第12話 ファーストキス




《有間愁斗―視点》



 金曜日の夜――。


 今日は砂月さんと食事をする。

 店は近所のちょっと小洒落た洋食屋で、いつものミニストップで待ち合わせをして歩いて行いく。

 制服の作業着では行けないので仕事終わりに一度帰宅し私服に着替えた。


 ミニストップに行くと砂月さんは店内で雑誌を読んでいた。

 今夜の彼女はフリル多めの白のブラウスにグレーのショートパンツワイドタイプ、お嬢様っぽい服装で髪は後ろで纏めてアップにしていた。


 お洒落だなぁ。こうしてはたから見るとツンとした冷たい顔立ちの超絶美少女で他人を寄せ付けない雰囲気がある。


「ごめん、遅くなって」


「私も今来たところです」


「服の雑誌?少し見ていく?」


「いえ、もう大丈夫です」


 彼女は雑誌を棚に戻す。表情はCOOL。


「ならいいんだけど。じゃぁ行こっか」


「はい……、あの、有間さんとご飯、楽しみです」


 そう言うと彼女は微笑んだ。冷たい表情と笑顔のギャップがヤバい……、俺は彼女の温かい笑顔にドキドキしてしまった。




 洋食屋に向かって歩きながら。


「試験、やっと終わったね」


「はい!んー、もう最高です。自由です。今なら何でも出来る気がします」


 砂月さんは明るく話す。ウキウキしているのが伝わってくる。

 今日の食事は期末試験の慰労会も兼ねていた。


「これから夏休みだもんね。テンション上がるよな」


「そうなんですよ!凄く楽しみです!」


 俺も学生時代は夏休みが始まるってだけで、かなり浮かれた。


「……遅くまで頑張ってたみたいだから心配してたよ。終わって良かった。寝不足なんじゃない?」


「実はかなり寝不足です。でもテンション上がって寝れないですよ。――あっ!」


 夜道を並んで歩いていると正面から歩いて来た男がすれ違いざま、砂月さんにぶつかりそうになった。俺は彼女の肩を抱いて引き寄せる。

 当たらなかったのを確認して手を放した。


「私、よく人とぶつかるんですよね。注意不足って友達からも言われて」


「一緒にいるときは俺が守るから大丈夫だよ」

 とキザなセリフを吐いてしまった。


 すると砂月さんは俺の腕に両手を絡めてホールドする。胸が先端が腕に当たっているような……!?


「有間さん、頼りになりますね。クス」


「いや、うん……頑張らせれもらいます……」


 にっこり笑った砂月さんのこの可愛さ、ヤバいって!





 店はヨーロッパ風の洒落た造りで、蝋燭の様な電球で照らされた店内は薄暗い。

 彼女も初めて来たらしく雰囲気のある装飾に感動していた。


 注文を終えた俺達は今後の予定を話し合った。


 それで砂月さんに変化があるように思えた。

 学校の出来事や友達、家族の話をたくさんするのは相変わらずだけど、例えば俺が行きたいところには付いていくとか、俺がやりたいことは一緒にやりたいとか、全て従います的な……。そんな感じで言いなりなのだ。

