん元気?」そう言われてファティマは右手を軽く振った。笑顔が若干ひきつっている。女性像は視線をノルンの方に向けた。

「まったく…連絡もしないで夜は大丈夫だったの?で、今日の夜は帰って来てからご飯食べるの?それとも食べてから帰ってくるのかしら。はっきりしてくれないと困るんだけど」


「うん。えーと、ちょっと遅くなるかも…というか色々あってもしかしたら数日帰れないかもしれないけど、心配しないでね」

 それを聞いて女性像…ゼノビアは声を荒げる。

「何言ってるの!?学校はどうするの?大体何その後ろのオークみたいな連中は、ん?ゴブリンかな?」

「いや、もういいから…」そう言ってノルンはタニグチから魔石を奪い取ると額の前で握って何かを念じる。

「危ない危ない。これで当分通信できないでしょう」ノルンが言った。


「そうじゃなくてさ、なんで普通に通信できてるんだ?え、何これ?ここって異世界じゃなかったのか?」ファティマが驚いている。ノルンも訳が分からない。


「もしかして…」ノルンがそう言いかけると

「ちょっと待って…」ファティマがノルンの言葉を遮った。そうして目を瞑ると難しい顔をして考え込んでいる。そうして突如として目を見開き満面の笑みを浮かべてこう言った。

「うん、これはいけそうだね。まさかと思って全然考えてもみなかったけど…これは普通に転移魔法で戻れそうな感じがする。メモリーした行き先が感じ取れてるからね。というかここもメモリーしたら多分行き来できちゃうなこれは」


「ん?どういうことなのかな?」ノルンの母親…ゼノビアの立体像を見て驚いた後も、二人の様子を黙って見ていたタニグチが聞いてきた。

「良く分からないんですが、アルファとオメガは異世界であって異世界じゃないみたいなんです。なので、彼女の転移魔法を使えば、ゲートが無くても行き来できそうだという事です」


「そりゃよかった」そう言いながらタニグチは額に右手のひらをあてて上を向いて笑い出す。

「本当は二人が元の世界に戻れなかったらどうしようかと、心配してたんだよ。みんなで嫁さんの取り合いになっちゃうからね。でもそれならひと安心だ」



「色々とありがとうございました」帰り支度を済ませた二人は四人の男に頭を下げた。ファティマは珍しく何かもじもじしている。

「それで、あのー…また遊びに来てもいいかな?」ファテイマが自信無げに聞く。


「あいつらのところに転移する心配がないなら、もちろんいつでも来てくれよ。まだ紹介してないやつも一人いるしね。だよね?ミスタータニグチ」タクヤが答える。

「こんな可愛いお嬢さん方ならいつでも大歓迎だよ。でも男しかいないこの世界で、女だってバレたら敵がいなくても危ないから、次来る時もそのフードは被ってきた方がいいかもね。男ってのは魔物と同じくらい危険な生き物なんだ」そう言ってタニグチは笑った。



 ファティマは転移の呪文を唱え始めた。男達4人はやや距離を置いてそれを見つめている。呪文を唱えながらも彼女はノルンと一緒に4人に向かって手を振っている。

「トランスレイション!」手を振るのをやめたファティマが叫ぶと、二人は縦線の連続に像が分解され、やがて消えていった。


「魔法って本当にあるんだな」ダニエルはポカーンと二人がいなくなった跡を見ながらそう言った。

「さ、俺たちも自分達のやるべきことをやろうか」タニグチがそう言うと、四人は小屋の中へと戻っていった。



 ノルンとファティマの二人は遺跡に転移する前にいた、図書館の裏に戻って来ていた。ノルンはすかさず太陽を見上げる。

「時差は無いみたいね。遺跡では少しあったのに…太陽の位置からすると、まだ午前中みたい」

「どうする?折角の日曜日で日もまだ高いしどこか遊びに行く?転移魔法は今日はもう使えないけど…」

「さっき変な感じで通信切ったからお母さん心配しているかもしれないし、今日はこのまま帰る」

「そのほうがいいかもね。おばさんによろしくね…」


 ファティマは80ℓサイズのザックをナップザック型アイテムボックスから取り出した。ノルンはそれを背負う前に、せっかく持ってきたんだからとザックの中からスルメを取り出した。行儀は悪いが二人はスルメをしゃぶりながら校門の方まで歩いていく。


 一生懸命しゃぶったスルメをひっぱったかと思えば、突然ファティマが変な事を言い出した。


「動物とか魔獣ってオスとメスで子供作るじゃないか?あれって本当は人間でも同じなんだよな?」

「まぁ理屈としてはそうなんじゃないの?」ノルンは答える。


「じゃあ私もタニグチの子供を産んでみようかな」ファティマの発言にノルンは思わずしゃぶっていたスルメを吐き出してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る