救済(3)

 あれからどれだけ経ったのか――

 私は息を吹き返した。

 今の心境は、おそらくそう表現するのが正しい。


(身体……よかった、消えてない)


 真っ先に全身を視認し、ブーツの中で足指を動かしてようやくひとごこ付く。

 洞窟内に溢れていた光は、完全に収束したようだった。

 片手を浸したままだった泉も、まるで何事もなかったかのようにただ静かに水をたたえている。

 私がここへ来たときとやはり何も変わらず、すべてが元通り――そう思っていた。


(え……? 人がいる)


 私はいつの間にかごく近くにいた青年男性の存在に、ぎょっとした。

 意識を飛ばしたのはほんの一瞬と思っていたが、それなりに時間が経っていたのだろうか。

 いや、それよりもまず気になることがある。


「あの……どうしました?」


 私はつい、すぐ傍にいた男性に声を掛けた。何故か彼が、私を見ながら泣いていたから。

 私と同じか少し上くらいだろうか、どちらにしろこの歳の男性が泣く様は見慣れない。私の声掛けに青年はハッとした様子で、私の地面に降ろしていた方の手を取った。


「聖女様……聖女様、お願いです。助けて下さい。我が主をどうかお救い下さい……っ」


 そしてその手を両手で固く握り締めた彼は、真剣な眼差しで私にそう言ってきた。


「聖女……?」


 困惑しながら青年が口にした単語を繰り返すも、たちの悪い冗談とは笑えなかった。

 懇願と表していいほどの彼の言葉が偽りとは思えなかったし、何より改めて目にした彼の容姿に真実味があった。

 さらさらとした真っ直ぐな白金髪、アイスブルーの瞳。日に焼けて健康的な印象の、整った顔をした青年。中世ヨーロッパを彷彿とさせる鎧まで着ていて、さながらお伽話に登場する騎士のようだ。

 どう見ても日本の、それもこんなへんな村にいるような人物ではない。もっと言えば、どう考えても彼が流暢な日本語を話しているとは思えない。


(これってやっぱり……異世界トリップ?)


 これだけ判断材料を並べられれば、さすがにそんな結論に至る。


「この『神降ろしの洞窟』に現れしあなた様は、聖女に間違いありません」


 『神隠しの洞窟』と『神降ろしの洞窟』。駄目押しとばかりの、似通った名称だ。


「私で……役に立てるのなら」


 すんなりと、そんな言葉が私の口から出た。

 そして言葉に出したことで、私は自分が何を求めていたのかを知った。


(私は祖母に、助けて欲しいと言って欲しかった……)


 今目の前にいる彼のように、助けを求めて欲しかった。

 私に手助けをさせて欲しかった。

 何もできないまま……逝かないで欲しかった。


「聖女様! ありがとうございます……‼」


 彼が取ったままだった私の手に、額をこすり付ける。

 泣きながら感謝の言葉を述べたこの人は、思いも寄らないだろう。

 私が了承したのは、祖母の身代わりにしたいという自分勝手な思いからだということを。

 あなたこそが私を救った、感謝されるべき人だということを――

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