第三十章 8月24日

 高倉は岸本聡一に指定された札幌裏夜景スポットの近くの細い通りに入った山道まで、自分の車で向かった。


 山道の奥を進むと岸本の車らしき車を見つけたので、高倉は車を近くに停車させスマートフォンで岸本に電話をした。


「今着きました」


 高倉がそう言うと、目の前に停まっている車の運転座席からスーツ姿の岸本が降りてきた。通話は切られた。


 高倉も車を降りると、岸本がこちらに早足で歩いて来たのが見えた。


「お前、証拠隠滅ってどうする気だよ。本当にそんな事出来るのか?」岸本は側まで来て言った。暗闇の中月明りに照らされて見えたが、岸本は額に汗をかいており動揺をしている事が見て取れた。


「朱音さんをまず見せてください」高倉がそう言うと、岸本は怯えた表情を作り高倉を岸本の車に案内した。


 高倉が岸本の車の助手席を見ると、人間の頭部らしきものが窓を背に見えた。顔や身体は見えない。岸本が戸惑って何も言わないので、高倉は仕方なく助手席のドアを開けた。


「何するんだよお前」岸本がそう言った瞬間、沢田の身体が助手席から落ちてきた。


 高倉は、人形のように地面に手足を投げ出して目と口を開いた状態の沢田を見た。


「後は俺がやります」高倉はそう言うと、足元に落ちている沢田の遺体は他所に事前に両手に嵌めていたゴム手袋が外れていないかを確認した。後ろから沢田の遺体の両腕を抱えて起こし、岸本の車から離した。


「後は俺がやるって、どうやって」岸本が聞いてきたので、高倉は岸本を見た。


「埋めるんですよ」高倉は言った。


「埋めたって、朱音を探す人間が居るじゃないか。そうしたら居なくなった夜に俺と会っていた事がバレる。それに」岸本は爪を噛む仕草をした。「朱音の自宅のパソコンに消去しないといけないデータがあるんだ。あのデータがあるだけで俺が犯人だと疑われるかもしれない。そうだ、朱音の今持ってるボイスレコーダーも回収してデータを消去しないと。犯行の間を録音されているかもしれない」


「それでしたら問題はありません。朱音さんの自宅のノートパソコンを以前修理するという形で俺が今預かっていますので、データを消去した後に朱音さんの自宅に俺が返却します。ボイスレコーダーってどれですか」高倉は遺体を車から少し離れた地面に置いて聞いた。


 岸本を見ると岸本は驚きを隠せない様子だったが、急いで助手席に近寄ると助手席の下に落ちていたペンを手に取った。


「多分これだ」岸本はペンを高倉に見せてきた。


 高倉はペンを岸本から受け取ると、ペンの蓋を開けた。一見普通のペンだが、蓋の中にはUSBポートがあるのが見て取れた。


「このペンは俺がデータを削除して捨てておきます」高倉は言った。


「お前、何でそこまでしてくれるんだよ。お前朱音って下の名前で呼んでたよな。朱音と親しくなってたんじゃないのか」岸本は聞いてきた。


「朱音さんが下の名前で呼んでって言ってきたからですよ。俺は別に朱音さんと親しくない。むしろ付き纏われて迷惑でした。岸本さんは将来政治家になるんですよね。こんな事は忘れて前へ行くべきです」高倉は言った。


 岸本は口を開けたまま何も言わずに沈黙していたが、やっと声を出した。


「車は?俺の車の助手席にそいつの尿がついたんだよ。車を買い替えた方がいいのか」岸本は聞いてきた。


「重曹か漂白剤で染みを取るか、シートクリーニングにでも出してください。ですがシートクリーニングはこのタイミングで出すと違和感があるので、可能ならご自身で処理をしてください」高倉は言った。


「お前はなんなんだ?何で死体を見てもそんなに冷静なんだ」岸本は数歩下がり、高倉と少し距離を取ると聞いてきた。


「俺は慣れているので。俺の事知りませんか?」高倉はずっと疑問に思っていた事を聞いた。


「知らない。何かしたのか」岸本は高倉と距離を取ったまま聞いてきた。


「検索とかしなかったんですね。まぁ、知らない方が良い事もありますよ。岸本さんはすぐに自宅に帰宅して助手席を洗って、車の中の指紋を拭いたり証拠をなるべく消してください。死体処理は俺に任せてください」高倉はそう言うと遺体を見下ろした。


