第9話 尾行先での一幕
権藤を追いかける事2時間強、観光地らしき通りを過ぎて暫く行った所にその旅館はあった。
「あ!あそこ入ってった!」
運転の疲れを微塵も感じさせない片澤のハイテンションに、これはどうあっても修羅場になりそうだなと一抹の不安を感じつつ目の前の旅館を調べてみる。やはりというか、それなりにお高い老舗旅館だ。
「着いたはいいけど、具体的にどうする?」
「うーん。私もそれ考えてたけど、今押しかけるのも面白くないよねー」
面白い面白くないの問題なのだろうか?ふと疑問に思った俺だったが、片澤にとって今回の報復は最早憂さ晴らしの一環でしかなくなったのだろう。
「どうせなら仁人が一番油断してる時にしたいんだよね」
「油断?」
「裸になってる時とか?まあ、あんなおもちゃを用意してる以上そのつもりなんだろうし?」
イライラを隠すことなく不満を漏らす片澤。権藤とは特に話したことも無い為噂通りの印象しか持っていない俺だが、それでも少し同情してしまった。
「ちょっとやりすぎな気がしないでもないけど…、てかそもそも旅館に入れたとして部屋も分からないし、鍵閉められてたらどうすんの?」
「あー!そっか...、ムカつき過ぎて完全に考えてなかった」
しまったとばかりに急遽作戦会議を始める片澤。結局、権藤らが食事など諸々を済ませたであろうタイミングを予想して突撃、部屋の鍵が閉まっていた場合は諦めて帰るという、何とも運任せな作戦になってしまった。そして成功した場合勿論俺は部屋の外で待機する。
「んで部屋はどうやって見つける?」
「こういう所って意外と友達の振りしたら部屋教えてくれるし、大丈夫じゃないかな?」
「だといいんだけど」
先日のしおらしさは何だったのかと思う程やる気と行動力に満ち溢れた片澤は、その後も具体的な計画を練っていく。
「じゃあ、それまで暇だし折角だからおいしいもの食べて時間潰そっか。この辺は海鮮が有名らしいよ?」
時刻は午後19時過ぎ。俺達は来た道を一旦引き返し、地元の名産品を楽しむ事にした。
ネットで調べた適当な有名店で海鮮を堪能した後、デザートとして評判の饅頭を手に二人並んで歩いていると、少しクールダウンした片澤が真面目な表情で問いかけてきた。
「大地さ、やっぱりちょっと引いてない?たかだか1ヵ月付き合った男にここまでする嫌な女とか思ってない?」
「別にそんな事は思ってないって。むしろ浮気されて平然としてる方が何か引っかかるな」
付き合ってからの期間がどうであれ、裏切られたのは事実だろう。であればその行為に対して限度はあれどどのような報いを受けても仕方ないと個人的には思う。既に権藤への気持ちが消えているのだとしても、そこに至るまでは真剣に付き合っていたが故の苛立ちだろう。あくまで俺個人としてはそう思っているという事を素直に伝えると、片澤はハッとしたような顔をして茶化してきた。
「ふふっ。妙に私の肩を持つね?傷心中の女を取って食う気か~?」
「違うわ!」
脇腹を指でつんつんと
午後23時。既に各所の明かりが消えている館内へは意外にも簡単に入る事が出来た。宿泊場所を探るべく片澤は堂々とした面持ちで受付と会話し、こちらもあっけなくクリアしてしまう。
「ほらね?意外といけるでしょ?」
「そういう事は終わってから言ってくれ」
部屋の前に辿り着き、ドアノブをゆっくりと捻る。
「……っ!」
開いていた。緊張した面持ちで再度ドアノブを捻る片澤。少し押し込まれた扉の隙間からは、獣の様な男女の嬌声が漏れ聞こえてくる。その声を聞き取った片澤はやはり、あまりいい気分ではないのが表情から読み取れた。
「じゃあ、大地。アイツに言いたいこと全部言って、スッキリしたら戻ってくるから待っててね」
「わかった」
意を決した片澤は、権藤仁人の浮気現場へと乗り込んでいった。
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