天才伯爵令嬢は旦那様に仕えたい
枦山てまり
アリシア・イグレシアス
「わたくし、メイドさんになりたいです!」
幼い私のこの発言を聞いたお父様は、あまりのショックにしばらく寝込んでしまったらしい。
イグレシアス伯爵家の次女として生まれた私―アリシア・イグレシアスは、幼い頃からなにかと周囲の期待を背負っていた。どうやら、姉たちよりも魔法力の発現が早く、もの覚えがよかった私を周囲は“天才”と囃し立て、その将来を楽しみにしていたらしい。全く大げさである。
「アリシア様は将来、お医者様になれるかもしれませんね!」
「魔法科学者という手もありますよ。お嬢様は魔法力が一段とお強いですから、王国のために有力な研究をなさると思います!」
毎日の勉強の時間が終わると、メイドたちが楽しそうに私の将来を語る。キャッキャ、キャッキャと盛り上がる声を聞きながら、私は小さく苦笑いを浮かべていた。
なかでも私の将来を一番楽しみにしていたのが、お父様―エリック・イグレシアス。柔らかいモカブラウンの髪にアメジストの瞳の持ち主で、父似である私はこの容姿を色濃く受け継いでいる。普段は物静かで優しい人だが、私が初めて魔法力を発現した際には誰よりも喜んで、その才能を伸ばそうと尽力してくれた。
そんなお父様は、私が三つになったばかりの頃、初めて私に将来の夢を問うた。
「アリシア、お前は将来何になりたい?」
小さな私を膝に乗せ、お父様が優しくこちらを見つめる。初めての問いにきょとんとしている私の頭を、お父様は優しく撫でてくれた。
「お医者さんか? それとも研究者か? 父さんはできる限り、お前のやりたいことをさせたいと思っているよ」
普通の令嬢なら、きっと自分の将来を選ぶ権利はない。家のために、親が決めた貴族の家に有無を言わさず嫁がされることがほとんどだろう。それなのに、お父様が私を家に縛り付けなかったのは、それだけ私に期待していたからなのかもしれない。
だからこそ、私の答えは非常にショッキングなものだったのだろう。
使用人になりたいという私の夢は、さすがのお父様も受け入れることができなかった。
そして、何とかして私の気持ちを変えさせようと画策したお父様が出した結論は、私に婚約者を与えるというもの。研究職を生業とする貴族の家に嫁がせることで、私の才能を生かせる場所を作ろうとしたのだという。
ただ、この婚約はあまり順調といえるものではなかった。
ホワード侯爵家長男、オリヴァー・ホワード。三才になったばかりの私にできた婚約者。そんな彼とは、一度も顔を会わせたことがない。噂によると、彼は私を婚約者として認めていないらしく、顔合わせの機会もあちらが断り続けている。
抱いていた将来の夢もいつしか我が家では禁句になり、やりたいこともなくなった私は、婚約者との進展もないまま、流れゆく日々をだらだらと過ごしていた。
そんな毎日に終止符が打たれたのは、十八才の春のことだった。
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