第13話 青春?
「えーそれじゃあ、誰かに任せたいんだが・・・」
朝のホームルームで担任の教師が、何かを話している。昨日の件で色々と手がつかなくなりそうだ。
「なら、山下くんはどうでしょうか?」
「・・・・・・ん?」
ぼーっとしていると、俺の名前を誰かが名指ししたようだ。声は後ろから聞こえたのでそちらの方を見ると案の定、天音香織だった。
「お、じゃあ山下よろしく」
「・・・・・・えっと、すいません。話を聞いていなかったのでもう一度お願いします」
「ああ、プール掃除をしてもらいたんだが、大丈夫か?」
「・・・・・・え?」
突拍子の無いことを言われ呆気に取られていた。なぜ俺がやる必要があるのか、意味が分からない。
「この前掃除サボったでしょ?だから貴方がやりなさいよ」
その後ろから聞こえた天音の声は何とも言えないほど冷たくて、昨日の甘い声とは程遠いものだった。
「まあいいわ。私も付き合ってあげるから」
「えー!天音さんやっさしー!」
「天使じゃねーかよ!!あいつ羨ましいわ〜」
囲いにいい印象を与えるのが目的かのように俺は餌にされる。まあ、悪くないやり方だが中々酷いことをしてくる。
「分かったよ」
俺はそう言い捨てて、机に突っ伏して自分の世界に入る。
*
放課後、帰ろうとしたら天音に捕まって本当にプール掃除をさせられることになった。
どうやら今年はうちのクラスの美化委員が清掃するらしいが、俺はどの委員会にも入っていない為、雑用という伝説の係を設けられているそうだ。因みに俺を雑用に使うのは天音しかいない。
「天音、サボって帰ろうぜ。水泳部がプール出来なくても平気だろ」
「ダメだよ〜。それに選択授業でも使うからその人たちが困っちゃうでしょ?」
「知らん。とりあえず早く終わらせよう。太陽が暑すぎて溶けちゃう」
「うん。そうしよっか」
どうやら俺は、人と関わらなさすぎて性格が本格的に終わっているみたいだ。自覚があって良かった。
それに引替え天音は凄いな。そこだけは素直に尊敬するが、他人の前で猫を被ることが異常に上手い。
「楽しそうだね〜」
「「あ?!」」
天音はプールの中をブラシで磨き、俺は仕方なくプールに水を撒いて遊んでいると、フェンスの外から話しかけられる。その声でもう誰かわかってしまった。
「昨日ぶりですね、今沢先輩」
「うん・・・・・・ところで、なんでこっちを向いてくれないのかな?」
「掃除してるんです、今日クソ暑いですから早く終わらせたくて」
水を撒きながら話しているため今沢に背中を向けた状態になっている。そうゆう風に話すのは失礼かと思うのだが、そんなことよりも早く学校という場所から消えたいという願いがある。
「今沢先輩こんにちは!」
「あ、天音ちゃんだ。こんにちは」
2人は俺越しで話し始める。その空気に気圧されて、天音とブラシとホースを交換して、プールを磨き始める。プールの中を掃除するなんて事は一生ないと思っていたので、意外と楽しく感じてしまう。
というか、2人は知り合いなのか。
「じゃあね」
「はい、さようなら」
天音は浅く頭を下げて、今沢が見えなくなるまで頭をあげなかった。
「はあ、めんどくさ・・・」
「え?」
「あの女といつから知り合いなの?」
そのドスの効いた黒い声は、プールの汚れより酷いものだった。頭を上げた途端、俺に穏やかでない視線を送ってくる。ギロっという効果音がついてもおかしくなかった。
「知らないよ。分かっていると思うけど、俺から絡もうとするわけが無いし、昨日の授業サボった時にたまたま非常階段で出会ったってわけ」
「非常階段?いつものとこにあの女が来たの?なんで?君に興味があるのかな?」
「さあ、どうなんだろうな。どちらにせよ俺があの人と絡むメリットは無い。いい加減やめてほしいが」
「ふーん」
なにか含みのあるのような態度を取られ、眉をひそめる。正直、そっちの方がなにかありそうなのに・・・。
「俺にやましい考えはないです!」
演説で所信表明をする政治家のように、胸を張ってここ数年で一番大きな声で宣言すると天音は、手をぱちぱちと叩いて、お〜!という唸り声をあげる。
「あ、そうだ!まだあれやってなかったね」
「あれ?」
「うん。いくよ、えいっ!」
可愛い掛け声と同時に、天音は水を撒くホースの先端を細くして、勢いよく出る水を俺目掛けて一直線に狙ってくる。
「・・・・・・ちょ?!冷たっ!!おい、何してんだよ」
「青春って言ったらこれでしょ!せっかく2人きりの青春で、せっかくの逢瀬なんだからさ!ここにしたためていこうよ、この瞬間を」
「なんで急にポエミーなんだよ。でも、せっかくやるなら楽しい方がいいか」
「そうだよ!ほら、避けなきゃびしょびしょになっちゃうよ〜」
ニマニマしながら俺を狙ってくるが既に下着すら水没している。帰りは・・・・・・脱いでいくしかないな。
「よし天音。お前も帰り下着は脱いで帰るしかないな」
「ええっ?!ちょっとそれは・・・・・・」
「いや、諦めるんだ。下着は脱いでけ」
「うわぁ!えっち!へんたい!すけべ!」
プールの中で逃げ惑う俺に、さらに水圧を強くして対抗する天音。近付こうとすると、直ぐに狙われて楽しいよりも寧ろ痛いが勝つ。
だが、力ずくでホースを奪う訳にもいかないので、残念ながら美少女のラッキースケベを狙うことは断念するしかないみたいだ。
「くそ!!!天音が楽しもうとか言ってたのに、俺は下着の1つも見ることすら出来ないのか!!」
「やっぱりえっち!」
「くそ、せめて色だけでも・・・」
俺は度重なる水圧の暴力により、体力がゼロになったかのようにうつ伏せになって死んだふりをする。
「・・・・・・・・・・・・・・・黒」
「?!」
そう小さい声で呟かれた声に俺は、肩を揺らして足をバタバタさせる。彼女がどんな表情をしているかは、想像に容易い。
「・・・・・・悔いは無い」
「夏実くん!?」
俺は力尽きた。
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