第22話 根っこ相手に超苦戦!増援登場


「ひっ……! 精霊姫ドライアド様がお怒りに」


「何てことだ」


 領兵らが顔を青くして見詰める先では、地面から突き出た木の根に、レーナが肩を貫かれている。


 どう見ても、自然現象ではない。何者かが意志を持って植物を用い、レーナを攻撃したのだ。彼女を襲った根は、ほこらから地中を這って近付き、害意を持って突き出されたようだった。


「いた……くない! 治るっ!!」


 我儘わがまま娘に負けて堪るかと、レーナが力強く宣言すれば、突き刺さったはずの根が彼女の身体を境にして前後の地面にぼたりと落ちる。


(ああああ……治っちゃった。取り込んじゃった。今度は木だよ!? 痛くなくなったけど、これって大丈夫なの!?)


 今更ながら、内心で盛大に慌てふためくレーナだ。


 ―― 大丈夫なんじゃない? 僕の見込んだレーナだもん。それにもうちょっと頑張ったら、役に立つもの・・が来そうだし ――


 再び頭の中に青年の声が響く。


「どこがっ・大 丈夫っ だっ……て!?」


 頭の中の声に返事をしながら、ニョキニョキと地面から突き出しては引く木の根を躱す。飛び退き、後退り、必死の体捌きで祠から大きく距離を取れば、不自然に言葉が途切れる。舌を噛みそうだが、青年の呑気で勝手な言い草に反論せずにはいられなかった。


 レーナを狙って、禍々しく捻じれ尖り、黒く変じた木の根が次々に地面から突き出してくる。即死でなければ――ある程度・・・・までの自分の傷なら「治る」と念じ、呟けば修繕リペアできるとレーナは考えている。魔物にやられた腹の傷は本当に深かったから。けれど、刺されば痛い。だから、そんなものに進んで当たりたいとは思わないのだ。


(閉じ籠った精霊姫が出てくるように煽ったのはわたしだけどさぁ! 痛いのは嫌だってば。リュザス様が信じてくれるのは嬉しいんですけど!!)


 のんびりとして笑みさえ含んでいそうな青年の声に、レーナは心の中でひっそりと悪態を吐く。けれど、その間も地中から次々に木の根が彼女目掛けて突き出て来るから、必死で避ける。根の狙いは、彼女の煽りの甲斐あってか、レーナただ一人だ。執事や領兵は近付こうとしても、根がやんわりと脚に絡み付いて押し留めている。彼女への扱いとは雲泥の差だ。


 いつの間にか祠の周りは、地中から突き出た木の根にグルリと取り囲まれ、祠を胴にしたタコの様になっていた。


 祠を囲んで、屋根よりも高く上空へ延ばされた根は、近付けないレーナを嘲笑うかのようにウネウネと揺れて踊る。


「もぉもぉもぉっ! 煽ってんじゃないわよぉぉ」


 自分のことを棚に上げて、腹立ちを込めて叫ぶレーナの声が森に木霊する。煽れば簡単に現れるかと思った精霊姫とエドヴィンは、未だ現れる気配もない。だから多分に焦りもあった。

 とは言え、ここが彼らの籠る場所でないとは思ってはいない。自ら一緒に確かめに行くことを提案したリュザスが、彼らの居る場所へ案内していると信じているレーナだ。祠に近付けさせない様に、これだけの抵抗を受けるのも信憑性の裏付けになっている。


 固く閉ざした祠の扉の奥には、間違いなく精霊姫とエドヴィンが居る。


 そう確信しながらも近付けずにいるのは、祠を取り囲んだ「踊る根」が、レーナの些細な動きを追って右へ左へと照準を絞って動くからだ。今は50メートルほどの距離を取って様子を見ているが、近付けば必ず攻撃してくるだろう。


(この蝶も、リュザス様の意志で動いているみたいだけど。今は何の反応も無いし、自分でなんとかしろってことなのよね)


 眉間にしわを寄せつつ、右耳の後ろに留まっているであろう、髪飾りに戻った蝶に触れながら、どうこの窮地を乗り越えるのか考える。


(煽りに反応してきたから、精霊姫に言葉は聞こえてるわよね。なら、敵じゃないって思わせて近付くことは出来るかな? 真正面から、素知らぬ顔で鼻歌でも歌いながら向かってみたら意外と上手くいったりとか)


「レーナ様!?」


 背後から、足止めされている執事が大声で止めるのも構わずに、レーナが大きく踏み出せば、束になった木の根が凄い勢いで真っすぐ彼女に向かって来た。


 先端を鋭くとがらせた何十本もの木の根の先端が、レーナの眼前に勢い良く迫って来る。


(まずい! 頭に当てられたら「治れ」って考えられなくなっちゃう!!)


