プロローグ

 野村巡査部長は鳴り響くクラシック曲の中、一軒家のリビングの入り口付近に立ったまま唖然としていた。


 先程笠木から業務用スマートフォンに連絡を受けて札幌市長の自宅を訪れたのだが、札幌市長の自宅のリビング内はクラシック曲が大音量で流れ、死体が散乱し家具やカーテンに血が飛び散っていた。床は水が撒かれた形跡がありその中に血が流れ、血の海と化している。


 死体は三、四体分ある。死体はリビングの床に手足を無造作に投げ出し仰向けやうつ伏せで倒れており、目を見開いてソファーに座って息絶えている死体もあった。ソファーに座っている死体は散弾銃のような物を口の中に入れたまま息絶えていた。


 ホワイトやベージュを基調とした広く綺麗だったであろう内装のリビングは赤く染められ、近くの壁には何やら人の内容物のような物が付いていた。錆びた鉄のような匂いも漂っていた事から野村は一瞬吐き気に襲われたのだが、リビング横のアイランド型キッチンの前に血塗れで立っている唯一生きている男に視線が釘付けになった。


 男は黒いパンツに半袖の淡いブルーのワイシャツを着ていたが、そのワイシャツの前や袖から出た腕や手先が血塗れだった。片手に包丁のような物を持ち、正面から無表情でこちらを見て佇んでいる。


「凶器を降ろせ」リビングの中に最初に入った男の警察官が凶器を持ったままの男に向かって銃を向け、大声を出した。警察官の声が若干震えていた事に野村は気付いた。


「私は正当防衛です」その男、高倉は凶器を持ったまま両手を上に上げ、市長の家で先程から鳴り響いている大音量のクラシックの音の中でも聞こえる声で言った。


 野村は血塗れで佇んでいる高倉と周囲の死体を見て、異様な光景に思考が停止してしまっていた。


「いいから早く凶器を床に置け」他の警察官が言った。


 野村は声が出ずに混乱した頭を必死に整理しようとした。連絡をしてきた笠木が何処に居るのかと周囲を見渡した瞬間、高倉の後ろにあるアイランド型キッチンの前に座り俯いている小柄な男が目に入った。この男が笠木だと野村はシルエットで分かった。笠木は腹から血を流しており、着ている服が血で赤く染まっている。野村は動悸がした。


「凶器から離れろ」警察官の声に野村は我に返り、高倉に視線を戻した。


 高倉は凶器を床に置いた後両手を上に上げたまま数歩前に歩き、高倉の近くに居た女性警察官の持った銃に向かった。高倉は銃の目の前で立ち止まった。銃口が高倉の顔の目の前にある。高倉はこの状況で表情一つ変えなかった。


 女性警察官の近くに居た他の男の警察官が二人掛かりで高倉の手を取り、高倉の両手に手錠を掛けた。高倉は始終無言だった。


 野村は高倉の余罪調査から外れた森警部補が「もう俺は高倉には関わりたくない」と言っていた言葉を思い出していた。

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