第40話 浮気の定義



《有間愁斗―視点》


しお【昼間の電話なにか用事でしたか?今日は何時に家に来ますか?】


 新幹線に乗って広島に向かっていると紫陽花からLINEが来た。

 他の男とセックスしていたのに……よくLINE送れるよな。

 くっそ、俺は嫌なヤツだ。言いたいことがあるなら直接言うべきだ。でも今はまだ気持ちの整理が付かない。


有間【今日から出張に行くことになって、暫く会えない】

しお【急ですね……いつまで会えないんですか?】


 ははは……、いつまでだろうな?

 ずっとか?


 俺はこのLINEに返信出来なかった。





 18時東京発新幹線に乗って広島のビジネスホテルに着いたのは23時頃。

 その後も紫陽花からLINEが来てたけど見なかった。


 今は何も考えたくない。

 明日から新現場だ。覚えることも多いだろうから仕事に集中しないと……。


 因みに井野さんは車で来たらしく日を跨いでホテルに到着した。




 月曜日――。


 俺は淡々と働く。仕事は加工食品製造ラインの新築で、ロボットの組立、取付、配線作業等、言われたことを卒なくこなした。


 昼と仕事の後、紫陽花からLINEが来たけど既読を付けなかった。


 夜、井野さんは遊びに出かけ、俺は一人で居酒屋に行き酒を飲んだ。紫陽花から電話が掛かってきたが、心が拒否反応を示し電話に出ることができなかった。

 出ても何を話せばいいかわからない……。



 火曜日――。


 この日も紫陽花から連絡が来ていたようだったが、仕事が忙し過ぎて見る気がしなかった。

 俺達はもう駄目なのかもしれない。


 夜、井野さんに風呂に誘われた。


 ここはビジネスホテルなのに温泉大浴場がある。


 脱衣所で井野さんと服を脱ぐ。

 井野さんの体には全身に和彫りの刺青が入っていた。


「井野さんってそっち系の人だったんですか?」

「ん?まぁ昔な」

「大衆風呂に入って大丈夫なんですか?」

「職人も泊まるホテルで、こっちじゃ墨なんて珍しくないからな、大丈夫だろ。ほら行くぞ」

「はい」


 二人並んで風呂に浸かっていると。


「なぁ有間、お前元気ねーな。なんかあったんか?」

「実は……日曜に彼女の浮気現場を目撃しちゃっいまして」

「マジかよ!そりゃ凹むな。んで、別れんの?」

「どうしたらいいかわからないんですよ」


 井野さんは「はっ」っと鼻で笑う。


「バカだな。要はお前が惚れてるかどうかの問題だろ?惚れてるなら他のヤツに取られねーように頑張るだけだ。どうでもいいなら別れちまえよ」


「ですよね……」


 俺はどうしたらいいんだ……。




 水曜日――。


 昨夜からずっと紫陽花のことを考えていた。俺は少しこなれてきた作業をしながら思を巡らせる。


 昨日風呂で井野さんが言っていた通りだ……。俺がこうしてウジウジしている間も紫陽花は奴とキスやセックスしているかもしれない。


 でも俺が彼女の浮気を許せないと思う気持ちは思い上がりだ。紫陽花からしたら自分を恨んでいる男とずっと付き合いたいなんて思わないだろう。他の男を選ぶだけだ。


 俺は紫陽花が浮気してて本当にショックだった。人生で一番落ち込んだ。惨めで悔しくて心が抉られるようだった。


 でも俺が紫陽花を好きで、絶対に別れたくないなら、全部許して受け入れて、俺だけ見てくれるよう努力するしかない。


 自分の気持と感情を押し殺して……。


 凄く辛いかもしれない。けど自殺するよりは辛くないと思う。

 それが井野さんの言ってた頑張るってことだ。


 彼女の為に死ねるくらい好きになるって約束したじゃないか!