 岸本の方を再度見ると岸本は何か言いたげな顔をしていたが、踵を返すと急いで自分の車に戻り車を動かし、去って行った。


 高倉は沢田の遺体を見下ろした。


 沢田に同情をした。沢田は初めて高倉が身体を許せた女性だった。沢田は性格が良かった。このような出会い方ではなかったらまた別の関係性を築けたかもしれないと思い、高倉は沢田の遺体に近寄りしゃがみ込み、沢田の顔を間近で見た。


 沢田は目を見開き口から涎を垂らしていた。この口に接吻をした時を思い出した。高倉はその際吐き気が込み上げたが、耐える事が出来た。高校時代に女性に接吻をした時は吐いてしまった事も思い出した。


 高倉はゴム手袋越しに沢田の見開いた瞼を触り、目を閉じさせた。頭を撫でてみる。手入れのされている綺麗な長い黒髪だ。この髪もいずれは燃えてなくなり、沢田の身体は灰となるのかと思うと高倉は不思議な気持ちになった。自分が抱いた身体が灰となる。


 だが交際相手が居るのに自分と寝たからこうなったのだと高倉は思考した。岸本のような男でも浮気は浮気だ。高倉は浮気や不倫をする女性が嫌いだった。


 高倉は立ち上がると沢田の遺体から離れ、ペン型ボイスレコーダーを持ったまま自分の車に戻った。


 運転座席に座り、車の助手席に置いてあった自分のノートパソコンにボイスレコーダーを接続し、ボイスレコーダーの中のデータを削除した。岸本に先程言った、沢田のノートパソコンを預かっているという事は嘘だった。預かった事もない。


 高倉はボイスレコーダーを後でコンビニのごみ箱にでも捨てようと思い、自分の持っていた職場用のリュックの中のペンの沢山入った筆ケースに混ぜて入れた。これで警察の目があっても見つからないだろう。一見普通のペンだ。ノートパソコンもリュックの中に仕舞った。


 高倉は血の繋がった弟の殺人の証拠隠滅をするという事から、双子の弟の有理の殺人事件の証拠隠滅に加担した過去を思い出した。


 有理が殺人事件を起こし始めたきっかけは、自分が有理の嫁を殺した罪を有理に擦り付けた事がきっかけだった事を思い出した。有理は酔った拍子に有理が嫁の首を絞めて殺したと誤解をし、精神を病んで殺人をするようになってしまった。


 高倉は有理が本当に邪魔だった。深夜に証拠隠滅の為に山に呼び出される事も嫌だった。


 高倉は有理をこの世から消す為に、有理を精神的に追い詰め焼身自殺へと導いた。有理が警察の前で焼身自殺を図ってくれて本当に助かっていた。


 有理が殺人鬼になる前はあんなに有理の事が大事だったのにと、高倉はふと自分の感情を疑問に思った。バーで笠木と知り合い、笠木と親しくなり有理の存在が邪魔に感じるようになるまでには時間は掛からなかった。


 有理は大学時代に高倉と同居をしていた際に、テレビで同性愛者のニュースを見た際に言った。「俺同性は無理だわ」


 高倉は今まで有理に対して抱いていた家族以上の感情をそこで抑えようと思った。


 高校時代に親戚の家で暮らしていた頃を思い出した。自分の部屋で見たビデオをベッドの下に隠していたのだが、それを勝手に部屋に入った叔母に見られた。高倉は叔母と叔父の会話を聞いてしまった。


「あの子は歪んでる。怖い。あの子は同性愛者なんだわ」叔母は言った。


 高倉はその後すぐにビデオを捨てた。高倉はこの親戚の家に火を放ち全てを消してしまおうかと何度も思考した。脳内で人を殺す妄想をする。実際に人を殺した時は思ったよりも冷静な自分に気が付いた。普通は殺人をしたら有理や岸本のように動揺し、情緒不安定になるのだろうなと思った。


 高倉は有理の事件の被害者遺族である前田という男を殺した事も思い出した。あの男はネットで自分が被害者遺族を追い詰めている事に気付いたようで、その事を笠木に露呈させようとしたので殺した。死んだ後も手紙を残していて結局殺した意味がなくなってしまったが。あの時も自分は冷静で、何も不安を感じなかった。自分は大切な感情が欠落しているのかと思った。


 高倉はワイシャツの胸ポケットから自分のスマートフォンを取り出し、警察に通報をした。


「すみません、私今札幌の夜景スポットに来ているんですが、たまたま女性の遺体を発見しまして…」

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