 慌ててレーナは身体を捻り、回避を図る。

 けれど、植物とは思えない俊敏さで動く木の根を全て避けきることは難しそうだ。


(くぅぅーーー! 痛いのはいやだぁぁ!!)


 半泣きになりながら、それでも致命傷を避けるために目を見開き続けるレーナの視界に、ふわりと赤いモノが飛び込んできた。


「ぎゃおぉぉぉーーーーーーーーーーっ!」


 小型犬サイズの赤いちびドラゴンが、小さな羽根で羽ばたきながらレーナと木の根の間に割り込む。そのまま空中に留まり、大人の腕ほどの太さの尾を振るって、迫る木の根を撥ね退けて行く。


 ざん ざしゅ


 布を引き裂く鋭い音が響いて、幾つかの木の根がレーナの四肢を傷付ける。だが、痛いと感じた次の瞬間には修繕リペアを完了していた。レーナの気持ちを反映して、治る速度が上がっている様だ。


「ぎゃぉっ! みぎゃぅっ!!」


 けれど、破れた袖や肩口を見たちびドラゴンは、修繕リペアに気付いていないのか、切羽詰まった様子で鳴いている。


「ぎゃう、ぎゃ! みゃぎゃっ! ぎゃうん!!」


 一生懸命に何かを語りかけるが、全く意味の分からないレーナは眉を顰めてじっと唇を噛み締める。思案顔だったのだが、その表情でちびドラゴンは何かを勘違いしたのだろう。


 祠を覆い隠すまでに長さを伸ばし、うねうねとくねり続ける根をキッと見据えると、そちらに向かって勢いよく飛び立った。


 遠ざかる小さな赤い背中で、即座にレーナの脳裏を過ぎったのは「たぁぁぁーーーっ!!」と気合の声を上げて異形の懐に飛び込んで行った幼馴染の少年の姿だ。同時に、その後少年を襲った恐ろしい結果までが思い出されて、さっと背筋が冷える。


(次は、助けられないかもしれない!!)


 自分の傷は治せたが、他人の物は以降、治すことは出来なかった。

 あの時の様に、何かを補えば可能だったかもしれないが、彼の身に起こった変化を思うと、とてもではないが試す気にはならなかった。


 だから、レーナはを止めるべく、その背中に向かって大声を張り上げる。


「アルルク!! だめーーーーー!!!」


 けれどちびドラゴンは俊敏で、レーナと祠を隔てていた距離を一気に飛び去っていた。既に小さくしか見えなくなった赤い背中に向かって、レーナも駆け出す。


 ちびドラゴンを、レーナに与する敵と認識した木の根が、赤い小さな体に向かって執拗に切っ先を向けて突き出される。


 必死でその後を追うレーナも、何度も切っ先に襲われるが、都度、ほぼ反射的に根の一部を吸収して修繕リペアして行く。


 追い付いたからと言って、彼を助ける確たる術は持たないレーナだったが、放っておくことは出来ずに、付いてきてしまった形だ。だが、一人と一匹で組むことによって、再び祠の扉前に留まることができた。


(後は、この扉を開けるだけなのに、何で開かないの!? どうしたらいい!?)


 妙案が浮かばないまま、根の攻撃に晒され続ける。だが、レーナと、ちびドラゴンも対抗して踏みとどまる。激しい根による抵抗が続く中、レーナの吸収で断ち切られ、ちびドラゴンの振るう尾の鋭い一線で薙ぎ払われて地面に落ちた根の断片が降り積もって行く。


 そしてついに、ちびドラゴンの尾の攻撃を躱した根の切っ先が、彼の眼前に迫った。

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