救済(2)

(確かあの大きな木の側に……)


 裏山を登って、登って。遂に私は、探していた目印を視界の端に見つけた。

 ここまで登ったのは、子供の頃以来だった。


「あった……」


 遥か昔の記憶を頼りに、私は山の斜面にぽっかりと空いた洞窟へと辿り着いた。

 懐かしい気持ちで、迷いなくその中へと足を踏み入れる。

 洞窟内はまるで大きな岩をいたような造りになっていて、土の見える箇所がわずかにもない。曲がりくねってはいるが一本道で、隠れ家に憧れる子供たちの格好の遊び場だった。かくいう私も小さな頃、父母と一緒に祖母を訪ねたときには、よくここへ近所の子供たちと遊びに来ていたものだ。

 そんな遊び仲間も、今はもう誰一人村に残っていない。散り散りに県外へと働きに出てしまった。地元の子供でさえそうなのだから私が定住するなんて、それは夢にも思わないだろう。近所の女性が「いつまで」と聞いてきたのも、仕方がないと言える。

 私は洞窟を、奥へ奥へとを進めた。程なくして、少し広い空間になっている最奥まで来る。


(今も枯れずにあったんだ)


 私は小さな泉を認めて、その側に腰を下ろした。思ったよりは、地面が冷たいとは感じなかった。

 凪いだ水面をじっと見つめる。私が子供の頃にも、ここの泉は存在していた。どんなカラクリなのか真夏の暑い日にも枯れることがなく、それどころかみずかさが減っているのですら見たことがない。

 そんな神秘的な泉があるせいか、村でこの場所は『神隠しの洞窟』と呼ばれていた。


(いっそそれが本当ならよかったのに)


 神隠しが真実なら。

 そうだったなら私を、ここではないどこかへ連れ去ってくれたかもしれないのに。

 私はせんいことと思いながらも、神秘の泉へと片手を浸した。


(ほんのり温かい)


 予想外の感覚が来て、その心地良さについまぶたを閉じる。

 まだ寒い季節なのに不思議だ――そう思った瞬間だった。


「⁉ 何」


 瞼を閉じていてもわかるほどの光を感知し、私は驚きに目を開いた。

 同時に立ち上がろうとして、しかし何故か足が動かない。自分が思っている以上に驚いていて腰が抜けたのだろうか。私はそう思って、ただ無意識に足に目を遣った。


「ひっ」


 途端、そこで目に入った光景に目が釘付けになる。

 そこには在るべきものが無かった。

 私の足首から下が――無かった。


「何……これ……」


 かすれた声が出る。息が浅くなる。

 私が見ている目の前で、さらに膝までが消えて行く。


「止め……止めて……」


 地面を掴んだはずの手の感触がなくなり、腕と腰が同時に消えて。

 激しく脈打っていた鼓動が聞こえなくなった刹那――


「あ……あ……」


 私は自分という存在そのものが、この世から消えて無くなるのを感じた。

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