 仮に悪い男と付き合っていたらセックスと薬漬けにされて、風俗で働かせた金をピンハネされそうな感じだ。あだ名は「金づる」とか「ATM」……。

 まぁただ、現状で言えば、デートは全て俺の奢りだからATMなのは俺だけど……、社会人として六つ下のこの前まで高校生だった学生に払わせる訳にはいかない。


 彼女が俺に従うことに関しては例のアプリの効果なのか、それとも彼女の性格なのかは判断できない。

 念の為、アプリの効果が出ないよう俺は何事も提案する感で言うようにしている。あくまでも彼女の意向を優先するのだ。


「ここのハンバーグ美味おいしいです。凄くジューシーですねぇ〜」


「そうだね。和風も美味うまそう」


「私はデミグラスソースが気になります」


 砂月さんはハンバーグの醤油ベースダレを、俺はデミグラスソースを注文した。他にも色々メニューはあるがレビューでこれが人気だった。


 俺は一口サイズに切ったハンバーグにフォークを刺してたっぷりソースを付ける。それを砂月さんの口元に差し出した。


「一口食べなよ」


 彼女はそれを少し見詰めてから。


「は、恥ずかしい……はむっ」


 と頬を赤くして恥ずかしがりながら一口。

 ハンバーグを食べた砂月さんの顔がフワッと緩む。幸せそうに頬張っている。


「ん〜、こっちも美味おいしい。……けど、有間さんって天然で恥ずかしことしますよね!……じゃあ……有間さんも!はいっ!」


 仕返しとばかりにハンバーグを差し出してきた。確かに自分が食べる側だと恥ずかい。砂月さんの顔を見ると笑っている。楽しそうだ。


「はむ…………、あっ、和風うまいぞ!」


 醤油独特の香りが肉に合っている。これはほんと美味いな。


「でしょ、ふふふ」


 この屈託のない笑顔を見ていると料理がより美味くなる。そして幸せな気分になる。


 砂月さんは高校時代、部活一筋で俺と付合うまで色恋話はなかったようだ。

 男に合わせてしまうのは男性経験の無さから接し方がわからないだけなのかもしれない。

 そこにつけ込んで心と体をドロッドロに調教し、俺無しでは生きていけない女に変えたくなってしまう(童貞の妄想)


 取り敢えず俺は彼女の優しさに甘えず、この子が幸せになれるよう頑張ろう。





 食事を終えた俺達は、手を繋ぎながら近所の公園を散歩した。


「ここ、春になると桜が綺麗なんですよ」


「へぇーそう言えば車で通った時に見掛けた記憶が……、来年、一緒に来ようか?」


「いいですよ。でも……来年まで付き合ってますかね?」


「俺、結構一途で、これからもずっと砂月さんのこと好きだと思うから大丈夫じゃないかな?」


 砂月さんが俺に幻滅したらフラれてしまうけど……。

 もうすぐ公園を抜ける。彼女は最近かなり寝不足だから今日はこれで解散だ。


 すると、砂月は足を止めた。


「ん?」


「私も大丈夫だと思います。……花見は来年で……、じゃあキスは……いつするんですか?」


「……」



 俺が目を見ると彼女は視線をそらした。単純な疑問だよな?……今したいって意味なのか?


 付き合って2週間、TRLのデートも含め会うのは今日で4度目。電話とメッセは毎日やり取りしている。

 普通のカップルならキスくらい、そろそろしてもおかしくないと思う。


 俺は周囲をキョロキョロ見回した。人はいないようだ。

 キスくらい、男らしくやらないと幻滅されちゃうよな。


 俺は俯く彼女に向かって一歩前に出た。


「今……しよっか」


「べ……、別にいいですけど……」


 砂月さんが顎を上げ俺は顔を近付ける。

 お互いの鼻の頭がぶつかって、彼女は怯えるように目を閉じた。

 緊張が伝わってくる。


 俺は一呼吸空けて、自分の唇と彼女の唇を軽く重ねた。


「緊張した?」


「……ど、ドキドキしました……キスしちゃいましたね、えへへへ。……――んっ」


 恥ずかしそうに微笑む砂月さんが可愛すぎて俺は彼女を抱き締めた。それから。


「もう一回したい」


「いい……ですよ」


 ――ちゅっ


「ずっと好きだから」

 ――だから忘れない。忘れさせない。


 それから俺は暫く砂月さんを抱き締めた。

 今日の彼女はずっと浮かれていて、風船のようにフワフワしていて、放すと何処かへ飛んで行ってしまいそうだったんだ。



 この後、人が通りかかり恥しくなって離れた。




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