第24話 エドヴィンの叫び


 ダンテフォールでは現実として、力を付けた精霊のような存在による神隠しが可能らしい。神自身からの申告だ、間違いはない。


 この世は、なかなか厄介なものなのだと改めて認識したレーナは、自然、眉間に皺を寄せた顰め面しい表情となっていた。


「レーナ? もしや攫われてしまった私の不甲斐なさに怒っているのか……」


「へ?」


 ほこらから飛び出して、流れるようにレーナの両手を取ったエドヴィンが、彼女の目の前でエメラルド色の瞳を不安げに揺らしている。レーナより身長も高く伸びてずっと男らしくなったはずの彼が、何故かか弱げに見えてレーナは狼狽える。


 ――とは言うものの、それはエドヴィンが計算しつくした仕草で、彼女にそう錯覚させているだけなのだが、レーナはそうとは気付かない。


「ごっ……ごめんなさい! 心細かったんだよね。エドの姿見て安心したから、別の考え事しちゃってた! ほんと、ごめん」


 慌てて取り繕うレーナだが、エドヴィンにしてみれば、もっとしっかり心配して欲しかったのだから残念な反応だ。けれど、彼女の注意を自分に向けることが出来たから良しとしておこう……と考え直したところで、鋭く彼の思惑に気付いたが不満げに声を上げる。


「レーナを危ない目に あわせてんじゃねーよ! ボーッとしてっから さらわれたんだろ。んなの、ジゴーじとく ってやつじゃん!!」


「あーっ! んもぉ、アルルクったら、またそんな乱暴な言葉遣いしちゃって! いつも注意してたのに、まだ治んないの!?」


「へへっ、そだな。レーナはいっつも、おれの話すこと 聞いて、そう注意してくれてたな」


 レーナは、エドヴィンに捕まれていた両手をスッと抜き取り、身体ごとアルルクヘ向き直る。一瞬、得意気な表情をしたアルルクと、エドヴィンの視線がカチリとぶつかり合う。スゥと、エメラルド色の瞳を細めたエドヴィンだったが、フワリと柔らかな笑顔を浮かべて見せた。


「レーナ、本当に私のことで心配をかけて悪かった。さぁ、早く私たちの帰りを待つ屋敷へ、一緒に帰ろう」


 言いながら、何処かの優雅なパーティー会場へエスコートするように、さっとレーナの片手を取る。


「はぁ? 何いってんの? レーナの帰る場所は、おれたちの プペ村だ」


 今度はアルルクが、レーナの空いた片手をグッと引く。


(いや待って!? どーゆー状況、これ!?)


 両手に花ならぬ、両手に花も恥じらう乙女ゲームの攻略対象とは、平凡モブ村娘に何が起こったと首をかしげるレーナだ。ゲーム開始までまだ間があるにしても、断じてモブが立って良いポジションではない。こんな状況は、平穏なリュザス探しの旅出立への障害にしかならないだろう。誤りは正さなければ――と焦りながら口を開く。


「ちょっ……! あなたたち、何か間違って――」


『渡さない』


 レーナの言葉を遮って、女の声が響いた。しかも、脳裏に直接だ。


(来たーーー!)


 すぐに来るだろうと覚悟はしていた。けれど気を失うほどの破壊力を持つ、トラウマものの絶叫で深く心に刻まれたその「声」に、レーナは全身を強張らせる。傍のエドヴィンをはじめ、領兵や執事にもその声は聞こえているのだろう。皆一様に顔を青くしている。


 ただ一人、事情の分かっていないアルルクだけは耳に指を突っ込んで、怪訝そうに頭を傾げる。


『渡さない。帰らせないわ。この子は私と一緒に居るの。もう忘れられるのはたくさん! 勝手な決まりを作って、本当の約束を反故にして……あたしのことなんて何も考えないで、勝手に都合よく解釈して、忘れるなんてっ!! 勝手なことをするなら、あたしだって代わりを手に入れて好きにさせてもらうわ!!!』


 荒ぶる声が紡ぐ身勝手な恨み節は、かつて彼女と、初代ドリアーデ辺境伯との間に結ばれた約束があったこと、そしてそれが違えられたことを伝えている。


 約束した当人は、遥か昔に自身の命が尽きた後の愛の証明を、何らかの方法で後世の人間に表わしてもらおうとしたのだろう。


(多分、ネリネの花を彼女に贈るとか、そんな話なんだよね。それを忘れられない様に、シュルベルツの人たちが必ず「精霊姫とネリネの花」をセットで思い浮かべるまでに、念入りに、常識レベルに定着するほどまでに刷り込んで遺した……と)


 美談ではあるが、他人である子孫や後世の人間にとっては、とんでもない巻き添えをくらう迷惑な話でしかない。


「ほんと、はた迷惑な話」


『尽くしてきたあたしに、愛も知らない人間の小娘ごときが偉そうに!』


 レーナが、ぽろりと本心を零せば、精霊姫がキンキンと響く声で喚きたてる。


(あ、しまった)


 後悔するが遅かった。再びレーナの足元の地中から、尖った根っこが大挙して突き出してくる。


 しかも、レーナの左右の手を取ってエドヴィンとアルルクが立っているのだが、狙いは彼女一人らしく、レーナの所にだけ幾つもの根の先が飛び出してくる。足元の地面が急に剣山に変わった様な感覚だ。


「っつ!!」


 両足を地中から何か所も刺されて声にならない悲鳴を上げるレーナだが、刺さる傍から修繕リペアで吸収してしまうから怪我には至らない。けれど痛いものは痛い。


 その状況に気付いたアルルクは、さっとレーナを抱え上げ、エドヴィンは物理防御の魔法をレーナに掛ける。散々刺さった後での2人の行動だが、傷も残っていなければ血も出ていないから、後手でしかないことを指摘するにも説得力がなくて、レーナはむぐぐと口を噤む。


『なによあなたっ! 全部取り込む気!?』


 苛立った精霊姫の言葉に、守っていたつもりの2人がぎょっとレーナを見る。そうなのだ、実は手遅れだったんだよと苦笑してみせるしかない状況だ。


(精霊姫ったら、余計なことを言ってくれちゃって。アルルクとエドが気にしちゃうじゃない!)


 内心腹を立てつつの笑顔だったのだが、その引き攣ったレーナの笑顔を、エドヴィンは辛いのを堪えて自分に心配を掛けまいとする「健気な表情」だと捉えてしまった。

 だから、何とかして精霊姫を止めようとエドヴィンは考えを巡らせる。けれど、樹海の植物を自在に操り、結界を張って人の侵入を妨げ、いとも簡単に人一人を攫ってしまう存在に対して、あまりに自分は非力だとも理解してしまっている。


 それならば――嘗て人の男と恋に落ち、いまだ暖かな想い出を抱き続ける彼女ならば、情に訴えればなんとかなるのではないかと、エドヴィンは考えた。「そうだ……ドリアーデ一族を見守ってくださった方だ。私が訴えればきっと……」と、自らの気持ちを纏める様に呟いて、決意の強い光を宿した瞳で祠を見据える。


「もうやめてくれ! おばあさま!!」


 何とかして精霊姫を止めようとしたエドヴィンは、必死の叫びを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る