催眠アプリで彼女ができました

黒須

第1話 催眠アプリを使ってみた


有間愁斗ありましゅうと―視点》


 7月初旬――。


 エアコンの効いた車内から出ると、18時だというのに日差しは強く蒸し暑い。


 いくらなんでも暑すぎるだろう。

 あぁ……、今年も夏がやってくるのか――。


 夏は嫌いだ。


 夏は暑い上に女絡みのイベントが多い。海やプール、祭りに花火大会。

 彼女がいればそんな予定で楽しい季節なのかもしれない。だがそんなもの、今までできたことはない。


 中3の夏、小学生の頃から4年間好きだった女子に告白した。ずっと仲良くて相手も俺に好意を持ってるいると勘違いしていた。でも結果はフラれた。他に好きなヤツがいるって言われた。


 高2の夏、合コンで知り合った女子に告られて、俺がその気になったら、彼女から冗談で告ったからごめんなさいと言われた。

 あれはほんとに意味不明だったな。でも裏切られバカにされたような感じがして、俺は笑っていたけど内心傷ついた。


 それがトラウマになったのか大学では女子も入れて大勢で遊ぶことはあったが、女にガツガツしている回りの男友達とは対象的に俺は女子と関わろうとしなかった。

 それでも俺に声を掛けてくれる子がいて、勇気を出してデートに誘ったら断られたんだよな……。あれも夏だったな。懐かしい。


 夏は嫌いだ。

 そして、自分に自信がない、こんなダメな自分が嫌いだ。



 駐車場に車を停めた俺は個人経営の小さなスーパーに入る。

 エアコンの冷たい風が身を包み眉間の皺がスッと消えた。


 夕飯の弁当とビールをカゴに入れてレジに並ぶ。俺の前には3人、客が並んでいる。そして俺の視線は吸い寄せられるようにレジに立つ女店員へ向かった。


 Tシャツにフィットしたジーンズはスリムな彼女をより華奢に見せる。そこにこの店の赤いエプロンを掛けている。

 黒髪ポニーテールが小顔を引き立て、ツンとした少し釣り目は凛々しく精悍で俺の好み。


 普段はクールな雰囲気で無表情の彼女が常連のおばちゃんと楽しそうに話す。


「今日もあついわねぇ〜」

 とおばちゃん。


「そうですねぇ」

 と微笑む彼女。


 ……今日も滅茶苦茶可愛い。小並感な感想しか言えないが、とにかく俺好みであり見た目は理想の存在。


 俺の番になると彼女はツンとした真顔で仕事をするが、しかし俺の顔をチラチラと見てきた。いつものことだ。

 気まずい俺は視線をそらした。これもいつものことである。


「お支払いは……、えっと、paipaiですか?」

「あ、はい」


 俺はスマホ画面を見せる。彼女はスマホのモニターに映ったバーコードを読み込む。

 常連だから支払い方法は把握されていた。レジ袋が不要なことも知っているからいちいち聞いてこない。




――――――――


 自宅アパートに帰宅し弁当を摘まみ、ビールを流し込みながら思い悩む。


 俺はほぼ毎日あの店で夕飯を買っている。彼女を見掛けたのは半年前、確か今年の1月くらいだったか……。

 あの子は週4、夕方のみ働いているから、たぶんアルバイトなんだよな。なら、いつ辞めるかわからない。そうなればもう彼女を見ることはなくなる。


 このままじゃ一生独身だし、勇気出して声を掛けてみるか……、けど、なんて言えばいい?世間話って言ってもなぁ……。それに、あんなに可愛いんだ、彼氏いるだろ。

 いや……、そもそも話し掛けること自体、荷が重い。

 はぁー、無理か……


 行き詰った俺は無意識にテーブルに置いていたスマホをタップした。


「あっ」


 慌ててスマホを見る。

 あれ?え?なんだこれ?


 さっきまでウェブ小説を開いていたような気はするが……。

 スマホには映るのは怪しいアプリのインストール画面だった。


【~奴隷催眠アプリ~このアプリで気になるあの子を思い通りにできるんだぜ】


 何となくアプリ説明に目を通す。


●これは相手を奴隷にするアプリです。

●アプリ画面を相手に見せることで催眠は完了します。

●一度見せれば効果は継続されます。

●どのような嫌悪される頼みや願いにも従う奴隷になります。

●相手の感情や思考を洗脳することはできません。

●催眠対象者は1人です。

●アプリをアンインストールしない限り効果は継続されます。

●アプリをアンインストールすると催眠時の記憶は消えます。


 てことはあの子に見せて……、あんな命令やこんな命令をすれば全て叶うってことなのか。

 そんなバカバカしい……。


 どうせウイルス感染ソフトの類だろう。ただ俺はウイルス対策には少し詳しいからな。仮に感染しても対処、復旧できる。

 冗談で試しに入れてみるようかな……。入れたとして、スマホ画面をどうやって見せる?


 うーん、あっ……、レジで支払いの時にpaipaiと間違えて表示すればいいのか……、それで「違いますよ」って言われたら「いっけねぇ~」とか適当なこと言って誤魔化す。

 あれ?やろうと思えばやれる?




――――――――


 翌日


《砂月紫陽花―視点》


 私はバイト先スーパーのレジに立ち、お客が途切れたタイミンで店内を見回した。

 それから視線を外に向け、駐車場を見る。壁は全面ガラス張りで駐車場がよく見えた。


 あの人、そろそろ来るよね?

 ああいう感じの人が好みなのよね……。背高くてルックスも悪くない。何より遊んでなさそうな落ち着いた感じがいい。でもどうせ彼女いるんだろうなぁ。


 以前、友達主催の合コンで知り合った男の人と仲良くなった。LINEでたくさんやり取りして、デートすることになった。でも実はその人には彼女がいて、それを友達伝に聞いて、それで結局私が無視するようになって疎遠になってしまった。


 男の人と付き合ったりするの興味はあるけど、……でも別に彼氏なんていなくてもいいよね。


「はぁ、仕事しよう」



 暫くすると彼の姿が店内に見えた。

 仕事をこなしながら、チラチラと彼を目で追うと彼もこちらを見ている。何度も目が合いそうになったけど、その度に私は視線を逸らした。


 お客が切れたタイミングで彼が私の前に立つ。

 だいたいいつも買う品がカゴに入っていた。それを手早くバーコードリーダーで打つ。


「お支払いpaipaiですよね?」

「えっ、あ…………、は、はい」


 いつもとは違う焦った口調。それで彼の顔を見るとめちゃくちゃ緊張しているように見えた。こんなことは初めてだ。

 彼は震える手でスマホを差し出し、私は画面を覗き込む。


「……ぇ?」


 グネグネしたものが渦巻いていて、そこにはこう書かれていた。


【 催 眠 発 動 】



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