 彼女に浮気現場を目撃したことを話して、それでも俺は紫陽花を大好きで別れたくない、ずっと一緒にいたいって伝えよう。先ずはそこからだ。


 仕事をしながら決心した。今夜、紫陽花に電話する。

 昨日も連絡来てたのに無視しちゃったから……俺の電話出てくれるかな。





 昼休み、飯を食い終え、食堂の椅子でぼーっとしているとスマホが鳴った。紫陽花からだ。


 俺は電話に出た。


「もしもーし、ごめん連絡できなくてぇ、はははは……」


 彼女と話すのは日曜以来。俺は極力明るい声で話す。


『あっ!やっと繋がった!先週もそうでしたけど、週始めは連絡できない呪術にでもかかっているんですか?』

「ほんとごめん、忙しくて……」

『もう本気で怒りますよ!』

「はははは……」


 怒りたいのはこっちだ。君だって俺が他の女とセックスしてたら嫌だろ……。


『有間さん悪いです!最悪です』


 最悪なのはどっちだよ。何で俺が責められなきゃいけない?浮気までされて追い討ちとか、いくならなんでも理不尽だろ。


『酷い人です!最低です!バカぁ!』


「うるせーッ!バカ女ッ!」


 キレた俺は気付けばスマホに向かって大声で怒鳴っていた。

 あ、ヤバい、何言ってんだ俺。なんてことを……。


『わ、私……バカじゃないもん』


「本心じゃないんだ……その」


 紫陽花はバカじゃない。勉強は頑張ってるしスポーツもできて歌も上手い。そして容姿端麗。くっそやっちまった……。


『謝って…ください…うっ……ぅっく』


 泣きそうな声。


「ごめん……本当にごめんなさい」


 俺が謝ると。


『うっく、ずっ……あ゛っあぁぁぁ、えっく、あ゛あぁぁぁ……酷いですよ……ひっく、ずっと心配してたのに……えっく』


 紫陽花は大声で泣いてしまった。連絡無視してたからな。心配してくれたのか……。俺に気持があるってことだよな。なのに俺は……。


「ごめん、紫陽花が浮気してるの知っちゃって」


『ふぇ?……えっく』


「日曜に、その……浮気しただろ? だからずっと苦しくて辛くて、頭おかしくなりそうで連絡できなかった」


『ずっ…ぇっく……誰が浮気?』


「紫陽花が……。でも、それでも俺は紫陽花が好きだから別れたくない」


『私、浮気なんてしてない!私が好きなのは有間さんだけだもん!』


 そりゃ浮気したなんて自白しないよな……。でも別に浮気しててもいいんだ。俺の気持ちは変わらない。

 俺の答えは出ているから、あとは彼女が認めないと俺達の関係は次に進まないような気がして、俺は通話しながらLINEで例の写真を送った。


「写真見れた?そのとき俺も池袋にいて、ラブホに入っていくところを見ちゃったんだよ。でも別にいいから!紫陽花が浮気してても俺は紫陽花が好きだから、変わらないから」


『……私、ラブホに入ったけど、浮気なんてしてない!』


 そう言うことか!わかったぞ!

 つまり、ラブホに入ったけど浮気してないってことだ!


 浮気にも人それぞれ定義がある。キスは浮気とかゴム無しセックスは浮気とか、イったら浮気とか……。

 プレイ内容によるが紫陽花的にラブホでセックスするくらい浮気じゃないってことなんだ。


「わかった。紫陽花の性欲は理解する!でも、とにかく俺は紫陽花が他の男とヤルのは辛くて……話し合おう。そろそろ仕事始まるからまた夜、電話する」


『いや、全然わかってないよっ!!有間さん広島の第三工場にいるんですか?』


「うん、じゃぁまた今夜」


『……わかりました』


 俺は電話を切った。

 LINEを開いたから今まで無視していたメッセが目に入る。




しお【有間さん何してますか?】


しお【新しい下着買ったんですけど、見たいですか?】


しお【何かあったんですか?】


しお【もう!また連絡くれない!今度こそ本当に怒りますよ!】


しお【事故に合ってたら心配です】


しお【携帯壊れたのかな?】


しお【返事来なくて寂しい。私うざくてすみません】


しお【有間さんに会いたいよ……心配です】


しお【声だけでもいいから、聞きたい】



 彼女は本当に浮気したのだろうか……?





 19:30――。仕事が終わり会社の門を出ると……そこには美しい黒髪の美少女が立っていた。


「有間さんっ!」


 会社の門の前に紫陽花がいた。






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